風間くんのお見舞いに行ってから数日が経った。本当は風間くんのためにしてあげたいことがたくさんあったはずなのに、風間くんに明確に線を引かれ拒絶された私はもう一度風間くんに会いに行く勇気が出なかった。
きっとあの日の風間くんの言葉は本心だ。彼の心からの叫びに、私はただ言葉を失うだけで何も言い返すことができなかった。
風間くんのためにと思ってお見舞いに行ったはずなのに、結局彼を傷つけることしかできなかったと思うと、なんのために自分は会いに行ったのかと気持ちが落ち込んでいく。
ぼんやりとしたままいつものように購買で買ってきたパンを教室で頬張っていると、目の前に座っていた佳奈が弁当箱を机に置いた。
「どうしたの、瑠夏。最近元気ないじゃん」
「……え? そんなことないと思うけど」
「ううん、絶対に変。お気に入りのパンを食べても、私がいくら楽しい話をしても、心ここに在らずって感じで。他の人は気が付かないかもしれないけど、これでも瑠夏の友達だもん、わかるよ」
私の隠し事を暴くような目でじっと見つめられる。探るような視線に私は咄嗟に口元を隠して表情を読み取られないようにする。そして手の下で引き攣りそうになった笑顔をいつもの自然な笑顔に変えると「佳奈の気のせいだよ」と笑い飛ばした。佳奈は口を尖らせてジトっとした視線を私に送ってきたが、私はなんてことないように振る舞った。その裏では佳奈の的確な指摘に心がざわついていた。
そうしていると佳奈は他のクラスメイトに呼ばれてそっちの子と話し始めた。私は笑顔を貼り付けたまま、乱れた気持ちを鎮めようと小さく深呼吸を繰り返す。
なんでバレたんだろう。
たしかにいつもより考え込む時間はあったが、それ以外は変わらなかったはずだ。いつもと同じように笑い、同じように過ごし、同じようにいい子でいたのに。
佳奈は私の友達だからわかると言ったが、他にも私の異変に気がついている人がいるということだろうか。
もしもそうなのだとしたら、私はどうしたらいいのだろう。
いつもみたいに上手く笑えなかったら。いつもみたいに他の人が望むような返答ができなかったら。
考えれば考えるほど良くないことばかりが頭の中を駆け巡っていく。起きてもいないことで不安がっていてはだめだとわかっていても、過去の記憶が私の体を絡め取って動けなくする。
落ち着こうとすればするほど、手先は冷たくなり、頭の中は真っ白になっていく。
「瑠夏?」
「……っ!」
狭まっていく視界に佳奈が入り込む。その瞬間、私は息の仕方を思い出したように大きく空気を吸い込んだ。驚いて目を見開いている私を見て佳奈は「やっぱり顔色悪いじゃん。保健室行く?」と心配そうに首を傾けている。
ゆっくりと息を吐き出しながら私は「大丈夫だから」と答える。そして佳奈が口を開くよりも前に私は手に力を入れながら震える声で話し始める。全然取り繕えていない今の自分に少しだけ苛立ちを感じた。
「……私の友達の話を聞いてくれる?」
食べかけのパンを机に置いて、私は佳奈の鎖骨のあたりを見つめる。佳奈は「うん、いいよ」と快く受け入れてくれて、私は少しだけ心に余裕を作ることができた。
「私の友達の友達が怪我をしたんだって。その怪我をした人はとある業界で有名で、将来も期待されていた人なんだけど、ある日事故で怪我をしてしまったの。事故の後遺症で怪我をした人は今までできていたことができなくなって。私の友達はその人のことを支えたいと思っているけどうまくいかなくて」
頭の中であの日の風間くんが蘇る。積み上げてきたものが一瞬にして崩れ落ち、当たり前のようにできていたことができなくなった人の末路を見せられた私は、風間くんになんて声をかけるのが正解なのかわからなくなった。周囲の人の望む答えを見つけることは人並み以上に得意だと思っていたが、実際にはそんなことないのだと突きつけられた。
だからこそ私はわからなくなった。
私が風間くんにできることは一体何があるのか、と。
「私の友達はどうすればよかったのかな。怪我をした人に何をしてあげればよかったのかな」
佳奈は私の話を聞きながら考え込むように腕を組んだ。そしてしばらくクラスの喧騒が二人を包み込んだ後、佳奈の考えがまとまったようで彼女が口を開く。
「とりあえずなんでもやってあげればいいんじゃない?」
「……なん、でも?」
「そう。そのお友達さんがやれることを全部やってあげればいいんだよ。それを受け取るかどうかは怪我した人が決めることでしょ?」
佳奈は励ますように笑うと力を入れ過ぎて白くなっている私の手を自分の手で優しく包み込んだ。
「やらないで後悔するなら、やって後悔した方が絶対にいいでしょ」
「どっちにしても後悔するの?」
「後悔するならどっちの方がいいかって話よ。後悔することを前提に置いた話じゃないからね!」
「……佳奈が私の友達の立場だったら——」
「私にできることはなんでもやる。鬱陶しがられても、嫌がられても、絶対にその子を一人にはしないんじゃないかな。でも、相手が本当に一人になりたいなら少し距離は取ると思う。まぁ、それくらいの覚悟がないと、人を支えるなんてきっと無理じゃないかな」
佳奈の答えを聞いた瞬間、私の背中を優しく押してもらったような感覚に陥る。私が聞きたかった言葉がそこにあった。
「でも、何にしても押し付けはだめだからね」
「……そうだね。佳奈の言う通りだよ」
風間くんのために何かをすることは間違っていなかった。それがわかっただけでも、私の心は軽くなる。
私は佳奈に話してみてよかったと思った。おかげで、もう一度風間くんに会いに行く勇気が心に芽生えたのだから。
今度こそ、風間くんのために上手くやってみせる——そう決意した。
きっとあの日の風間くんの言葉は本心だ。彼の心からの叫びに、私はただ言葉を失うだけで何も言い返すことができなかった。
風間くんのためにと思ってお見舞いに行ったはずなのに、結局彼を傷つけることしかできなかったと思うと、なんのために自分は会いに行ったのかと気持ちが落ち込んでいく。
ぼんやりとしたままいつものように購買で買ってきたパンを教室で頬張っていると、目の前に座っていた佳奈が弁当箱を机に置いた。
「どうしたの、瑠夏。最近元気ないじゃん」
「……え? そんなことないと思うけど」
「ううん、絶対に変。お気に入りのパンを食べても、私がいくら楽しい話をしても、心ここに在らずって感じで。他の人は気が付かないかもしれないけど、これでも瑠夏の友達だもん、わかるよ」
私の隠し事を暴くような目でじっと見つめられる。探るような視線に私は咄嗟に口元を隠して表情を読み取られないようにする。そして手の下で引き攣りそうになった笑顔をいつもの自然な笑顔に変えると「佳奈の気のせいだよ」と笑い飛ばした。佳奈は口を尖らせてジトっとした視線を私に送ってきたが、私はなんてことないように振る舞った。その裏では佳奈の的確な指摘に心がざわついていた。
そうしていると佳奈は他のクラスメイトに呼ばれてそっちの子と話し始めた。私は笑顔を貼り付けたまま、乱れた気持ちを鎮めようと小さく深呼吸を繰り返す。
なんでバレたんだろう。
たしかにいつもより考え込む時間はあったが、それ以外は変わらなかったはずだ。いつもと同じように笑い、同じように過ごし、同じようにいい子でいたのに。
佳奈は私の友達だからわかると言ったが、他にも私の異変に気がついている人がいるということだろうか。
もしもそうなのだとしたら、私はどうしたらいいのだろう。
いつもみたいに上手く笑えなかったら。いつもみたいに他の人が望むような返答ができなかったら。
考えれば考えるほど良くないことばかりが頭の中を駆け巡っていく。起きてもいないことで不安がっていてはだめだとわかっていても、過去の記憶が私の体を絡め取って動けなくする。
落ち着こうとすればするほど、手先は冷たくなり、頭の中は真っ白になっていく。
「瑠夏?」
「……っ!」
狭まっていく視界に佳奈が入り込む。その瞬間、私は息の仕方を思い出したように大きく空気を吸い込んだ。驚いて目を見開いている私を見て佳奈は「やっぱり顔色悪いじゃん。保健室行く?」と心配そうに首を傾けている。
ゆっくりと息を吐き出しながら私は「大丈夫だから」と答える。そして佳奈が口を開くよりも前に私は手に力を入れながら震える声で話し始める。全然取り繕えていない今の自分に少しだけ苛立ちを感じた。
「……私の友達の話を聞いてくれる?」
食べかけのパンを机に置いて、私は佳奈の鎖骨のあたりを見つめる。佳奈は「うん、いいよ」と快く受け入れてくれて、私は少しだけ心に余裕を作ることができた。
「私の友達の友達が怪我をしたんだって。その怪我をした人はとある業界で有名で、将来も期待されていた人なんだけど、ある日事故で怪我をしてしまったの。事故の後遺症で怪我をした人は今までできていたことができなくなって。私の友達はその人のことを支えたいと思っているけどうまくいかなくて」
頭の中であの日の風間くんが蘇る。積み上げてきたものが一瞬にして崩れ落ち、当たり前のようにできていたことができなくなった人の末路を見せられた私は、風間くんになんて声をかけるのが正解なのかわからなくなった。周囲の人の望む答えを見つけることは人並み以上に得意だと思っていたが、実際にはそんなことないのだと突きつけられた。
だからこそ私はわからなくなった。
私が風間くんにできることは一体何があるのか、と。
「私の友達はどうすればよかったのかな。怪我をした人に何をしてあげればよかったのかな」
佳奈は私の話を聞きながら考え込むように腕を組んだ。そしてしばらくクラスの喧騒が二人を包み込んだ後、佳奈の考えがまとまったようで彼女が口を開く。
「とりあえずなんでもやってあげればいいんじゃない?」
「……なん、でも?」
「そう。そのお友達さんがやれることを全部やってあげればいいんだよ。それを受け取るかどうかは怪我した人が決めることでしょ?」
佳奈は励ますように笑うと力を入れ過ぎて白くなっている私の手を自分の手で優しく包み込んだ。
「やらないで後悔するなら、やって後悔した方が絶対にいいでしょ」
「どっちにしても後悔するの?」
「後悔するならどっちの方がいいかって話よ。後悔することを前提に置いた話じゃないからね!」
「……佳奈が私の友達の立場だったら——」
「私にできることはなんでもやる。鬱陶しがられても、嫌がられても、絶対にその子を一人にはしないんじゃないかな。でも、相手が本当に一人になりたいなら少し距離は取ると思う。まぁ、それくらいの覚悟がないと、人を支えるなんてきっと無理じゃないかな」
佳奈の答えを聞いた瞬間、私の背中を優しく押してもらったような感覚に陥る。私が聞きたかった言葉がそこにあった。
「でも、何にしても押し付けはだめだからね」
「……そうだね。佳奈の言う通りだよ」
風間くんのために何かをすることは間違っていなかった。それがわかっただけでも、私の心は軽くなる。
私は佳奈に話してみてよかったと思った。おかげで、もう一度風間くんに会いに行く勇気が心に芽生えたのだから。
今度こそ、風間くんのために上手くやってみせる——そう決意した。



