たとえ世界が音を失ったとしても

 俯きながらブランコに揺られていると、砂を踏みしめる音が聞こえてくる。

「やっほー、会いにきたよ、お嬢様」
「……お嬢様って、そんな柄じゃないよ」

 片手をあげてぷらぷらと揺らしながら佳奈が私の方へと近づいてくる。日は完全に沈んでしまい、夜の帷が降ろされたところだ。公園にある数少ない街灯だけが、二人のことを照らしていた。

 佳奈は私の隣のブランコに勢いよく座ると、「わー、懐かしいね」と言いながら助走をつけてブランコに揺られ始める。ビュンビュンと風を切って気持ちよさそうにする佳奈を見て私は毒気が抜かれるような気持ちだった。苦しくて、まともに息もできなかったのに、佳奈が隣に来てくれただけで息がしやすくなる。

 それはきっと、佳奈が私に何かを押し付けたり、求めたりしないからだ。

 佳奈はいつだって素直で、思ったことを口にする。一見するとわがままで、相手の気持ちを考えていないようにも見えるが本当は違う。佳奈は佳奈なりに考えて、あえてそういう振る舞いをしているように私には見えた。

 直接聞いたことはなかったけど、きっとそれは間違いじゃなくて。だから私たちは似ている部分があるのだろう。

 ブランコを楽しむ佳奈をじっと見つめていると、彼女は照れたようにはにかみながら「ちょっと、見すぎ」と言った。

「ねぇねぇ、ここから飛んだらどこまで飛べるかな?」

 ブランコの限界まで高く揺らしていた佳奈は突然そんなことを聞いてきた。私は「流石に危ないからやめてきなよ」と返したが、佳奈はケラケラと笑って「見てて!」と言う。

 怖さなんて知らない小さな子供ならまだしも、失敗すれば大怪我をすることを私たちは知っている。なのに、佳奈は自信ありげに口角を持ち上げると「せーのっ!」と言ってブランコの鎖から手を離した。

 瞬く星の光をバックに佳奈が空を飛ぶ。その姿は自由に空を羽ばたく鳥を連想させた。

 私は大きく目を見開いて、その光景を唖然と見つめる。

 成功するからやる、失敗するからやらない。
 そうじゃないんだと佳奈が全身で教えてくれていた。

 佳奈の両足は綺麗に地面に吸い込まれていき、佳奈は体操選手のようにポーズを決めると勢いよく私の方を振り返る。

「ねね、すごくない!? あの高さから飛ぶとこんなところまで飛べるんだね!」

 頬を紅潮させ、無邪気な子供のようにはしゃぐ佳奈を見て、私は思わず笑ってしまった。声をあげて、これまでの不安や恐怖を忘れて、心から笑い転げる。

 腹を抱えて笑い続ける私を見て佳奈はホッとしたように胸を撫で下ろし、優しい笑みを口元に浮かべた。


「やっと笑ったじゃん」


 その一言が私の胸に響き、瞳の奥がわずかに揺れた。迷子のように心許ない気持ちで佳奈を見つめれば、彼女は深く追求することはなく「じゃあ、次は瑠夏の番ね」と言いながら私の横へと戻ってきた。

「え……でも、私じゃできないよ…………怖いし、痛そうだし」
「大丈夫だよ。今の瑠夏なら、きっとできるよ」

 私の瞳をまっすぐに見つめてくる。逸らすことも、揺らぐこともないその眼差しが、言葉よりも雄弁に『信じている』と告げていた。その瞳には疑いの色なんて欠片もなくて、それだけで胸の奥がじんわりと熱くなる。

 私はその視線に背中を押されるように鎖をぎゅっと掴むと、深呼吸をしてから勢いよくブランコを動かす。