呪術師とは、まじないや呪いを生業とする家業である。
言葉ひとつ、身動きひとつで相手を支配し簡単に死に至らしめる。
侍の滅んだこの大正の時代においてまさに最強、そして最恐と恐れられる職業だ。
そんな呪術師の中でも名家である音無家の長兄、音無鈴懸は永く続く音無家の中でも群を抜いた天才と歌われ蝶よ花よと育てられ、存分に甘やかされて育った。
そして当たり前のように生まれてからの21年間、一度も叱られたことどころか注意をされたことすらなく生きてきた。
「家に上がる時は履き物は揃える、常識ですよ」
だからこそ、人生で初めて叱責されたその瞬間、彼の頭のなかに浮かんだ感情は紛れもなく明確な不快感だった。
「今回の依頼では同じ場所に長期間滞在する必要がある、男一人では怪しまれかねないので一度妻を娶ることになった次第だ、決して俺の意向ではない」
これから少しの間とはいえ自身の妻となる女を前にして鈴懸はあくまでも自身の意思ではないという意向と高圧的な態度を崩すことはしなかった。
「一時でも音無の人間になる以上はそれなりの心持ちでいてもらわないとこちらとしても困る、まず男は立てよ、歩くときは一歩後ろを、勿論敬語も忘れぬように、恥をかかせられてはたまらない」
机を挟んで胡座をかいて座る鈴懸はその高い身長、屈強な体躯と派手な金色の頭髪も相まってそうでなくても威圧的なのにさらに高圧的な物言いで言いきると何か不服そうに肘を机に付く。
鈴懸の機嫌が悪い理由、それは机越しに座るその女が自身を見ても何もおべっかを使おうとすらしないから、それだけの些細なことだった。
今まで会ってきた女は誰だって鈴懸に気に入られようと必死だったのにこの女は鈴懸の妻というこの上なく他の女からしたら魅力的な立場に座ろうというのに本人を目の前にしても顔色ひとつ変えることはなかった。
そして
「……分かりました、全て承諾致しましょう、貴方より早く起き朝食を用意し貴方が眠ってから次の日の準備を終えて眠ります、歩くときは貴方の背中を見て歩きます、敬語も勿論忘れずに、ただ……」
鈴懸の要望を全て飲み込んだ上で女は言葉を続ける。
女がただ、と一言口を開いた瞬間、あからさまに女側の付添人達は顔色を蒼くしたのを鈴懸は見逃さなかった。
「ただ?」
だからこそ、あえて何も言わせる暇を与えずにそう聞き返す。
「それだけのことを求めるのであればそれだけのことをしようと思える男気を、誠実さと当たり前の常識を示していただきたく思います」
女は特に顔色ひとつ変えることもせずに淡々と語りながらただその黒く野暮ったい眼鏡のフレームをくいっと上に押し上げ、そして
「家に上がる時は履き物は揃える、机に肘は付かない、常識ですよ、最低限の」
手のひらを上に向け、あくまでも上品な手付きで鈴懸の机に付かれた腕を指し示して見せた。
遅くなったがもうひとつ、この国には解呪師という呪いを解呪することを生業とする家業も存在する。
解呪するということは呪いをかけるよりも精神を過剰に磨耗させ、何よりもその力は生まれついての素質に依存する。
だからこそ、生まれながらに解呪の才に恵まれていた琴音は生まれてすぐに幅木の家に迎え入れられ幅木の人間として育てられた。
解呪という異質に触れながらもぶれず、曲がらず、生まれながらの強い精神力を胸に忘れず。
音無鈴懸と幅木琴音、呪術師と解呪師。
呪う側と解呪する側、自分勝手と杓子定規、決して相容れることのない二つの人間が一定の期間とはいえ契約の元に結婚し夫婦となる。
そんな異常事態が起きたのにはとあるひとつの理由が起因していた。
言葉ひとつ、身動きひとつで相手を支配し簡単に死に至らしめる。
侍の滅んだこの大正の時代においてまさに最強、そして最恐と恐れられる職業だ。
そんな呪術師の中でも名家である音無家の長兄、音無鈴懸は永く続く音無家の中でも群を抜いた天才と歌われ蝶よ花よと育てられ、存分に甘やかされて育った。
そして当たり前のように生まれてからの21年間、一度も叱られたことどころか注意をされたことすらなく生きてきた。
「家に上がる時は履き物は揃える、常識ですよ」
だからこそ、人生で初めて叱責されたその瞬間、彼の頭のなかに浮かんだ感情は紛れもなく明確な不快感だった。
「今回の依頼では同じ場所に長期間滞在する必要がある、男一人では怪しまれかねないので一度妻を娶ることになった次第だ、決して俺の意向ではない」
これから少しの間とはいえ自身の妻となる女を前にして鈴懸はあくまでも自身の意思ではないという意向と高圧的な態度を崩すことはしなかった。
「一時でも音無の人間になる以上はそれなりの心持ちでいてもらわないとこちらとしても困る、まず男は立てよ、歩くときは一歩後ろを、勿論敬語も忘れぬように、恥をかかせられてはたまらない」
机を挟んで胡座をかいて座る鈴懸はその高い身長、屈強な体躯と派手な金色の頭髪も相まってそうでなくても威圧的なのにさらに高圧的な物言いで言いきると何か不服そうに肘を机に付く。
鈴懸の機嫌が悪い理由、それは机越しに座るその女が自身を見ても何もおべっかを使おうとすらしないから、それだけの些細なことだった。
今まで会ってきた女は誰だって鈴懸に気に入られようと必死だったのにこの女は鈴懸の妻というこの上なく他の女からしたら魅力的な立場に座ろうというのに本人を目の前にしても顔色ひとつ変えることはなかった。
そして
「……分かりました、全て承諾致しましょう、貴方より早く起き朝食を用意し貴方が眠ってから次の日の準備を終えて眠ります、歩くときは貴方の背中を見て歩きます、敬語も勿論忘れずに、ただ……」
鈴懸の要望を全て飲み込んだ上で女は言葉を続ける。
女がただ、と一言口を開いた瞬間、あからさまに女側の付添人達は顔色を蒼くしたのを鈴懸は見逃さなかった。
「ただ?」
だからこそ、あえて何も言わせる暇を与えずにそう聞き返す。
「それだけのことを求めるのであればそれだけのことをしようと思える男気を、誠実さと当たり前の常識を示していただきたく思います」
女は特に顔色ひとつ変えることもせずに淡々と語りながらただその黒く野暮ったい眼鏡のフレームをくいっと上に押し上げ、そして
「家に上がる時は履き物は揃える、机に肘は付かない、常識ですよ、最低限の」
手のひらを上に向け、あくまでも上品な手付きで鈴懸の机に付かれた腕を指し示して見せた。
遅くなったがもうひとつ、この国には解呪師という呪いを解呪することを生業とする家業も存在する。
解呪するということは呪いをかけるよりも精神を過剰に磨耗させ、何よりもその力は生まれついての素質に依存する。
だからこそ、生まれながらに解呪の才に恵まれていた琴音は生まれてすぐに幅木の家に迎え入れられ幅木の人間として育てられた。
解呪という異質に触れながらもぶれず、曲がらず、生まれながらの強い精神力を胸に忘れず。
音無鈴懸と幅木琴音、呪術師と解呪師。
呪う側と解呪する側、自分勝手と杓子定規、決して相容れることのない二つの人間が一定の期間とはいえ契約の元に結婚し夫婦となる。
そんな異常事態が起きたのにはとあるひとつの理由が起因していた。


