幸福な王子の恋人

「あれ、なんか今日つばめいいことあった?」

夕食の時間。
ニーナが不意につばめに聞いた。

「なんか‥‥。
いつもより嬉しそう」

「ま、まさか。気のせいだよ」

言えるわけがない。
"ヨウジを好きになる前の自分"に戻れそうな算段がついたから、心がちょっと浮わついてる。なんて。

「それに服の裾、汚れてるし」

え、いつの間に。

「本当だ‥‥」

見ると、袖の裾に絵の具のような汚れがうっすら付いていた。

「‥‥あ、今日放課後にレイジの所に行ったから‥‥。その時付いたのかも」

取り繕うように、つばめが言う。

「‥‥レイジ君?」

ふいに、二人のやりとりの間から、ニーナの母親が微笑ましそうに声をかけてきた。

「それってあの絵の上手い、中学受験で遠くに行っちゃったレイジ君のこと?」

「そうそう!そのレイジ君!」

「なんだか、懐かしい名前聞いたわぁ。
‥‥最近聞かないけど元気してるのね」

「元気だよ!うちの高校編入してきても相変わらず絵描いてるよー」

「え‥‥あれ‥‥‥‥?
おばさんってレイジのこと知ってるの‥‥?」

つばめは戸惑うように聞く。

「──何言ってるの!
昔はみんなでよく遊んでたじゃない」

その言葉に、つばめはさらに混乱する。

「‥‥え、あれ。そんな事ありましたっけ。
おれ記憶にない‥‥‥‥」

「あらそう?
ま、子供の頃だからねぇ‥‥。

つばめ、とくに小学校の頃なんかはあの子にベッタリでお互いの家とか行ったりきたりして。
サマーキャンプとかにもよく行ってたんだけど、覚えてない?」

「いや、全然‥‥」

「まあ、十年以上も前の事だし、忘れてても無理ないか。
おばさんなんてねぇ‥‥。
もう最近は昨日のこと通り越して数時間前の記憶すらあやしい時あるわよ!」

「ママ、こないだも乾燥終わった洗濯物また洗ってたもんね!」

他愛ないやりとりをして、みんなで笑って、その場は和んですぐに終わる。

「‥‥‥‥」

だが、つばめはただ一人胸のつかえを感じていた。


食事も終わり、忙しいニーナの母親に変わって、つばめは慣れた手つきで洗い物をこなしていた。

しかしその表情は、どこか上の空で暗い。

なんてことない。
子供の頃の何気ないエピソードを忘れてるなんて、よくあることじゃないか。

「‥‥‥‥‥」

いや、でも。
小学校の記憶が全部ないってわけじゃないんだ。
あの頃仲が良かった他の子の名前や顔はちゃんと覚えてる。

──なのに。

子供の頃のレイジとの記憶だけが‥‥不自然なくらい、自分の中からごっそりとない。

そしてなぜかその記憶は、思い出そうとすると心の中にモヤがかかったように真っ暗になって、胸が苦しくなってしまう。

まるで心の中に二人の自分がいて、一人は「思い出したくない」と言い、もう一人は「思い出したい」と言って、左右で自分の腕を引っ張っているような感覚。

そんな感情がさっきからずっと続いていた。


「あった!」

ふいに物置部屋の方から、ニーナが嬉しそうに大声を上げたのが聞こえてきた。

「ねーつばめ!みてこれ!
なんか晩ご飯の会話、わたしずっと気になっちゃって。アルバム探して持ってきちゃった!」

そういうと、古いフォトアルバムを抱えたニーナがリビングにやって来た。

「ほら、こっち来てつばめも見ようよー」
 
「‥‥やだよ。洗い物まだ終わってないし」

「いーから。後で私も手伝うから!
一緒に見よ?こういうのってさ、誰かと見るから楽しいんじゃーん」

足をプラプラさせながら、ニーナが駄々をこねるように催促する。

「ったく。‥‥しゃーねーなぁ‥‥」

つばめはしぶしぶ折れる。食器洗いをする手を止めると、しかたなく彼女の元に向かった。

「さて。と‥‥」

ワクワクした様子で、ニーナはうっすら埃をかぶった表紙を軽く手で払うとページをめくった。

「うわ、若っ!」

「若いっていうか‥‥赤ちゃんだな」

アルバムは、首も座ってない頃の赤ん坊の写真から始まって、三歳、五歳と節目節目のお祝いや、何気ない日々の写真がたくさんファイリングされている。

「懐かしいなぁ‥‥」

二人は目を細めながら、いまよりずっと子供姿の自分たちの写真を眺めた。

そして、アルバムの中盤ごろ。

ふいに、幼い頃のニーナとつばめとレイジ達が写る写真が何枚も現れた。

「あ、おれわかった。こいつ多分レイジだろ」

子どもの頃から変わらない顔立ちを見て、つばめは一目で彼を見抜く。

写真に写る幼いレイジは、まだ目元を前髪で隠すあのボサボサの髪型をする前の姿をしていて、どの写真もはつらつとした笑顔で写っていた。

「あいつ、こんな顔で笑う時もあったんだな」

つばめがしみじみとつぶやく。

「‥昔はよく笑ってたよ」

そう言いながら、ニーナはページをめくった。


「うわ──!懐かしいなぁ」

写真は、ある日の一連の思い出が収められたページに辿り着く。

おそらくこれがさっき食事中に話題に上がった、サマーキャンプの写真だろうとつばめは思った。 

みんなでカレーを作ったり。
山を散策したり、川遊びをしたり。

自然豊かな山奥の中で、つばめとレイジとニーナが、家族や友人と共にあどけない表情で写真に写っている。

「ふふ。ミズキちゃんもいる。
やっぱりこの頃から可愛いなぁ。
‥‥この時のカレーの味、私まだ覚えてる」

「‥何でかな‥‥」

しみじみと思い出を振り返りながら写真を見つめるニーナに対し、つばめはずっとうろたえていた。

「初めてみる写真じゃないはずなのに、なんか‥‥。
ずっと頭にモヤがかかったみたいに思い出せない。

楽しかった記憶は、ぼんやりあるのに‥‥。なのに、なんかこの写真を見てると、辛くなる‥‥‥」

つばめはそう言うと、苦しそうに写真から目をそらした。

「‥‥そっか」

ニーナはそれだけ言うと、アルバムを閉じる。

「おれ、なにか大事なことを忘れちゃってるのかな‥‥‥」

つばめは頭を抱えると、途方に暮れるようにつぶやく。

「‥‥大丈夫だよ。
写真はちゃんと覚えてるから。
‥‥きっとそのうち、思い出すよ」

そう言って、彼の肩に優しく触れるとニーナは笑う。

「そんな言い方をするってことは‥‥。
これってやっぱり"忘れちゃいけない記憶"だったってこと‥‥?」

しかしその言葉にハッとしたように、つばめはニーナに問いかけた。

「‥‥‥‥‥‥」

彼女は否定も肯定もせず、ただ静かに沈黙するばかりだった。


「‥‥‥なあ、ニーナ。
昔のおれって‥‥どんなだった?」

ぽつりとつばめが聞く。

ニーナは少しの沈黙の後、言った。

「今よりもっと笑ってた。
そんでね、レイジ君と仲がよかったよ。とっても」

「‥‥‥‥‥覚えてない‥‥‥‥」

なのに、写真の中で幼い二人が笑って手を繋いでるのをみると、「そうだったのか」と、どこかで納得してしまう自分がいる。


「なんで‥‥」

だったらなんでいままで、あいつはそのことをおれに一言も言ってくれなかったんだろう。

だって、廊下で出会った時や準備室でのやりとりも、まるではじめて仲良くなったみたいな口ぶりだった。

"こないだも試合で海野君と大活躍だったじゃん。校門前によくのぼりも出てるし。それで覚えたんだ"

あんな白々しいことまで言って。
昔からの友人だったなら、フルネームくらい知ってて当然だ。

それならそう言えばいいのに。

──なのに、なんで‥‥?

「レイジも、覚えてるのかな‥このこと」

「‥どうだろうね?
‥‥今度会った時に聞いてみてもいいかもね」

ニーナがつばめの背中をさすりながら、優しい声で言葉をかける。

「うん‥‥‥」




──俺がつばめ君のことを意識したのは、小学校低学年の頃。

幼い頃、俺たちは放課後になると、いつもお互いの家を行き来して遊んでいた。

遊ぶといっても、つばめ君はゲームが好きだけど俺は苦手だったから、彼が携帯ゲームをプレイするすぐ横で自由帳にラクガキをする。  

それが俺たちの"遊ぶ"だった。

保育園の頃から、俺たちはまるで正反対なのに、なぜだか妙に惹かれあった。なにをするでもなく、ただ一緒にいるだけでなんか楽しいんだ。

『見せてよ!』

と、パズルゲームに飽きたつばめ君が、いつものように自由帳を覗き込む。

でもその日は、俺は必死に隠した。

だって、ついゲームをするつばめ君に見とれて‥‥気づいたらその横顔を、ノートの隅にこっそり描いてしまっていたから。
自分でもなんで描いたのかわからない。
でもその時、描きたくて描きたくて仕方がなかったんだ。

──絵がバレたら変なやつだと思われる。

そう思って必死に隠すうち、攻防は追いかけっこになり、俺は足の速いつばめ君にすぐに捕まってしまう。

『はなせよ、バカつばめ!』

自由帳を見られたくないあまり、俺はつばめ君の体をかいくぐって形成逆転すると、じゃれ合うように彼の脇の下を思い切りくすぐった。

『あはははは!』

身をよじって無防備に笑うつばめ君を見た時、俺の胸の中で赤い実が弾けたような気がした。

つい自分を止められなくなって、やめてー!って笑ってるのに、静止を無視してくすぐっているうち、ある時急に声が、

『やめて‥‥』

と、か細くなった。

見ると、自分の体の下にいるつばめ君が戸惑ったような顔で俺をじっと見ていた。

『あ‥‥ごめん‥‥』

気まずくなってパッと離れる。
その後は、逃げるように帰った記憶がある。

それから俺たちの関係は、前より少しだけぎこちなくなった。

なのに‥‥つばめ君は変わらず俺を家に誘うんだ。

『ぼく、またつばめの事くすぐっちゃうかもしれないよ』

ある時、慣れないゲームを2人でプレイしてた時、俺が冗談めかして言ったことがある。

『‥‥‥‥うん、いいよ。それでも。
れいじだったら、いいよ』

『え?』

思わず手が止まる。

その先の言葉の代わりに‥‥。
俺は、つばめ君を見た。




──あの雷の日から、オレは変な夢をみるようになった。とろんとした表情で、つばめがオレを見ている。

『‥すきだよ‥‥ヨウジ‥‥』

夢の中のつばめはそういうと俺にしがみつく。首筋から匂い立つあいつの香りまで鮮明で頭がクラクラする。

頭が馬鹿になるようなうねりをともなった感覚の中で、つばめはゆっくりと目を閉じて、毎回決まってオレにねだる。

『‥‥‥キスして‥‥‥‥』

その一言でオレの全身は強くしびれる。汗と息づかいがからむ感覚が嫌になるくらい生々しい。

だけど。
こんなにからだは結ばれてるのに‥‥。
いつも、夢の中でキスだけができない。

「つばめ‥‥‥‥っ!」

毎回アイツの名前を叫ぶ所で、無意識の罪悪感なのか‥‥夢から逃げるように目が覚める。

「‥‥‥‥くそ」

現実に引き戻されても、夢の中のアイツの表情が、まだ頭から離れない。

(どうせ夢なら、もっと楽しんでおけばよかった‥)

なんて思ってしまうオレは‥‥‥本当に、終わってる。



それぞれの思いが混線する日々が続く。
文化祭が近くなるにつれ、校内はにわかに活気立つ。

しかしそれに反比例するように、連日の雨で自主練が続いているサッカー部の面々は、少しずつフラストレーションが溜まっていくように見えた。

「‥‥‥‥」

とくにヨウジはここのところ、ずっとイライラしている。

つばめは、特に用もないのにフラッと美術室に立ち寄る事が増えた。
あれからずっと心の隅でモヤモヤしている"自分が忘れてしまっている記憶"を、レイジに聞き出したかったのだ。

「あ、あのさ‥‥」

しかし、いざレイジを前にすると、雑談はいくらできるのに、その話題だけはどうしても切り出せず、毎回なんてことない会話だけして、お茶を濁して終わってしまう。

‥‥今日こそは。
レイジにちゃんと聞こう。
そうつばめは決意していた。

「あ、つばめ!どうしたの?」

放課後に美術室に立ち寄ると、ニーナは粘土で立体作品を作っていた。

教室ではニーナの他にも幾人かの部員が、文化祭を前に作品制作に追われている。

「ん。なんか部活もできなくて手持ち無沙汰でさ‥‥。レイジいる?」

「‥‥うん。レイジ君なら"いつものアトリエ"だよー」

ニーナは声だけで返事すると、手元はせっせと緻密に作品を作り続ける。


つばめは、慣れた様子で準備室のドアをノックした。

「レイジ?俺だけど‥‥」

「あ、つばめ君。いらっしゃい」

ドアの向こうにレイジの声がする。
ゴソゴソと何かを片付けるような音の後に、ドアが開く。

レイジは相変わらず、つばめが来るといつもドギマギしたように描いている絵を隠してしまう。

「途中経過の絵ってさ。
昔からなんか、見られるの恥ずかしいんだよね‥‥」

と、その度にレイジは笑うのだった。


「‥‥もしかして、お邪魔だった?」

申し訳なさそうにつばめが聞くと、レイジは首を横に振りながら言う。

「ううん。
俺もちょうど気分転換したかったところ」

「そっか」

レイジはそう言うと、うーんと体を伸ばす。

「‥‥あ、あのさ‥‥」

つばめは、意を決して話しかけた。

「おれ、レイジに聞きたいことがあるんだけど‥‥」

「なに?」

ドキドキしながら、つばめは言葉を続ける。

「お前って‥‥。
子どもの頃、サマーキャンプに行った思い出ってある?」

レイジの伸びていた体がピタッと止まる。ストレッチをやめるとそのまま振り返り、つばめを見た。

「‥‥あの、こども会のやつ?」

「うん。多分そう」

「‥‥‥‥あるよ。でもなんで?」

少しの沈黙の後、懐かしそうにレイジは笑った。その反応に、つばめの顔がぱあっと明るくなる。

「よかった。
おれさ‥‥なんかその時の記憶が全然思い出せなくて、最近ずっと気になってんだ。

なあ。その時、おれもいただろ?
‥‥おれってどんなだった?
多分、覚えてるならレイジも知ってるよな‥‥」

しかし、つばめの問いに一転して、レイジの表情は暗くなる。

「‥‥‥‥‥知りたいの?」

目元に暗い影が落ちる。

「う、うん」

つばめは、なんとなくレイジの様子が変わったと気づきながらも、好奇心が勝ってしまう。

「本当に?」

念を押すようにレイジが聞く。

「‥‥うん。本当に」

「わかった。
じゃあ‥‥‥‥‥‥いいよ。
教えてあげる」

レイジはそういうと、静かにつばめの前に立った。

「え?‥‥」

いつもの柔らかい雰囲気とは違う。
言いようのない気迫に押され、つばめは思わず後ずさる。
しかしレイジはそんなつばめを逃がさぬように、ぐいっと腕を掴むと、自らのところに強く引き寄せた。

「ええっ?‥‥あの、レイジ‥‥!
これって一体‥‥?」

「‥‥‥‥‥‥」

つばめは問いかけるが、返答はない。
自分よりも一回体の大きいレイジに立ちはだかれ、つばめの顔にレイジの影が落ちる。
つばめは見上げると、その目がそらせなくなった。

「なんで、おまえそんな顔してんの‥‥」

長い前髪の隙間から、飛び込んでくる彼の澄んだ瞳のレイジは、どこか辛そうな目線でつばめをじっと見ていた。

「俺の目、ちゃんと見て‥‥」

その小さな呼びかけに、つばめはふと懐かしさを覚えた。

懐かしい?なんで?
でも‥‥なんでだろう。
おれ、このやりとりを知ってる‥‥。

「‥‥‥‥‥‥」

つばめが考えを巡らせていたら、ふいにレイジの大きな手が『目をそらすな』と言わんばかりにつばめの顔を包んだ。

レイジの指がつばめの柔らかい皮膚に沈み込み、頬がむにゅっと少しだけ歪む。

「うあ‥‥‥‥」

初めての経験にドキドキする。
のに、なんでだろう‥。
どこか、からだはこの手つきを記憶してる。

こんなふうに誰かに触られたことなんて‥あるはずないのに‥‥。

「‥ 俺の目、見ても思い出さない‥‥?」

ポツリと、レイジが聞いた。
その表情は逆光でよく見えない。

「‥わ、わかんない‥‥‥」

「じゃあ、これだったら‥‥?」

「え‥‥‥‥」

そう言うと、レイジはゆっくりと顔を傾ける。

(待って。これって、このままじゃ‥‥)

キスしそうになる!

「───ッ!」

彼の鼻息が顔にかかる距離まで来たところで、つばめは自分がずっと息を止めていた事に気づき、思わず酸欠で吹き出した。

「‥‥っぷは!」

その瞬間、掴んでいた手がパッと離れる。

「はぁ、はぁ、」

解放された体でつばめは必死に呼吸を整える。

「なんちゃって。‥‥やっぱりやーめた。ドキドキした?冗談だよ」

見上げると、いつものレイジが笑っていた。

「‥‥ばかっ‥!
はぁっ、冗談でもやってもいいことと、悪いことがあるだろ‥‥!ふぅ、」

つばめは、言いながら必死に息を整える。

「俺が伝えたら、それはもうつばめ君の思い出じゃなくなるから、やっぱり教えない。‥‥‥ごめんね」

レイジはにっこりと笑ってそう返す。


──そんな返答で、納得できるわけない。

でも、いきなり口づけをされそうになった衝撃でつばめは頭がいっぱいで、それどころじゃなかった。

「まあ、そもそもさ。
"思い出せない思い出"なんて、最初からその程度の事だったんだから。
‥‥いちいち気にすることないって」

そう言って笑うとレイジは近くにあったクロッキー帳とサインペンを手に取ると、即興でなにかを描きはじめる。

「さて気分転換。これ、だーれだ」

そう言って、クロッキー帳をみせる。
そこにはデフォルメ気味に描かれたつばめの似顔絵があった。

「‥‥おれ?」
「正解!」

「えー‥。おれってこんな顔なんだ。
なんか変な感じ‥‥。
てか、キャンバスの絵は全然みせてくれないのに、こういうのはいいのかよ」

「‥‥‥あれは、特別だから。
はいじゃあ次。コレは?」

再び、慣れた手つきでサラサラと描く。

「あ、ニーナとミズキ。すげー!そっくり。」

走り描きのような少ない線でも的確にそれぞれの特徴を捉えたイラストに、つばめは素直に感心する。

走り描きのような少ない線でも的確にそれぞれの特徴を捉えたイラストに、つばめは素直に感心する。

「あったり!はい次じゃあ‥‥コレは?」

最後に出された絵をみて、つばめは言葉につまる。


「あ‥‥‥‥‥ヨウジ」

そう言うと、つばめは照れくさい気持ちをごまかすようにうつむいた。

「つばめ君って‥‥。
本当に海野君の事、好きなんだね。
表情見てたらすぐわかるよ。もう、バレっバレ」

そういってレイジは笑う。

「‥‥からかうなよ」

「恥ずかしがらなくていいのに。
海野君のこと思い出してる時の表情、すごく素敵だったよ」

「やめろって、そういうの!」

つばめは強い口調でムキになる。

「けっこう本気で言ってるのに‥‥。
ねえ、怒った?」

レイジが聞く。

「別に」

言葉ではそういうものの、つばめは少しむすっとしている。

「ごめんって。これ。
おわびになるかわかんないけど、あげるから」

そういうとレイジは、それまで描いていたページを一枚破ると、つばめを描いたクロッキーを本人に手渡した。

「‥‥なんだよ」

つばめは思わず受け取る。
自分の似顔絵をもらうのは気恥ずかしいが、なんだか嬉しい気もした。

「ヨウジ君のもいる?」
レイジがイタズラっぽく聞いてくる。

つばめは「ば、ばーか。いらねえよ!」と強がるが、
(嘘。本当はちょっと欲しいかも‥‥)
と心の中で思った。

「‥‥とか言ってさ。
これ、最初からあげるつもりで、三割り増しで描いたんだから。
捨てないで飾ってくれるとうれしいな」

「‥‥いちいち一言うるせーよ、ほんと」

──ああ。せっかく意を決してレイジに聞いたのに、完全にあいつのペースではぐらかされてしまった‥‥。

つばめは思ったが、この他愛のないやりとりも、どこかくすぐったくて居心地がよかった。


そんな時。
ふいに美術準備室のドアが勢いよく開く。

「はぁ?大河原、あんた今日もいるの?」

言葉と共に盛大なため息で、いつになくいらだった様子のミズキが立っていた。

「‥‥‥なにこれ?落書き?」

クロッキー帳のイラストをみるなり、ミズキは舌打ちをする。

「───レイジ。
アンタさ、締切とっくに過ぎてんのわかってる?こんなの描いてるヒマあんなら、さっさと絵仕上げてよ。こっちはずっと待ってんだけど‥‥」

日本人形のような淑やかなミズキの眉間に、グングンとシワが寄っていく。

「‥‥うう。
ご、ごめんなさい‥‥」

さっきまで飄々と自分をおちょくっていたレイジは、いまは自分よりもさらに小柄なミズキにガン詰めされ、大きな体を縮こませている。

その姿につばめはふと、どこかで見た"いたずらをして飼い主に叱られるゴールデンレトリバーの動画"を思い出して、ぷっと吹き出した。

「‥‥あのさぁ。
なんか後ろでヘラヘラしてるから言うけど。大河原も同罪だから!」

ばちが当たったんだ。ざまーみろ。
と、のんきにレイジの背中をながめていたら、ミズキの怒りがこちらにも飛んできてつばめはドキッとする。

「えっ?」

「そもそも大河原がくるとレイジの制作が止まるの。
本当に心の底からアンタ邪魔。大河原はよそものなんだから、シャシャって来ないで」

「よ、よそものって‥」

「ミズキちゃん、違うよ。
つばめ君はすぐ帰ろうとしたんだけど、俺が引き止めちゃっただけで‥‥」

レイジは弁明するが、ミズキは全く意に介さない。

「いいから。レイジは黙ってて。
‥‥ニーナから聞いたけどさ、大河原、ここ最近美術部に寄りすぎ!

あたしはね、絵を受け取って終わりじゃないの。そっからやる事が山ほどあんの。でもそれ、いまぜーんぶストップしてんの。わかる?

‥‥‥もしこれでさ。
大河原がちょっかい出し続けた結果、レイジが絵を"落としたら"どうすんの?」

ミズキの目がつばめを鋭くにらむ。

「‥‥もしそうなったら。
あたし、お前を半殺しにするから。

先輩から引き継いで初めての舞台なの。
筆は遅いけど、あの作品にはレイジの絵が不可欠なの。
だからマジでお願いだから、うちらの邪魔しないで。

アンタはアンタで居場所があんでしょ。だったらさっさと、自分の巣に帰れよ」

「まあまあミズキちゃん‥‥。
何もつばめも悪気があるわけじゃないんだし。ちょっと落ち着こーよ。ね?」

不安な空気を嗅ぎつけたニーナが、三人の間に割って入ってくる。

「‥‥あんたは、いっつも二人に甘い」

ミズキはニーナの言葉に、口を尖らして子どものようにすねた。

「‥‥‥‥」


言葉は荒いが、正直ぐうの音もでない。
圧倒的にミズキが正しい。

自分の巣に戻れ、か。

その時、つばめはふと思いだす。
最近はもっぱら自主練がサボり気味になってしまっていたことに。

何日、空けてただろう。

わかってる。でも──。
ヨウジの顔が浮かんで、胸が苦しくなった。

「‥‥‥‥」

つばめは気まずそうに、土砂降りの窓越しに部室を見た。