杓子定規なお姫様ー最恐のわがまま呪術師の元に嫁いだのは曲がれない解呪師でしたー

 今回音無家に届けられた依頼はひとつ、とある男の呪殺だ。
 だが相手もまた名の知れた呪術師の家系の人間である、呪術師が呪術師を呪う場合大きなリスクも孕んでくる。
 
 音無の家はその依頼を引き受けるに辺り身近に置いておける解呪師を見繕った。
 
 もし万が一にも鈴懸が呪われた際にすぐに対応できるようにと。
 
 そこで妻兼解呪師として宛がわれたのが琴音、名家の幅木家、解呪師としての能力の高さ、音無家のお眼鏡に叶うには十分な相手。
 
 そこに鈴懸の意思はない。
 そして鈴懸にも特段不満はなかった。
 
 名家の長兄、そして天才、甘やかされて育ったとしても結果として鈴懸も音無家の所有物。
 依頼を言いつけられればこなす、そこに愛のない結婚がついてくるのであれば文句ひとつ言うこともない。
 
 だが、琴音との契約上の結婚生活を送り始めてから初めて鈴懸は自分の確固たる意思を持った。
 
 この異様な女から早く離れてしまいたい、と。


 
「……今日の飯は和食か」
 
 既に何度目か忘れた琴音との朝食の時間、鈴懸は卓につくと不快そうにぼやいた。
 
「洋食ばかりでも偏りが出ますから、あと最低限、昨日も言いましたよね」
 
 今日で鈴懸と琴音が二人暮らしを始めて4日目、朝食を取るのは3回目、鈴懸とは真逆にそんなところまでしっかりと覚えている琴音は端的に、いつもの事を注意する。
 
「……」
「最低限の、常識を示していただく、約束です」
 
 琴音の声掛けを無視して箸を手に取った鈴懸に琴音は再度口を酸っぱくして忠告を飛ばした。
 
「……いただきます」
 
 一向に自身も箸を取ろうとしない琴音の圧に根負けした鈴懸は吐き捨てるようにそれだけ言うと早々に焼き魚に箸をつけた。
 
「よく噛んでお召し上がりくださいね、いただきます」
 
 そして鈴懸が食べ始めたのをしっかりと確認してから自身も箸を手に取る。
 
「……ひとつ食事を用意するくらいで一言求めるなど、あまりにも慢心だな、飯くらい女中でも用意できるというものだ」
 
 米を何度か噛んで飲み込むと鈴懸は出来うる限りの暴言を琴音に浴びせた。
 履き物は揃える、机に肘は付かない、食事前には手洗いといただきますを忘れずに、食べたら歯磨きを、仏壇には毎日手を合わせる。
 何か事ある度に琴音は細かく鈴懸の行動にたいして注意をする、それをされる度に鈴懸の中には言い様のないモヤモヤが蠢いて嫌な気持ちとはまた違う言い様のない感情が渦巻く。
 
 本当だったらもっと手酷く言ってしまいたいのに鈴懸はそれが出来ずにいた。
 
 食事は毎回鈴懸の分だけ一品多くおかずがある、外に出れば琴音は鈴懸の一歩後ろを歩き今回のターゲットの視察をして家に戻れば冷えた麦茶と茶菓子が用意されている。
 自身が顔合わせの時に言いつけた物事を琴音は嫌味一言言わずに、嫌な顔ひとつせずにそつなくこなしていた。
 
 いっそのこと清々しい程に。
 
 だからこそ鈴懸も琴音にたいして下手な暴言を浴びせることが出来ない。
 そもそも文句の付け所が無かったからだ。
 
「この家に女中はおりませんしいただきますは食事を用意したことに対するお礼だけで言う言葉でもありません」
「……やはり、理解出来ない」
「理解しろとは言いません、ただそうして誠意を示してくださる気心があるのならそれで私は十分です」
「……」
 
 文句を言うでもなくそれだけ言って黙々と食事を進める琴音に鈴懸は無言でその紅く光る双眸を向ける。
 琴音との生活で、鈴懸が一番に理解できないのはこれだった。
 
 琴音はこと細かく生活における当たり前には口を出すのにけっしてそれを心の底から理解しろと鈴懸に求めることはしない。
 
 気心だけあれば十分、何かあれば琴音は鈴懸に言って聞かせるように何度だって同じ言葉を繰り返す。
 
 それなのに鈴懸の内心、細かいところまで無理に変えようとはせずにただひとつの鈴懸の行動で満足してその話を簡単に終わりにしてしまう。
 
 鈴懸からすれば普通であればこうしろああしろと言うのであればその理由すら押し付ける、それが当たり前、その筈だった。
 だからこそそれが鈴懸に取っては一番理解出来ず、そして琴音の不思議な部分だったのだ。

 

「鈴懸様、これを」
「……これは、なんだ」
 
 ある日、鈴懸が家を出ようとすると琴音はひとつの包みを鈴懸に渡した。
 男が持つには少しばかり可愛すぎる手拭いに一瞬躊躇いながらも鈴懸はそれを受け取る。
 
「お弁当です、今日はお相手方の様子を伺いに行かれるとのことでしたから軽く摘まめるようにと作っておきました、メインはハンバーグですから開いて辟易もしませんでしょう」
 
 鈴懸の好物は基本的に洋食だ。
 それを鈴懸の口から琴音に伝えたことはない、それなのに琴音はしっかりとそれを把握している為か食卓に並ぶ機会は多いが琴音はしっかりと栄養を考えて献立を立てる。
 
 だからこそ実家のように毎日洋食というわけにもいかず和食や中華、創作料理のようなものが食卓に並ぶことも多かった。
 
「……頼んでいないが」
 
 琴音の作る料理は旨いから別に洋食じゃない時でも辟易したりはしない、そう口からこぼれ出そうな所でギリギリで鈴懸はその言葉を飲み込んだ。
 
 何故か、自分の本心を琴音にさらけ出すのは少しだけ気恥ずかしいと鈴懸は思ったからだ。
 
 そしてそんな本音の代わりに出たのは天の邪鬼なそんな言葉だった。
 言ってから少しだけ後悔した自分の心境に内心驚いて取り繕うように受け取った弁当を胸元に抱く。
 
「一応にも私は貴方の妻です、貴方がちゃんと私との約束を守ってくださっている間は貴方の求める妻であります」
 
 だけど、鈴懸の後悔とは裏腹に琴音はいつも通りを貫く。
 
「……何故、そこまで出来るのだ、お前も家から言われて一時的に嫁いできているだけだろう、この先永遠に一緒に生きるわけでもない」
 
 そう、この結婚生活は鈴懸がターゲットを殺せばそこでお仕舞いのただのおままごとだ。
 鈴懸も自分の意思でなければ琴音もまた自分の意思ではない。
 そんな相手にここまでする琴音の心境はいつまで経っても鈴懸には理解出来なかった。
 
「だとしても、今は貴方の妻です、そこに愛があるとか無いとかそういう話ではない、それにいくら家の取り決めでも私は嫌なことは嫌と言えます、梃子でも曲がりません、でも貴方は初めて会ったあの日、私の言葉に従って草履を揃えて置いて見せた、肘は机から下ろした、それで私には十分でした」
「……やはり分からぬ、本当に変な女だ」
 
 琴音の紡ぐ言葉の歌に鈴懸の心は乱される。
 それは多分、最初に感じた不快感とは違う何かで
 
「よく言われます」
 
 出会ってから初めて、少しだけ笑んだ琴音を見て、鈴懸は琴音の心の中を理解したいと自身が思い始めていることに気がついた。