「あ! そういえば言ってなかったね」
朝のルーティンについて、私は誰にも話したことがなかったことを思い出した。あの時間は私にとって大事な時間で、誰にも邪魔されたくなかった。だから、これまではひっそりこっそり朝の時間を大事にしていたが、なぜか今は話してもいいと思えた。
「……一体、いつから」
「え? うーん、学校に入学して割と最初の方から?」
入学式を終え、晴れて高校生になった私はたまたま朝早くに学校に来たことがあった。その時に教室からピアノの音が聞こえて、その美しい旋律に感動したのだ。校舎の一階にある一年生の教室からは音楽室を見ることはできないが、ほぼ毎朝風間くんのピアノを聴くために朝、登校していた。
風間くんにそのことを説明すると、彼は「うわ、まじか……」と正気を疑うような眼差しを送ってきた。
「お前、やっぱり変なやつだな」
すでにルーティン化していた私には何が変なのか理解できず、納得ができなかった。ただ、風間くんが練習している姿を見て、小さな勇気をもらっていただけなのになぁ、と心の中で呟く。
その時、私はとあることに気がついて、パチパチと目を瞬かせる。風間くんの耳がほんのりと赤く染まっているのだ。まるで、照れているような反応に、私は思わず口元を綻ばせ、ほんの少しのいたずら心が心の内側に芽生えたのを感じた。
「あれー? もしかして、風間くんってば、照れてるの?」
「なっ……! 照れてなんかない! そんなわけないだろ!」
慌てた様子で否定する風間くんだったが、耳の赤みが頬にまで広がるだけでその言葉の信憑性は限りなく低かった。いつも淡々としている風間くんが焦っている姿を見るのは新鮮で、いつまでも揶揄いたくなる。
「あー……その、今もか?」
私がいつまでも笑っているからか風間くんは拗ねたようにそっぽを向くと、控えめな声で恐る恐るといったように尋ねてきた。私は一瞬何を聞かれたのかわからなくなり、言葉に詰まる。だけど、すぐに質問の意図を理解して小さく頷く。
「もちろん。今も、風間くんのピアノを聴いてるよ」
「……下手くそだろ」
「まぁ、怪我する前に比べたらね」
思ったことをそのまま口にすると、風間くんは自分で言ったくせに私のことを軽く睨んできた。私はその視線を軽く受け流しながら、「でもね」と言葉を繋げる。
「風間くんのピアノは何も変わってないよ。ずっと聴いてきたからこそわかる」
「……!」
「風間くんのピアノは綺麗で、人にそっと寄り添うような暖かさがあって——」
私は胸いっぱいの喜びをそのまま顔に浮かべて笑う。その表情を見て、風間くんは驚いたように息を呑んだ。
「——だから、私はそんな風間くんが好きだよ!」
一生懸命努力しているところが。
ピアノと本気で向き合っているところが。
私と向き合うことを諦めなかったところが。
『風間晴政』という人とその生き方が、私は大好きだ。
「…………」
「風間くん?」
黙り込んでしまった風間くんに私は首を傾ける。風間くんは顔を真っ赤にさせたまま、口をパクパクと魚のように動かす。まるで言葉を忘れてしまった人のようだった。
「……お前、それ」
「うん?」
「そういうこと、簡単にいうなよ…………!」
「そういうこと……?」
風間くんの言いたいことがわからなくて、キョトンとしていると風間くんは右手で顔を覆って天を仰いだ。
「どうしたの、風間くん? なんか変だよ」
「う、うるさい! 変なのは瑠夏の方だろ!」
「えー! なんで急に怒るの?!」
変なことを言ったつもりは全くなかったのに、なぜか風間くんはご立腹な様子だった。
好きなもの好きだと言って何が悪いのだろうか。
風間くん自身が、そう教えてくれたから私は素直に言葉にしただけなのに。
私は納得がいかず、不満げに口を尖らせる。だけど、それも一瞬のことで、風間くんのアヒル口を見てすぐに吹き出してしまった。
「……あはは! ……よくわからないけど、私の気持ちは変わらないよ」
「……そういうところだ」
「え?」
「なんでもない……!」
風間くんはそう言うと、逃げるように私の視線から顔を逸らした。そして、誤魔化すように鍵盤に手をそわせる。
「何か弾くの?」と尋ねれば、風間くんは怪訝そうな顔をしてチラリと私の方を見た。その視線を受け止めながら、私はピアノと向き合う風間くんのそばによる。
「せっかく音楽室にいるわけだし……風間くんが今、弾きたいものを聴かせてよ」
「……まともな演奏を期待するなよ」
「もちろん、期待なんてしないよ」
正直に伝えれば風間くんが驚いたように目を見開いた。
「だって、上手い演奏が聴きたいんじゃないもん」
目を丸くする風間くんに、悪戯っぽい笑みを向ける。
「私が聴きたいのは風間くんのピアノ——風間くんの音が聴きたいんだ」
朝のルーティンについて、私は誰にも話したことがなかったことを思い出した。あの時間は私にとって大事な時間で、誰にも邪魔されたくなかった。だから、これまではひっそりこっそり朝の時間を大事にしていたが、なぜか今は話してもいいと思えた。
「……一体、いつから」
「え? うーん、学校に入学して割と最初の方から?」
入学式を終え、晴れて高校生になった私はたまたま朝早くに学校に来たことがあった。その時に教室からピアノの音が聞こえて、その美しい旋律に感動したのだ。校舎の一階にある一年生の教室からは音楽室を見ることはできないが、ほぼ毎朝風間くんのピアノを聴くために朝、登校していた。
風間くんにそのことを説明すると、彼は「うわ、まじか……」と正気を疑うような眼差しを送ってきた。
「お前、やっぱり変なやつだな」
すでにルーティン化していた私には何が変なのか理解できず、納得ができなかった。ただ、風間くんが練習している姿を見て、小さな勇気をもらっていただけなのになぁ、と心の中で呟く。
その時、私はとあることに気がついて、パチパチと目を瞬かせる。風間くんの耳がほんのりと赤く染まっているのだ。まるで、照れているような反応に、私は思わず口元を綻ばせ、ほんの少しのいたずら心が心の内側に芽生えたのを感じた。
「あれー? もしかして、風間くんってば、照れてるの?」
「なっ……! 照れてなんかない! そんなわけないだろ!」
慌てた様子で否定する風間くんだったが、耳の赤みが頬にまで広がるだけでその言葉の信憑性は限りなく低かった。いつも淡々としている風間くんが焦っている姿を見るのは新鮮で、いつまでも揶揄いたくなる。
「あー……その、今もか?」
私がいつまでも笑っているからか風間くんは拗ねたようにそっぽを向くと、控えめな声で恐る恐るといったように尋ねてきた。私は一瞬何を聞かれたのかわからなくなり、言葉に詰まる。だけど、すぐに質問の意図を理解して小さく頷く。
「もちろん。今も、風間くんのピアノを聴いてるよ」
「……下手くそだろ」
「まぁ、怪我する前に比べたらね」
思ったことをそのまま口にすると、風間くんは自分で言ったくせに私のことを軽く睨んできた。私はその視線を軽く受け流しながら、「でもね」と言葉を繋げる。
「風間くんのピアノは何も変わってないよ。ずっと聴いてきたからこそわかる」
「……!」
「風間くんのピアノは綺麗で、人にそっと寄り添うような暖かさがあって——」
私は胸いっぱいの喜びをそのまま顔に浮かべて笑う。その表情を見て、風間くんは驚いたように息を呑んだ。
「——だから、私はそんな風間くんが好きだよ!」
一生懸命努力しているところが。
ピアノと本気で向き合っているところが。
私と向き合うことを諦めなかったところが。
『風間晴政』という人とその生き方が、私は大好きだ。
「…………」
「風間くん?」
黙り込んでしまった風間くんに私は首を傾ける。風間くんは顔を真っ赤にさせたまま、口をパクパクと魚のように動かす。まるで言葉を忘れてしまった人のようだった。
「……お前、それ」
「うん?」
「そういうこと、簡単にいうなよ…………!」
「そういうこと……?」
風間くんの言いたいことがわからなくて、キョトンとしていると風間くんは右手で顔を覆って天を仰いだ。
「どうしたの、風間くん? なんか変だよ」
「う、うるさい! 変なのは瑠夏の方だろ!」
「えー! なんで急に怒るの?!」
変なことを言ったつもりは全くなかったのに、なぜか風間くんはご立腹な様子だった。
好きなもの好きだと言って何が悪いのだろうか。
風間くん自身が、そう教えてくれたから私は素直に言葉にしただけなのに。
私は納得がいかず、不満げに口を尖らせる。だけど、それも一瞬のことで、風間くんのアヒル口を見てすぐに吹き出してしまった。
「……あはは! ……よくわからないけど、私の気持ちは変わらないよ」
「……そういうところだ」
「え?」
「なんでもない……!」
風間くんはそう言うと、逃げるように私の視線から顔を逸らした。そして、誤魔化すように鍵盤に手をそわせる。
「何か弾くの?」と尋ねれば、風間くんは怪訝そうな顔をしてチラリと私の方を見た。その視線を受け止めながら、私はピアノと向き合う風間くんのそばによる。
「せっかく音楽室にいるわけだし……風間くんが今、弾きたいものを聴かせてよ」
「……まともな演奏を期待するなよ」
「もちろん、期待なんてしないよ」
正直に伝えれば風間くんが驚いたように目を見開いた。
「だって、上手い演奏が聴きたいんじゃないもん」
目を丸くする風間くんに、悪戯っぽい笑みを向ける。
「私が聴きたいのは風間くんのピアノ——風間くんの音が聴きたいんだ」



