「……あぁ、お母さんいるんだ」
学校から小さなアパートの一室に帰ってくると、学校にいた時よりも息が詰まったような感覚に陥る。
暗い廊下の向こう——扉を一枚隔て、向こう側にいるであろうお母さんと顔を合わせることを考えると思わずため息が漏れてしまう。
それでも、私の帰る家はここだった。重たい足取りで短い廊下を歩き、ドアノブをグッと掴んで勢いよく開ける。
「ただいま!」
とびっきりの笑顔と元気な声でリビングに入っていく。お母さんはキッチンに立っており、私に気がつくと優しい笑顔で「おかえりなさい」と出迎えてくれた。
「ただいま、お母さん。お母さんも今日は早かったんだね」
「そうなのよ。佐藤さんが仕事を引き継いでくれてね、早く上がらせてもらえたの」
ニコニコと嬉しそうに話すお母さんを私も笑顔で見つめる。その心の内側では「どうりで、ね」と呟く。
私は一度自分の部屋に荷物を置いてから再びリビングに向かえば、お母さんは「今日は早くにスーパーに行けたから惣菜買ってきちゃった」と聞いてもいないのに教えてくれる。お母さんの話に合わせるように私はキッチンに立ち、丁寧にお皿に盛られた惣菜たちを見つめた。
「美味しそうだね、お母さん!」
「そうでしょう? ここのスーパーの惣菜は美味しいからきっとお父さんも気に入ってくれるわよね」
「うん。きっとね……!」
笑顔を浮かべ続けながらお母さんの言葉に寄り添うように頷く。私の態度をお母さんは少しも疑っていないようで、機嫌が良さそうに笑っている。
「お母さんが夜ご飯を準備しておくから、瑠夏は学校の宿題とかでもしてて」
「うん! ありがとう、お母さん」
お母さんの言う通りに私はキッチンから出ていく。後ろからは鼻歌を口ずさむ声が聞こえてきた。
キッチンからはリビングが見えるようになっており、白いラグも大きなソファも母が好む明るい色で揃えられている。テレビの前にはお母さんと私が写った写真がいくつか飾られ、その中でも一番大きな写真たては現実を隠すように伏せて置かれていた。そこに飾られていたのはこの家の中で唯一家族が揃って写った写真だった。
私はお母さんに見られない位置に立つとスッと表情を消して、伏せられた写真へと一瞬だけ視線を向けた。だけど、それもほんの数秒のことで、すぐに写真のことを意識の外へと追い出すと自分の部屋へと逃げるように向かう。
後ろ手で部屋の扉を閉めて、ようやく私は息をつくことができた。
「……お父さん」
朧げな記憶の中にあるお父さんの顔を思い出そうとして失敗する。それほどお父さんがいなくなってから年月が経ったということだ。
私の机にも三枚の写真が飾られている。一枚は友達との写真。もう一枚は好きなアーティストの写真。そして、最後の一枚が、リビングにあるのとは違う家族写真だった。その写真にはひまわり畑を背景に幸せそうに笑い合う私の家族が写っている。一見すると、ごく普通の家族の一枚だ。
「お父さんなんて、もういないのに馬鹿みたい」
写真の中のお父さんは、大きな口を開けて笑っていた。
私にはもう、その笑い声すら思い出すことはできないけど。
家族の写真を胸に抱くと私はそのまましゃがみ込む。
いつまでこの生活を続ければお母さんの気は済むのだろうか。ずっとこのままなのだろうか。
たとえこのままだったとしても、この先もこの生活を送るのは嫌だ。
「……早く、大人になりたいなぁ」
小さく呟かれた言葉に返ってくる声はなかった。
学校から小さなアパートの一室に帰ってくると、学校にいた時よりも息が詰まったような感覚に陥る。
暗い廊下の向こう——扉を一枚隔て、向こう側にいるであろうお母さんと顔を合わせることを考えると思わずため息が漏れてしまう。
それでも、私の帰る家はここだった。重たい足取りで短い廊下を歩き、ドアノブをグッと掴んで勢いよく開ける。
「ただいま!」
とびっきりの笑顔と元気な声でリビングに入っていく。お母さんはキッチンに立っており、私に気がつくと優しい笑顔で「おかえりなさい」と出迎えてくれた。
「ただいま、お母さん。お母さんも今日は早かったんだね」
「そうなのよ。佐藤さんが仕事を引き継いでくれてね、早く上がらせてもらえたの」
ニコニコと嬉しそうに話すお母さんを私も笑顔で見つめる。その心の内側では「どうりで、ね」と呟く。
私は一度自分の部屋に荷物を置いてから再びリビングに向かえば、お母さんは「今日は早くにスーパーに行けたから惣菜買ってきちゃった」と聞いてもいないのに教えてくれる。お母さんの話に合わせるように私はキッチンに立ち、丁寧にお皿に盛られた惣菜たちを見つめた。
「美味しそうだね、お母さん!」
「そうでしょう? ここのスーパーの惣菜は美味しいからきっとお父さんも気に入ってくれるわよね」
「うん。きっとね……!」
笑顔を浮かべ続けながらお母さんの言葉に寄り添うように頷く。私の態度をお母さんは少しも疑っていないようで、機嫌が良さそうに笑っている。
「お母さんが夜ご飯を準備しておくから、瑠夏は学校の宿題とかでもしてて」
「うん! ありがとう、お母さん」
お母さんの言う通りに私はキッチンから出ていく。後ろからは鼻歌を口ずさむ声が聞こえてきた。
キッチンからはリビングが見えるようになっており、白いラグも大きなソファも母が好む明るい色で揃えられている。テレビの前にはお母さんと私が写った写真がいくつか飾られ、その中でも一番大きな写真たては現実を隠すように伏せて置かれていた。そこに飾られていたのはこの家の中で唯一家族が揃って写った写真だった。
私はお母さんに見られない位置に立つとスッと表情を消して、伏せられた写真へと一瞬だけ視線を向けた。だけど、それもほんの数秒のことで、すぐに写真のことを意識の外へと追い出すと自分の部屋へと逃げるように向かう。
後ろ手で部屋の扉を閉めて、ようやく私は息をつくことができた。
「……お父さん」
朧げな記憶の中にあるお父さんの顔を思い出そうとして失敗する。それほどお父さんがいなくなってから年月が経ったということだ。
私の机にも三枚の写真が飾られている。一枚は友達との写真。もう一枚は好きなアーティストの写真。そして、最後の一枚が、リビングにあるのとは違う家族写真だった。その写真にはひまわり畑を背景に幸せそうに笑い合う私の家族が写っている。一見すると、ごく普通の家族の一枚だ。
「お父さんなんて、もういないのに馬鹿みたい」
写真の中のお父さんは、大きな口を開けて笑っていた。
私にはもう、その笑い声すら思い出すことはできないけど。
家族の写真を胸に抱くと私はそのまましゃがみ込む。
いつまでこの生活を続ければお母さんの気は済むのだろうか。ずっとこのままなのだろうか。
たとえこのままだったとしても、この先もこの生活を送るのは嫌だ。
「……早く、大人になりたいなぁ」
小さく呟かれた言葉に返ってくる声はなかった。



