出張女子ひとりメシ~食いしん坊新人営業の全国グルメ旅~

「出張、行ってもらえる?」

その言葉を聞いた瞬間、私は思わず背筋を伸ばした。

「……私が、ですか?」

「うん。小野寺さん、営業部に配属されてそれなりに経つだろう? そろそろ一人で担当先を回ってもらおうと思って」

営業部の課長は、そう言って資料を差し出した。

そこに書かれていた文字。

――北海道出張。

「北海道……」

思わず小さな声が漏れる。

うちの会社は全国を飛び回る仕事だ。

今までは先輩たちに付いていっていただけど、これからは一人。言うなれば一人前になる一歩目。

そう仕事だ。

もちろん仕事なのだけれど。

頭の中には、真っ先に別のものが浮かんでしまった。

海鮮丼。

新鮮なイクラ。

ぷりぷりの甘いエビ。

脂の乗ったサーモン。

白いご飯の上に宝石みたいに並んだ海の幸。

「……小野寺さん?」

「あ、すみません!」

慌てて現実に戻る。

「よろしくお願いします! 頑張ります!」

こうして、私――小野寺美咲、二十五歳。

人生初の一人出張が決まった。

出張前日。

私は自宅のテーブルに資料を広げていた。

もちろん、仕事の資料もある。

取引先の情報。
商品の説明資料。
訪問予定。

そして――。

「北海道グルメマップ!」

思わず声に出してしまう。

会社の先輩には内緒だ。

決して遊びに行くわけではない。

でも、せっかく知らない土地へ行くのだ。

仕事だけで帰ってくるなんてもったいない。

それが私の持論だった。

「昼は取引先の近くで……夜は……」

スマホを眺める。

「海鮮丼!」

思わず拳を握った。

そして出張当日。

羽田空港。

私は少し緊張しながら搭乗口へ向かった。

今まで出張というものは、必ず先輩や上司について行っていた。

移動中も誰かがいて、食事も誰かと一緒で。

「何食べます?」

「適当に入りましょうか」

そんな感じだった。

でも今回は違う。

全部、自分で決める。

「……なんか、自由だな」

そう呟くと、不思議と緊張が少し和らいだ。

北海道に到着。

空港から取引先へ向かい、緊張の商談。

最初は声が震えそうだった。

でも、何度も練習した説明を思い出す。

「弊社の商品は、お客様の課題を解決するために――」

無事に説明を終えた時。

担当者の男性が笑顔を見せた。

「まだ若いのにしっかりしてるね」

「ありがとうございます!」

その一言だけで、一日の疲れが吹き飛んだ。

ホテルにチェックインした時には、もう夜だった。

部屋に荷物を置く。

窓の外には、見たことのない街の明かり。

東京とは違う空気。

時計を見る。

午後八時。

普通ならコンビニで済ませる時間かもしれない。

でも。

今日は初めての一人出張。

そして北海道。

「……行こう」

私は上着を羽織った。

目的地は、事前に調べていた海鮮丼のお店。

小さな路地にある、地元の人も通う店だった。

扉を開ける。

「いらっしゃい」

店員さんの声。

店内を見ると、カウンター席がいくつか空いていた。

一瞬だけ迷う。

一人で入って大丈夫かな。

周りはグループのお客さんばかりだったらどうしよう。

でも。

「一名です」

自分で言えた。

案内されたカウンター席。

メニューを見る。

どれも美味しそうで、なかなか決められない。

そして。

「北海道特選海鮮丼……お願いします」

注文した瞬間、胸が高鳴った。

しばらくして。

目の前に丼が置かれた。

「……」

言葉が出なかった。

白いご飯の上。

そこには、色とりどりの海の幸。

イクラが輝いている。

ウニが乗っている。

カニ、ホタテ、マグロ。

まるで北海道そのものが、小さな器の中に詰まっているみたいだった。

「いただきます」

箸を持つ。

最初の一口。

「……美味しい」

思わず声が漏れた。

甘い。

新鮮。

口の中で、それぞれの味が広がる。

仕事で失敗したらどうしよう。

一人でちゃんとできるかな。

そんな不安が、少しずつ消えていく。

「お姉ちゃん、出張かい?」

突然、隣の席から声をかけられた。

見ると、年配の女性だった。

「はい。今日初めて一人で来ました」

「そうかい。それなら北海道の味、覚えて帰ってね」

女性は笑った。

「美味しいもの食べると、仕事も頑張れるからね」

その言葉に、私は笑顔になる。

「はい!」

ホテルへ戻る夜道。

冷たい北海道の風が吹く。

でも、不思議と寒くなかった。

今日一日。

慣れない仕事。

知らない街。

初めての一人ご飯。

全部、自分で乗り越えた。

スマホのメモ帳を開く。

そこには、出張前に作ったページ。

『全国ひとりメシ記録』

私は今日の欄に書き込んだ。

――北海道。

――海鮮丼。

――仕事を頑張った日の味。