たとえ世界が音を失ったとしても

 突然水を刺されたことに不満を覚え、思わず先生たちのことも睨んでしまう。だけど、今更自分の行動を止めることはできそうになかった。

「相田に旭川じゃないか。そんなに大きな声出して喧嘩か?」
「…………」

 私と目の前の生徒——相田くんはお互いに睨み合う。その視線はあっちが悪いんだ、と雄弁に物語っていた。二人の睨み合いを見たクマちゃん先生は深いため息を吐いて「何があったか説明しなさい」と私たちに再度説明を求める。

「……こいつが……俺たちが風間の話をしてたら勝手に突っかかってきたんだよ」
「旭川が……?」

 相田くんの完全に自分本位な説明にクマちゃん先生は驚いたように目を見開いた。そして私の方を見て「本当か、旭川」と尋ねる。

 私はこれ以上口を開けば今度は先生たちにも牙を向けてしまいそうだったから、むっつりと口を尖らせたまま黙秘を貫いた。いつにない頑固な様子にクマちゃん先生は肩を竦める。

「旭川。俺はなんでこうなっているのかって聞いてるんだ」

 クマちゃん先生の『なんで』という問いかけに私はハッとする。

 なんで?
 なんでって?

 どう言えばいいの。

 風間くんの悪口を言ってたから注意しました?
 風間くんのことを馬鹿にしたから怒りました?
 風間くんの名誉を守るためだったんです?

 どれもしっくりこなくて、結局私は何も言えないままだった。


 私はなんで、こんなにも必死になっていたの——?


 風間くんと話すようになって少しは変われたと思っていたが、私は昔のまま何も変わっていない。私は本当の私のことが何もわからないままなのだ。

 そう考えると急に周囲の人たちの視線がナイフのように突き刺してくるように感じた。ヒソヒソと非難する声が、嘲笑う声が鼓膜を揺らし、私の心を揺さぶるみたいだった。


「私は……」


 震える唇を無理やり動かし、早く先生の質問に答えなければと考える。だけど、考えれば考えるほど頭は真っ白になり、思いついた言葉は浮かんだ側から消えていく。


「…………私は、この人たちが……風間くんの悪口を言ってたから……だから、やめて欲しくて…………」


 呼吸が少しずつ早くなる。息が苦しくなる感覚に懐かしさすら感じた。
 私は腕をぎゅっと掴みながら必死にクマちゃん先生にわかってもらおうと言葉を紡ぐ。


「だって、本人のいないところで……こそこそ言うのは…………卑怯、だから。だから、私は……!」


 喋り続けるのに比例するように私の視線はどんどんと下がっていく。話し終える頃には誰の顔を見ることもできなくなり、視界に映るのはそれぞれの足だけだった。だから、この時、クマちゃん先生がどんな顔をして私に話しかけていたのか知らなかった。その声色はいつもの豪快な先生からは想像もつかないほど優しく、諭すように聞こえた。

「……事情は分かった。なぁ、旭川。相田たちも悪かったのかもしれないが、旭川はどちらかといえばこんな騒ぎを起こすようなタイプじゃないはずだ」

「…………」

「それなのに、お前は相田たちの会話に口を挟んで、喧嘩にまで発展させた。それも全部、風間のためなのか?」

 クマちゃん先生の質問の意図が私にはわからなかった。だから、正直に小さく頷く。


「そう、です……。私は風間くんのことを思って——」



「僕が、いつそんなことを頼んだんだ」