たとえ世界が音を失ったとしても

「なんでそう思ったの?」


 中学校の時、担任の先生から私はそう聞かれたことがあった。

 なんで——その言葉を聞いた瞬間、私の頭は真っ白になる。準備していた回答は頭の中から消え失せ、唇をきつく噛み締めて俯いた。先生は優しくて、私が答えるのを待ってくれていたが、どれだけ時間が過ぎても頭から消えてしまった答えを取り戻すことはできなかった。

 小さな声で「ごめん、なさい」とかろうじて伝えれば、先生は困ったように目尻を下げて微笑んだ。怒ってるわけじゃないんだよ、とか、話せるようになったら話してくれればいいからね、とか。あの手この手で私の言葉を引き出そうとしてくれたのに、私の頭の中は真っ白なままで言葉が浮かんでくるような気配は全くなかった。

 私は完全に俯いてしまい、先生の顔を見ることができなくなる。だからその時の先生がどんな顔をしていたのかは知らない。ただ、最後に先生が深いため息を吐いたことだけ、それだけが記憶の中にずっと残っていた。


 人の期待に応えないと、返ってくるのは落胆と失望だ。
 そのことに気がついた時から、私は『私』を演じることにした。周囲の人が望むように、いい人であれるように。


 そうすれば、息がしやすかったから。


 期待に応え続けられている間は、『私』という人生に意味があるように思えたから。