同じような家々が立ち並ぶ住宅街の一角に、その家はあった。二階建ての、ごく普通の一軒家。小さな庭と駐車スペースがあり、二階の窓にはベランダが備え付けられている。これといって目を引くところのない、どこにでもありそうな家だった。
「部屋汚いけど許してね」と照れたように笑う佳奈に私は首を横に振って大丈夫と伝える。最悪野宿しなければいけなかったところを、こうやって泊めてくれるだけで助かっていた。部屋が汚かろうとどうであろうと私が文句を言えた立場じゃないだろう。
「ただいまー! お母さん、今日友達泊まるからー!」
「……お邪魔します」
靴を半ば脱ぎ捨てながら家の中に入って一番近くの扉を開ける。姿は見えなかったが、中から「また、あんたは! ちゃんと事前に教えてくれないと、ご飯とかもないんだよ!」と怒る声が聞こえてきた。
「もう! ご飯は買ってきたから大丈夫だし、友達家の中にいるんだからそんなこと大きな声で言わないでよ!」
「あんたは先にそれを言いなさいよ!」
私には見えないところで佳奈とそのお母さんが言い争っている声が玄関まで響いてくる。私はやっぱり急に来て迷惑だったと今更ながら思い至り、佳奈に「私は大丈夫だから」と泊まることを固辞しようと顔を上げた。すると目の前に佳奈と佳奈のお母さんが玄関まで来ていて、私は驚いて目を見開いた。
「あんたにしては随分と清楚な子を連れてきたねぇ」
「ふふん、瑠夏は可愛くて優しい、最高の友達なんだよ」
「あなたは瑠夏ちゃんっていうの? 可愛い名前だねぇ。うちの子が迷惑かけてない? 何かあればはっきりと言ってくれていいからね」
「なんで私が何かする前提なのよ!」
学校にいる時とは少し違う。いつもの彼女なら一応相手の気持ちを考えてから口にするのに、お母さんの前では思ったことをそのまま口にしている。口調だって少しだけ強い。それでも刺々しさはなく、むしろここが彼女にとって遠慮をする必要のない場所なのだと感じられた。
お母さんにはっきりと口答えする佳奈の姿に私は好感を抱くと共に、少しの羨望の眼差しを送る。普通のお母さん。普通の家庭。私が求めてやまなかった『普通』を佳奈は持っているのだ。
きっと、こんなふうに言いたいことを言っても受け止めてもらえる場所で育ったから、佳奈は自分の気持ちをまっすぐ口にできるのかもしれない。
「ごめんね、うちのお母さん、ちょっと元気すぎるんだよね」
「ううん。そんなことないよ。優しそうでとってもいいお母さんだと思う」
「だってよ、お母さん。よかったね」
私の素直な感想に佳奈のお母さんは嬉しそうに微笑み、そんなお母さんに向かって佳奈は肘でちょんちょんと突いていた。
「さぁ、上がって。せっかくきてくれたんだから、ゆっくりしていってね。……佳奈、後でお茶を取りに来て」
佳奈のお母さんの言葉に私はもう一度小さな声で「お邪魔します」と言ってから靴を脱いだ。すると佳奈が私の手を取って家の中を案内してくれた。
佳奈の部屋は二階にあるようで、私は佳奈に続く形で彼女の部屋へと向かう。
部屋は全体的にピンク色でまとめられており、勉強机には勉強道具とスクールバッグが乱雑に置かれている。部屋の真ん中にはふわふわの白いラグがあり、小さなローテーブルの上には片付けられていない化粧道具が転がっていた。
「あんまり友達呼んだりしないからさ。ね、汚いでしょ?」
照れ隠しのように頭を掻きながら、頬を緩めた佳奈に私は「たしかに、綺麗とはちょっと遠いかも」と冗談を返す。
「そこは嘘でも綺麗って言うところじゃないの!?」
「あはは」
「もう! 笑わないでよ! 別にいつもはもっと綺麗なんだから!」
ぷくっと顔を膨らませた彼女。私は自然と口を緩ませながら「本当かなー?」と言い返す。そして私たちは二人で顔を見合わせて声を出して笑い始めた。
今日だけで一生分笑ったような気分だった。佳奈からメッセージをもらうまでは、何もかもがうまくいかなくて目の前が真っ暗になっていたのに。人間は一人じゃないというだけでこんなにも生きる活力が湧いてくるものなのか。
今までだって佳奈はそばにいてくれた。だけど、これまでの私は佳奈に対しても一線引いていたからか、本当の意味で心から笑えたことはなかった。その線を自分の手で乗り越えた今、こうやって些細な冗談を言い合って笑い合えることが、泣きたくなるほど嬉しいと感じた。
「あはは、瑠夏ってこんな風に人のことを揶揄うこともあるんだね」
「……いや、だった?」
「まさか! 新しい瑠夏の一面を知れて私は嬉しいよ。それに、瑠夏の笑った顔は可愛いから眼福、眼福」
ニヤリと笑った佳奈はいつかのように私の頬を掴むと、自然な笑みを促すように頬を上へと持ち上げる。
「まだちょっとぎこちなさはあるけど、前よりもだいぶ自然と笑えるようになったじゃん。私は、それが嬉しいんだよ」
「……ありがとう、佳奈」
「どういたしまして! あ、お礼はコンビニの新作お菓子とかどう?」
二人で冗談を言い合いながら、夜を過ごす。
お母さんのことが頭を過らなかったわけじゃない。むしろ佳奈とどれだけ楽しく話していても頭の隅にはずっとお母さんのことがあった。
自分勝手なことを言って怒ってないかな。
お母さん、私のこと嫌いになってないかな。
見捨てられたりしないかな。
たくさんの不安が頭を出しては頭の片隅で積もっていく。それらの不安のひとつひとつは小さくても、積もり重なれば山のように大きくなった。
だからなのか、入浴も済ませて、あとは寝るだけというときに、私の不安は爆発寸前まで膨れがっていた。
そんなもの見なければよかったのに、布団に横になった私は耐えられなくなってスマートフォンの電源を入れて、お母さんから何か届いていないかを確認してしまった。
新規メッセージ——。
「部屋汚いけど許してね」と照れたように笑う佳奈に私は首を横に振って大丈夫と伝える。最悪野宿しなければいけなかったところを、こうやって泊めてくれるだけで助かっていた。部屋が汚かろうとどうであろうと私が文句を言えた立場じゃないだろう。
「ただいまー! お母さん、今日友達泊まるからー!」
「……お邪魔します」
靴を半ば脱ぎ捨てながら家の中に入って一番近くの扉を開ける。姿は見えなかったが、中から「また、あんたは! ちゃんと事前に教えてくれないと、ご飯とかもないんだよ!」と怒る声が聞こえてきた。
「もう! ご飯は買ってきたから大丈夫だし、友達家の中にいるんだからそんなこと大きな声で言わないでよ!」
「あんたは先にそれを言いなさいよ!」
私には見えないところで佳奈とそのお母さんが言い争っている声が玄関まで響いてくる。私はやっぱり急に来て迷惑だったと今更ながら思い至り、佳奈に「私は大丈夫だから」と泊まることを固辞しようと顔を上げた。すると目の前に佳奈と佳奈のお母さんが玄関まで来ていて、私は驚いて目を見開いた。
「あんたにしては随分と清楚な子を連れてきたねぇ」
「ふふん、瑠夏は可愛くて優しい、最高の友達なんだよ」
「あなたは瑠夏ちゃんっていうの? 可愛い名前だねぇ。うちの子が迷惑かけてない? 何かあればはっきりと言ってくれていいからね」
「なんで私が何かする前提なのよ!」
学校にいる時とは少し違う。いつもの彼女なら一応相手の気持ちを考えてから口にするのに、お母さんの前では思ったことをそのまま口にしている。口調だって少しだけ強い。それでも刺々しさはなく、むしろここが彼女にとって遠慮をする必要のない場所なのだと感じられた。
お母さんにはっきりと口答えする佳奈の姿に私は好感を抱くと共に、少しの羨望の眼差しを送る。普通のお母さん。普通の家庭。私が求めてやまなかった『普通』を佳奈は持っているのだ。
きっと、こんなふうに言いたいことを言っても受け止めてもらえる場所で育ったから、佳奈は自分の気持ちをまっすぐ口にできるのかもしれない。
「ごめんね、うちのお母さん、ちょっと元気すぎるんだよね」
「ううん。そんなことないよ。優しそうでとってもいいお母さんだと思う」
「だってよ、お母さん。よかったね」
私の素直な感想に佳奈のお母さんは嬉しそうに微笑み、そんなお母さんに向かって佳奈は肘でちょんちょんと突いていた。
「さぁ、上がって。せっかくきてくれたんだから、ゆっくりしていってね。……佳奈、後でお茶を取りに来て」
佳奈のお母さんの言葉に私はもう一度小さな声で「お邪魔します」と言ってから靴を脱いだ。すると佳奈が私の手を取って家の中を案内してくれた。
佳奈の部屋は二階にあるようで、私は佳奈に続く形で彼女の部屋へと向かう。
部屋は全体的にピンク色でまとめられており、勉強机には勉強道具とスクールバッグが乱雑に置かれている。部屋の真ん中にはふわふわの白いラグがあり、小さなローテーブルの上には片付けられていない化粧道具が転がっていた。
「あんまり友達呼んだりしないからさ。ね、汚いでしょ?」
照れ隠しのように頭を掻きながら、頬を緩めた佳奈に私は「たしかに、綺麗とはちょっと遠いかも」と冗談を返す。
「そこは嘘でも綺麗って言うところじゃないの!?」
「あはは」
「もう! 笑わないでよ! 別にいつもはもっと綺麗なんだから!」
ぷくっと顔を膨らませた彼女。私は自然と口を緩ませながら「本当かなー?」と言い返す。そして私たちは二人で顔を見合わせて声を出して笑い始めた。
今日だけで一生分笑ったような気分だった。佳奈からメッセージをもらうまでは、何もかもがうまくいかなくて目の前が真っ暗になっていたのに。人間は一人じゃないというだけでこんなにも生きる活力が湧いてくるものなのか。
今までだって佳奈はそばにいてくれた。だけど、これまでの私は佳奈に対しても一線引いていたからか、本当の意味で心から笑えたことはなかった。その線を自分の手で乗り越えた今、こうやって些細な冗談を言い合って笑い合えることが、泣きたくなるほど嬉しいと感じた。
「あはは、瑠夏ってこんな風に人のことを揶揄うこともあるんだね」
「……いや、だった?」
「まさか! 新しい瑠夏の一面を知れて私は嬉しいよ。それに、瑠夏の笑った顔は可愛いから眼福、眼福」
ニヤリと笑った佳奈はいつかのように私の頬を掴むと、自然な笑みを促すように頬を上へと持ち上げる。
「まだちょっとぎこちなさはあるけど、前よりもだいぶ自然と笑えるようになったじゃん。私は、それが嬉しいんだよ」
「……ありがとう、佳奈」
「どういたしまして! あ、お礼はコンビニの新作お菓子とかどう?」
二人で冗談を言い合いながら、夜を過ごす。
お母さんのことが頭を過らなかったわけじゃない。むしろ佳奈とどれだけ楽しく話していても頭の隅にはずっとお母さんのことがあった。
自分勝手なことを言って怒ってないかな。
お母さん、私のこと嫌いになってないかな。
見捨てられたりしないかな。
たくさんの不安が頭を出しては頭の片隅で積もっていく。それらの不安のひとつひとつは小さくても、積もり重なれば山のように大きくなった。
だからなのか、入浴も済ませて、あとは寝るだけというときに、私の不安は爆発寸前まで膨れがっていた。
そんなもの見なければよかったのに、布団に横になった私は耐えられなくなってスマートフォンの電源を入れて、お母さんから何か届いていないかを確認してしまった。
新規メッセージ——。



