なんちゃって巫女は寺に居座る~家出ついでに配信してたら、副住職が本物の妖を祓い始めました~

 気がつくと、私は箒を手に、本堂の前を掃いていた。
「……あれ?」
(いつの間に、掃除を始めたんだっけ……)
 足元には、掃き集められた落ち葉が小さな山を作っていた。
 ぼんやりとそれを見つめていると、さっき聞いた真尋の声が、頭の中によみがえった。
『僕が彼女を傷つけたことに変わりはありません』
 聞いたことのない、切ない声だった。
 きっと、真尋自身が抱えてきた痛みの深さなのだろう。

「……みとさん?」
「……え?」
 顔を上げると、少し離れたところに真尋が立っていた。
「そこ、もう十分きれいになっていますよ」
「……あ」
 足元を見る。いつの間にか、同じ場所ばかり掃いていたらしい。
「あはは……ほんとだ」
 慌てて箒を持ち直す。
「ちょっと考え事してて。ごめんね」
「……何かありましたか?」
「えっ?」
「いえ……少し、元気がないように見えたので」
 真尋が心配そうにこちらを見ている。
(……そんな顔、しないでよ)
 何も知らないふりをするだけでも精一杯なのに。
「大丈夫! ちょっとぼーっとしてただけ」
 私はわざと明るく答えた。
「ほら、こっちも掃いちゃうね!」
「あ……はい」
 真尋はそれ以上何も聞かなかった。
 私は箒を動かしながら、そっと息を吐いた。
(……しっかりしなきゃ)
 真尋はきっと、今もいろんなことを抱えている。
 そんなときに、私まで心配をかけてどうするの。
 せめて、いつもどおりに。
 そう自分に言い聞かせて、私はまた黙々と箒を動かした。

 掃除を終え、いつもの和室へ向かった。
 座卓に教科書とノートを広げていると、真尋がお茶とお菓子を載せたお盆を手に入ってきた。
「お疲れさまでした。少し休憩してから始めましょうか」
「うん、ありがとう!」
 真尋が湯呑みと小皿を並べる。
 お菓子は、小さな栗まんじゅうだった。
「わ、おいしそう!」
「いただきものですけどね」
 真尋が向かいに腰を下ろした。
 私はバッグに手を伸ばす。
「あ、そうだ!」
 中から取り出したのは、家から持ってきたつきぷくたち。
「じゃーん! 今日はこの子たちを連れてきました!」
 座卓の上に並べると、真尋がわずかに目を見開いた。
「……ずいぶんたくさんありますね」
「ふふ。今日はみんな連れてきちゃった!」
 真尋は小さく笑うと、立ち上がって棚のほうへ向かった。
(……え?)
 棚から2体のつきぷくを持ってくると、私の隣に腰を下ろした。
「せっかくですから、一緒に並べてみましょうか」
「うん!」
 真尋が持ってきた2体も加わり、座卓の上はつきぷくたちでいっぱいになった。
「わぁ、賑やかになったね。この子たち、久しぶりの再会だ」
「そうですね」
「ふふ。じゃあ、3つ目はどの子にする?」
 私が座卓の上に並んだつきぷくたちを指さすと、真尋はしばらく見渡してから、一体に目を留めた。
「その子にします」
「えっ、この子?」
 思わず聞き返してしまった。
 それは、私が落ち込んでいた時期に、ずっとそばに置いていたつきぷくだった。
「どうして、この子?」
「そうですね……」
 真尋は少し考えてから、穏やかに微笑んだ。
「なんとなく、気になったので」
「……そっか」
 私は真尋が選んだつきぷくを、先に並んでいた2体にぴたりと寄り添わせた。
「どこ行ってたんだよ〜。寂しかったよ〜」
 私が声を変えて言うと、真尋は一瞬ためらったあと、小さく笑った。
「ごめんね」
 真尋もつきぷくを一体手に取り、こちらに向ける。
「もう、どこにも行かない?」
「うん。……ずっとそばにいるよ」
 真尋が優しく笑った。
「…………」
 思いがけない言葉に、胸がきゅっと締めつけられた。
 つきぷくに言っただけなのに。
 ほんの一瞬、自分に言ってもらえたような気がして、嬉しかった。
 真尋は手にしていたつきぷくをしばらく見つめてから、残りの2体の隣に並べた。
 これで、真尋のつきぷくは3体になった。
「ふふ。これで寂しくないね」
「そうですね」
 真尋は並んだつきぷくを眺めながら、穏やかに微笑んだ。
 けれど、どこか物思いに沈んでいるようにも見えた。
(……やっぱり、何か考えてるのかな)
 その横顔を見ていると、さっきの言葉がまた頭をよぎる。
『ずっとそばにいるよ』
 つきぷくのセリフだって、わかってるのに。
 私はそっと視線を落とした。
「あ、そうだ!」
 ふと思い出して、顔を上げる。
「真尋さんに報告したいことがあったんだった!」
「報告したいこと?」
「うん。ほら、お札のこと! 古いのと新しいので、効果に差があるかもって話したでしょ?」
「ええ」
「この間、両方使ってみたんだけど、どっちもちゃんと効果があったよ」
「そうですか」
「それにね、家に帰る頃にちらっと見たら、やっぱり元の状態に戻ってたの。すごいよね! これなら、私ももっと戦え――」
「……みとさん」
「……え?」
 真尋の声に、思わず言葉を止めた。
 真尋は少し迷うように口を閉じ、それから静かに言った。
「……配信のことなんですが」
「……うん?」
「しばらく、お休みしませんか」
「…………え?」
 一瞬、何を言われたのかわからなかった。
「……どういうこと?」
 思わず真尋の顔を見つめる。
「なんで急に、そんなこと言うの?」
「これまで、配信中に何度も危険な目に遭っているでしょう」
「それは……そうだけど」
「僕もこれから先、いつもそばにいられるとは限りません。もし、また僕のいないときに何かあったら……」
「…………」
 これから先、いつもそばにいられるとは限らない。
 その言葉が、妙に引っかかった。
(……そう、だよね)
 今までみたいに、ずっと一緒にいられる保証なんてない。
 真尋には、私の知らない過去がある。
『僕が彼女を傷つけたことに変わりはありません』
 さっき聞いた声が、頭の中によみがえった。
(……詩織さんのこと、今もずっと気にしてるんだよね)
 それなのに、真尋は私の配信に付き合ってくれている。
 危険な目に遭うたびに、助けに来てくれて。
(……もしかして、私が負担になってる?)
 本当は、詩織のことだって気になっているはずなのに。
 私が配信を続けるせいで、真尋は自分のやりたいこともできないんじゃ……。
「……そうだよね。真尋さんにも、いろいろあるもんね」
「……え?」
 真尋が不思議そうに眉を寄せた。
「いえ、そういうことでは……」
「……うん。わかってる」
 ちゃんと、わかってる。
 真尋にだって、自分の時間がある。
 もともと、お母さんに頼まれて勉強を教えてくれているだけなんだから。
 ずっと私に付き合ってもらえるなんて、思っちゃいけない。
 そう自分に言い聞かせて、笑おうとした。
 けれど、うまく口元が動かなかった。
(……あれ?)
 視界がじわりと滲む。
 慌てて俯いたけれど、こらえきれなかった涙が頬を伝った。
「……みとさん?」
「……ごめん。なんでだろ……」
 手の甲で拭おうとした、そのとき。
 真尋が何か言いかけて、口を閉じた。
 それから、そっと手が伸びてきた。
 頬に触れた指先が、涙を優しく拭っていく。
「……辛いとは思います。みとさんにとって、大切な配信ですから」
(……違う)
 配信を休むことよりも、真尋が私から離れていってしまうことが寂しい。
 でも、そんなこと、言えるわけないじゃない。
「……でも、今は安全を優先してほしいんです」
 真尋の手が、ゆっくりと離れた。
 私は小さく頷いた。
「……うん。今日はお休みする」
 少し迷ってから、言葉を続けた。
「でも、これからのことは……少し、考えさせて」
 真尋はそれ以上、何も言わなかった。
 その優しさが、今は少しだけ苦しかった。