たとえ世界が音を失ったとしても

 ブランコが大きく揺れるたび、風が耳元を鋭く掠めていった。

 風の音の向こうでさまざまな声が聞こえてくる。


『なんでこんなこともできないの』
『はぁ、もういいよ』
『どうしてって聞いてるでしょ』


 これまでに聞いてきた嫌な言葉が私の足に絡みついてくるようだった。何度も何度も聞いて、その度に自分の心を無理やり押し込んで蓋をした。そうしなければ、『普通』に生きることなんてできないと思っていたから。

 でも、多分、今は少し違う。

 私を信じてくれて、失敗してもいいと言ってくれる佳奈がいる。きっと私が思うより世界は私に牙を向いたりしていない。

 だから私はぐんっとブランコを思いっきり漕ぐと、息を大きく吸い込んだ。タイミングを見計らって、心に芽生えた少しの勇気を振り絞り鎖から手を離す。

 胃の中身がひっくり返るような浮遊感と何ものからも解き放たれたような開放感。思い切って目を開ければ、遠くまで世界が見えるようだった。

 その景色に見惚れてしまっていたからか、私は着地に失敗して顔面から地面に倒れ込んだ。膝がずりむけて、咄嗟についた手も軽い擦り傷を負う。痛みですぐに立ち上がれず、その場に寝転んでしまった。草や土の匂いが微かに鼻をくすぐる。

 倒れ込んだ私に佳奈が驚いて、慌てて近づいてきたが、顔を見て安心したように笑う。

 その時の私は、初めての自由の感覚に心から笑い、同時に空を飛んだことへの恐怖が今更込み上げてきて涙を流していた。


 いや、本当は違う。


 押し殺していた自分が、貼り付けた笑顔の仮面の下から出てきたのだ。

 私が気づいていなかっただけで、本当の自分はずっと蓋の下で泣いていたんだ。

 ずっと見て見ぬ振りをしてきた『私』のそばによったことで、そのことにようやく、私は気づくことができた。

「ほら、瑠夏。そろそろ立ち上がって」

 嗚咽を噛み殺しながら泣きじゃくっていた私に佳奈が手を差し伸べる。私はその手をぎゅっと握りながらゆっくりと体を起こした。

 短時間でたくさん泣いたからか、頭が痛くぼんやりとする。だけど、これだけはちゃんと佳奈に伝えたいと思ってゆっくりと口を開いた。


「私、ちゃんと考えたい。私が本当は何がしたくて、どう思っているのか。それに風間くんの言った言葉の意味も、ちゃんと考えたい」
「……! うん、なら私は手伝うよ。瑠夏が大切にしたいことは私も大切にしたいから」
「ありがとう。本当にありがとう、佳奈」
「えへへ、まぁまぁ、いいってば。それに、瑠夏は一人で考えるととんでもない結論を出しがちだからね! 私がちゃんと監督しててあげないとね!」


 胸を張りながら、冗談めかして言われ、私は思わず吹き出していた。口元で小さく笑う私を見て、佳奈も嬉しそうに、そして満足そうに笑った。


 問題は何一つ解決していない。

 お母さんのことも、風間くんのことも、私自身のことも。

 だけど、一つだけわかったことがある。


「よし、ならこのまま私の家に行こうよ。今日は泊めてあげるからさ。ね、家出少女さん?」

「そんなあだ名つけないでよ。でも、ありがとう」


 ——私は、『私』らしく生きてもいいのだということを。