幸福な王子の恋人

 午後からは、怒涛の勢いで時間が流れた。

 あれは終わった? これはどうする?
 あっちはあれでいいの?
 これはやった?
 ‥‥うわ、まだやってない!!!

 目まぐるしく業務進捗の会話や怒号が飛び交う。

 そして気づけばあっという間に、時間は定刻のチャイムがなる5分前になっていた。

「ああ、ようやく完成した‥‥」

 うるうるとした声でニーナが言う。
 レイジも感極まって、言葉にならない様子だった。

 二人の視線の先には、まるでちょっとした美術館のような、厳かな雰囲気のブースが完成していた。

「うー‥‥!
本当に本当に本っ当にありがとう!
二人が手伝ってくれたおかげだよ!」

「俺たちだけだったらこんな時間に終わらなかった。
最悪、徹夜してたかも‥‥感謝してもしきれないよ‥‥」

 目を潤ませながら、ニーナとレイジはそれぞれに感慨深く感謝の言葉を口々に言う。

 その達成感や喜びは、隣に立つヨウジやつばめにも十分伝わっていた。

「こっちこそ、お疲れさん!
オレらよりずっと二人の方が大変だっただろ」

「ニーナ、レイジ。
明日はいい文化祭になるといいな。
てか‥‥いい文化祭にしよう!」

「イェ───イ!」

 思わず、その場でみんなでハイタッチする。

 そして、しみじみとニーナが言う。

「じゃああとは‥‥。
レイジ君のアトリエの掃除だけだね」

 その言葉にうなずくと、四人は一斉に美術準備室を見た。

 そう。

 今回、演劇部のポスター制作のためにと、レイジは特例で準備室をアトリエとして使わせてもらっていたが‥‥。

 あの場所の清掃は、まだ手付かずだった。

 当日はあそこが部員の休憩室になる予定なので、演劇部への絵の納品が終わり次第、すみやかに明け渡さないといけない。

「‥‥あ、それはもちろん、俺がやる!
私物ばっかだし、俺のために用意してくれたスペースだし、責任もって片付けます!」

 あわあわとした様子でレイジが言う。

「‥‥それに、みんなも疲れたでしょ?
明日が本番なんだから、今日は帰ってゆっくり休んで。
こっちは物さえ片付ければ一時間もかからず終わるから」

 レイジはそういうと、ゴミ袋をもって美術準備室に向かう。

「いやいや‥絶対お前一人だけじゃムリだって!」

 つばめは呆れた様子で呼び止める。

 少し思い出すだけでも、どんどん増えていった大量のクロッキーや紙くず。絵の具や画材の散らばった、物だらけのカオスな空間。

 あれを一人で一時間程度で片付けるなんて到底無理な話で、あまりにもレイジの見立ては甘すぎる。

 ──"元の自分に戻りたい"とつばめが言った時は、たった一日で大量の資料を集めてきたり、前に指を怪我した時もそうだったが、いつもレイジは他人に尽くしてばかりで、いざ自分の事となると途端にいい加減になる。

 そんなレイジを、つばめは呆れた様子で見た。

「しゃーねーから、おれ手伝うわ!」

 つばめは言うと、用具入れからほうきとちりとりを取り出した。

「いいよ、悪いって」

 バツが悪そうにレイジが返す。

「いーや、手伝う!
だってこの短期間であそこまで部屋を散らかせる奴が、ここにきて一人でテキパキ片付けなんて、できるわけねーもん!」

「な、なんだよ‥‥つばめ君!
今日はずっと俺の事いじってばっかじゃんか!」

「あははは!ごめんごめん!」

 ポカポカとつばめを叩くレイジ。
 びっくりするほど、パンチが貧弱で痛くない。

 そんな二人を見てニーナもくすくすと笑う。
 一方のヨウジは、複雑な表情でぼんやりとながめていた。

「じゃ、お願いしてもいいかな?
‥‥私、先生に報告しないといけないし、ミズキちゃんの所も寄りたいし。

つばめ、ありがとうね。レイジ君をよろしく」

 そう言うと、ニーナは教室から出て行く。

「ヨウジは?」

 つばめの問いかけに、ヨウジはまごつく。

「ん?ああ、オレ?‥‥そうだな‥‥。
じゃあ、オレもお前らの──‥」

「あ、いた!おーいヨウジ!」

 途中まで言いかけるが、間髪入れずに廊下から仲のいいサッカー部のメンバーに呼ばれてしまう。

「‥‥悪いけどこっち手伝ってくれよ!
全っ然終わんねーの! 頼むっ!」

「おいおい、しゃーねーな。‥‥わかったよ」

 友人の頼みを無下にすることもできず、ヨウジはサッカー部のメンバーの後を追っていく。

「つばめ。そういうことだから。
オレ、ちょっと行ってくるわ。
これ終わったら部室でまっててくれ」

「う、うん」
「また後で‥‥じゃ」

 手短にそういうと、ヨウジは去っていった。



 ──放課後のチャイムが鳴る。

 外は雨がさめざめと降っている。
 つばめとレイジは二人きりで、黙々と美術準備室の片付けをしていた。

「‥‥‥‥」

 いざ二人きりになると、ミズキに絵を届けた時のこともあって、なんだか少しだけ気まずい。

 床に散らばるクロッキーを集めつつ、レイジの私物を整理しながら淡々と作業は進んでいく。

「‥‥‥‥いよいよ、明日だね」

 レイジが重苦しい空気の中、口を開けた。

「‥‥色々俺に言いたいことはあるとわかるけど、明日は大事な"賭け"の日だからさ。キモチきりかえていこうよ」

 ──そうだ。そうだった。

「‥‥うまくいくかな。
今更ちょっと不安になってきた」

 つばめは思わず、柄にもなく弱気になる。

「絶対うまくいよ。元に戻れる。
‥‥つばめ君ならできる。俺もサポートするから」

 レイジはそんなつばめをじっと見つめて言う。
 その言葉は、いつになく力強くて頼もしい。

「‥‥ありがとう」

 つばめはレイジに心を押されながらも、同時にさみしさも少しだけ込み上げてきた。

 ──もし、明日の文化祭で"賭け"に勝って、元の自分になれたら。

 ヨウジとは、友達同士に戻れる。

 ‥‥‥‥でも、そしたら。
 レイジとの関係はどうなるんだろう?


「‥なあ。おれたちって‥‥」

 勇気を振り絞ってつばめが言う。
 でも、彼を前にするとなんだか言葉がうまく出てこなくて、そのまま黙ってうつむいてしまう。

 思えば自分は、いつもそうだった。 
 なんだか彼と対峙していると顔が熱くなって、柄にもなくもじもじしてしまう。

 ‥‥昔から、レイジの前ではそうだった気がする。


「──なんか俺さ。終わっちゃうのがすごいさみしい」

「え‥‥?」

 つばめも同じことを考えていた。
 エスパーのように先回りした言葉を言われて、ドキッとして顔を上げる。

 そこには、切ない表情をしたレイジがいた。

「‥つばめ君。
俺さ、今までずっと考えてて、ずっと言えなかった事がひとつだけあるんだ」

「‥なに?」

「‥‥‥つばめ君が元に戻ってもさ‥‥。
変わらずに俺と、友達でいてよ‥‥‥」


 ──その時。
 換気のために開けていた窓から、ぬるく湿った風が吹きこんだ。

 その風に、いつもまばらにおろしている前髪がはらりと揺れて、照れくさそうにゆるむレイジの表情がはっきりと露わになった。

 笑っているような、泣いているような。
 諦めているような、悟っているような。

 その表情に、つばめは立ちすくんで見つめてしまった。

 ドキッと心が揺さぶられる感情とも違う。
 何かがじんわりと心に広がって行くような。
 そんな気持ちになった。

「‥‥あたりまえだろ」

 たくさん言葉や思いが込み上げた結果、つばめは何も言えなくなって、ただ一言だけ、返した。

「よかった」

 レイジは手ぐしでそわそわと前髪を直しながら、ちいさく笑った。



 思っていたよりもずっと早く片付けは終わり、美術準備室は元の空っぽの姿に戻った。
 
「‥‥‥‥‥‥‥」

 それがなんだか名残惜しくて、二人で跡形もない教室を少しの間だけ、何も言わずにながめた。


「じゃあ、おれはこのあと自主練あるから。
‥‥また明日」

「うん。また明日」

 そして、二人は別れた。



 部室に行くと、ヨウジはまだいなかった。

 おそらく手伝いが長引いてるのだと思って、つばめは先回りしてジャージに着替えると一人せっせと準備をする。

(今日はもしかしたらウエイトもするかな?)

 なんて思いながら器材の用意をしていると、ドカドカ音を立ててヨウジがやってきた。

「わりー。遅くなった」

 そのままトレーニングする気満々のつばめをみて、ヨウジは申し訳なさそうに言葉を続ける。

「あ、ごめん。オレ言葉足りなかったか。
‥‥今日は、そういうつもりじゃねーんだ」

 その言葉につばめは肩透かしをくらう。

「え?じゃあなんで、わざわざ呼んだんだよ。
てっきり自主練すんだと思ってた‥‥」

 なんて言いながら器材を元に戻すつばめをよそに、ヨウジは照れくさそうに続ける。

「ん‥‥。
ちょっと二人きりになれる場所が欲しかったんだよ」

 そう言うと、部室の鍵を閉める。

「え?」

 背後から意味深な施錠の音がして、つばめは振り返る。ヨウジは自分をまっすぐに見つめると、一直線に自分のところへやってくる。

「よ、ヨウジ‥‥?」

 とっさに後ずさりして離れようとする。
 しかし、つばめが離れるとその分ヨウジは近づく。
 すぐに距離は詰められ、つばめは部室の壁に追い立てられてしまう。

「‥‥え?どうしたんだよ、急に‥‥」

 その目にとらえられて、つばめはその場から動けなくなる。

「ち、近いよ‥‥」

 つばめは必死に言葉をしぼりだす。
 これ以上近づかれたら、ドキドキしてるのがバレる。
 離れようと思うのに体は動かない。

「つばめ‥‥」

 ヨウジは、切羽詰まった表情で名前を呼ぶと彼の両肩を両腕で掴み、自らの元に引き寄せた。

 つばめは少しだけ背伸びをするような形で引き上げられ、そのままヨウジの肩に抱き止められる。

「はひっ‥!」

 つばめは思わず飛び上がるような声を上げた。

(こんなん、ハグしてるのと変わらないじゃん!)

 間近に、ヨウジがよく使ってる制汗スプレーのにおいが香ってドキドキする。

(ああ、やばい。心臓の音、多分聞こえてる‥‥)

 そこまで思って、つばめはあることに気づく。


 ‥‥あれ? 心臓の音が、ふたつある。

 ‥‥‥てことは、これってヨウジも‥‥。
 めっちゃドキドキしてる?

 つばめは気づいて、うつむいていた顔を上げる。
 見ると、彼の顔は真っ赤になっていた。

(‥‥‥これって‥‥)

 心臓がさらに高鳴る。
 つばめは思って、息をのむ。

 しかしヨウジはそんなつばめをじっと見つめると、彼の鼻を一瞬だけきゅっとつまんで、笑った。

「──やっぱり。
つばめって、ニーナちゃんに似てんなぁ!」

「へ?‥‥い、言いたいことはそれだけ?」

 拍子抜けしたつばめの言葉に、ヨウジはハッとしたようにうろたえる。

「あー、えっと‥‥いや、ま、えっと。
そうじゃないんだけどさ‥‥‥‥‥って。あ!」
 
 そこまで言って、急にヨウジは窓の外を見るなり、歓喜の声を上げた。

「‥‥‥‥おい見てみろよ、つばめ」

 抱き止めていた手を離され、うながされるまま外を見る。

 その景色を見た時。
 つばめも一瞬で表情が明るくなった。


「────あ、雨、止んでる‥‥!」


 厳密には、ごく小さい霧雨はあるものの‥‥。

 ずっと土砂降りで練習を我慢していた二人にとってはずっと待ち望んでいた、貴重な晴れ間の瞬間だった。


「これって青天の霹靂ってやつ?」

 喜びを隠し切れない様子でヨウジが言う。

「厳密にはその言葉だと、状況が逆。
‥‥‥でも、うれしいな。一週間ぶりか」

「パッと見ぬかるんでる所もあるけど、我慢できなくね?」

 ヨウジの言葉に、つばめはうなずく。

「ひっさびさにやるか。リフティング!」

 そう言って二人は顔を見合せると、一目散に部室から出て行った。



 泥で汚れるのも気にせず、二人はグラウンドに出ると久しぶりのボールに触れる。

 リフティングと、軽いパス交換。
 ぬかるみに取られ時折うまくボールが扱えなくなるつばめとは対象的に、ヨウジは活き活きとした表情でボールと戯れる。

 そこには一切のブランクは感じられない。
 まるでボールが体に吸い付いているようなそのテクニックに、つばめは純粋にみとれていた。


「やっぱり、ヨウジはすごいな」 
「‥‥オレにはこれしかないだけだよ。‥‥ほら!」

 つばめの言葉に、照れ隠しをするようにヨウジがパスを送る。

「‥‥なあ。前々から聞きたかったんだけどさ」

 つばめはそれを受け取ると、言葉とともに返す。

「‥‥なんで、ヨウジはこの学校にきたんだ?」

 ヨウジの顔が、一瞬だけ戸惑う。

「確かお前って、ジュニアユースのスカウト断ってうちに来たんだろ。お前くらい才能があるなら、絶対うちでやるよりそっち優先した方が‥‥」

「‥‥‥‥‥‥」

 そこまで言って、ヨウジの表情が暗いことに気づいて、"踏み込み過ぎた"とつばめは黙りこむ。

 ヨウジはパスを受け取ったまま、しばらく考え込むようにうつむくと、重い口をゆっくりと開いた。

「‥‥‥‥母さんの体調が悪いんだ。
妹もまだ幼いし。誰かそばにいてやらないと。
それに、ここなら頑張れば大学進学までサポートしてもらえるし。

‥‥プロなんて狭き門目指してダメでも、どうなったって潰しがきくだろ」

 そう言うと、顔を上げてつばめにパスを返す。

「ホラ。オレってさ、こう見えて慎重派じゃん?」

 そう言っていつもの調子で笑いかける。
 ──でも、つばめは笑わない。

「‥‥大丈夫。ヨウジならプロになれるよ。絶対」

 まっすぐ見すえると、真剣な表情でパスを返した。

「‥‥な、なんだよ急に‥‥‥‥。
なにマジになってんだよ‥‥‥」

 その姿を見て、ヨウジはパスを受け取ったまま立ちすくむ。

 やめろよ‥‥。
 そんな顔するの、反則だろ‥‥。

 雨の間のかすかな晴れ間。
 久しぶりの夕焼けに照らされるつばめの姿は、ヨウジにはあまりにもまぶしかった。

「‥‥だって本当のことだし!
ずっとそばで見てきた相方のおれが言うんだから‥‥。
お前なら、ぜっったい大丈夫!」

 そう言ってつばめはくしゃくしゃの笑顔を見せる。


 ──ああ。

 ずっと、心で止めてた言葉。
 いまならオレ‥‥。
 つばめに言えるかも知れない。

 その時ヨウジは、素直にそう思った。


「あのさ、つばめ。さっきの続き。
照れくさくて、いままでいえなかったけど‥‥‥‥。
オレもお前に、伝えたいことがあるんだ」

 そう言うと、ヨウジはつばめにパスを出した。

「明日文化祭のどっかでさ。
お前と二人きりになりたい──」

「えっ、‥‥?」

 ヨウジの言葉に、つばめは思わずパスを受け取り損ねる。泥まみれのボールはコロコロと転がり、ぬかるみで止まる。

「そこで、オレがずっと隠してたこと‥‥。
ちゃんとお前に打ち明けるから」

「‥‥そ、それって‥‥どういう意味?」

 言葉の真意が知りたくて、つばめはヨウジに詰め寄る。

「それは、‥‥ま。当日のお楽しみ、ってことで」

 ヨウジは笑って、またすぐにいつもの表情に戻る。


 その時、放課後の終わりを告げるチャイムが鳴った。

「‥無理にとは言わない。
返事はいつでも待ってるから。

だから、よかったら頭の片隅に入れといて。
いつでも声かけてくれよ。

‥‥‥さ!
放課後も終わったし、つばめはそろそろ部室戻って先帰れよ。片付けはオレがやっとくから!」

 そう言うと、ヨウジはぬかるみで止まったままのサッカーボールを拾い上げて笑った。




 ──放課後過ぎ、美術室。

 レイジはひとり作品の前にいた。

 明日の本番を前に、絵の梱包を解こうとハトロン紙に手をかけた所で、ふいに背後から声をかけられる。

 「‥‥‥山岸」

 振り返ると、声の主はヨウジだった。 

「オレ、明日つばめに言うから。本当のこと」

 迷いのない言葉に、レイジは短く「そう」と返すと、興味なさ気に何重にも巻かれた梱包を解く。

「‥‥‥は。そんだけかよ?
‥‥本当はお前も、あいつの事好きなんだろ?」

 レイジの手が止まる。

「そうだよ」
「じゃあなんで‥‥‥」

「俺は‥‥‥遠くで見てるだけでいいんだ。
‥‥大丈夫だよ。つばめ君は、海野君のことちゃんと好きだから。安心してよ」

 そういってレイジは黙々と梱包を解いていく。

「お前‥‥‥ずっとそれだよな」

 ヨウジはその言葉に、呆れるように言った。

「つばめが幸せならいい。つばめが望むなら身を引く。そうやって全部あいつのためみたいな顔して。

‥‥オレから言わせれば、そんなのつばめの事、これっぽっちも大切に思ってねえ。ただ、自分が傷つきたくなくて逃げ回ってるだけじゃねーか」

「──どういう意味?」

 うつむいていた顔が上がる。

「お。ようやく話が通じそうな顔になったな、山岸。
‥‥‥そのまんまの意味だよ。

高みの見物してねえで、お前もオレと同じところに降りてこいって言ってんだよ」

 レイジは静かにヨウジを睨みつける。

「‥‥少し前までビービー泣いてた海野君にしては、言うようになったじゃん」

「オレは‥‥。もうあいつから逃げないって決めたんだ。お前みたいに、つばめに否定されるのが怖くてビビってる奴に、エラソーに言われたくねえよ」


「んだと‥‥?」

 その言葉に、抑えていたレイジの心が揺れる。

「俺がどんな思いでそうしてるか、海野君には分かるわけない‥‥お前はつばめのこと、何も知らないくせに‥‥!」

 レイジの声は、だんだん感情的になっていく。
 やるせないキモチをぶつけるように梱包のハトロン紙を乱暴に破れる。

「‥‥俺だって、一緒にいたいよ‥‥!
俺は、海野君がつばめと出会う前からずっと‥‥つばめのことが好きなんだから‥‥」
 
 ──その時、ほとんど梱包がとかれたレイジの絵が‥‥ヨウジの目に飛び込んでくる。

「‥‥お、おい! 山岸。これって‥‥」

 その絵を一目見たヨウジは思わずレイジに詰め寄る。

 しかし彼は返答もなく、うつむいたままつぶやくばかりだった。

「つばめ君の過去や記憶を、俺が振りほどいてあげれたらいいのに‥‥。もう、あんな顔は見たくない‥‥」

「‥‥‥ちょ、ちょっと待てよ、なんだよそれ、さっきからお前、一体なんの話をしてんだよ!」

 山岸は‥‥。
 高校に入ってからつばめに惚れたんじゃないのか?
 こいつは一体、過去につばめと何があったんだ?

「おい! 黙ってないで言えよ山岸!」

 ヨウジが掴みかかって大声で叫ぶと、ようやくレイジは重い口を開いた。


「──────つばめ君は、」


 その先のレイジの告白に、ヨウジは固まった。


「なんだよそれ‥‥‥」

 つばめ‥‥お前。
 そうか、そうだったのか‥‥。

 ごめんな‥‥。
 オレ‥‥。

 そして、レイジを掴む手を離すと、しばらくその場に立ち尽くした。



「‥‥‥‥」

 その晩、つばめは一睡もできなかった。

 真っ暗な部屋の中。
 どうしようもなく寝返りをうつ。

 目をつぶると、頭の中で放課後に言われたヨウジの言葉がぐるぐる巡って、苦しくて目が覚めてしまう。
 
(‥‥‥‥でも明日は‥‥)

 ふいに、壁にプッシュピンで留めた、いつかの日にレイジがくれた似顔絵のクロッキーが目に入る。

 声が、姿が、交互に頭に浮かんでくる。
 つばめの頬を撫でる、二人の手の感覚。

 もし、その手を一人しか握り返せないとしたら。
 自分はどっちの手を取るんだろう。

「‥‥‥‥」

 どうしたらいいのか、自分でもわからない。

 整理しきれない思いが押し寄せてきて、つばめは思わず布団の中に潜る。

 そのまま、雨の音を聞きながら自問自答を繰り返していたら、いつの間にか夜は明けていた。