なんちゃって巫女は寺に居座る~家出ついでに配信してたら、副住職が本物の妖を祓い始めました~

 なあ子と別れて家に帰り、夕飯を済ませた。
「今日は藤代さんのところに行くの?」
 食器を片づけながら、母が尋ねた。
「ん……うん」
 曖昧に答えて、部屋へ戻る。
 まだ迷っているはずなのに、気づけばいつものように荷物をまとめていた。
(……行くだけ、行ってみよう)
 私は鞄を手に取り、家を出た。
 小宮のことを、誰かに相談したかった。
 ……でも、それだけじゃない。
『待ってます』
 昨日の真尋の言葉が、頭をよぎった。
 あんなことを言われたら、来たくなっちゃうじゃない。
 ……いや、別に、そういうわけじゃないんだけど。
(でも、どうしよう……)
 真尋に会ったら、なんて言おう。
 もう、これ以上黙っているわけにはいかない。
 そう思うのに、どう話を切り出せばいいのか、まだわからなかった。

 境内に着き、母屋のほうへ足を向ける。
 その途中、植え込みの陰に怪しい人影を見つけた。
(……あれ?)
 何やら身をかがめて、参道のほうを覗いている。
(……まさかね)
 私はそっと背後に近づいた。
「……今度は誰を狙ってるんですか?」
「しっ。……ほれ、あの犬連れの爺さん」
 参道を見ると、小型犬を連れたおじいさんが、のんびり歩いていた。
「……タイミングは?」
「もう少し近づいたところで、わしが飛び出して……」
「……飛び出して?」
「……ん?」
 相手が振り返った。
 ひょっとこだった。
「…………」
 しばし、ひょっとこと見つめ合う。
 相手が二、三歩後ずさった。
「……みとちゃん!?」
 慌ててお面を外したのは、やっぱり宮司だった。
「……一応言っておきますけど、ここ境内ですよ」
「いやなに。ちょっと暇を持て余していたもんでな」
(……もう、何も聞くまい)
 呆れながら、宮司と一緒に母屋へ向かう。
 けれど、中には誰もいなかった。
「あれ? 住職さん、いない……」
「さっき出かけるところに会ってのう。用があるとかで、しばらく戻らんそうじゃ」
「……そうなんだ」
 できれば、先に住職に相談したかった。
 真尋に話す前に、自分の中でも整理しておきたかったから。
(……どうしよう)
 けれど、留守なら仕方がない。
 居間に入ると、宮司は慣れた様子で座布団に腰を下ろした。
 私は持ってきたリュックを下ろすと、キッチンでお茶を淹れ、居間へ戻った。
「はい、どうぞ」
「おお、すまんのう」
 宮司はさっそく湯呑みに口をつけた。
「……うむ。うまい。さすがは藤代家の嫁じゃ」
「だから、嫁じゃないっていうのに……」
 満足そうに頷く宮司を見て、私もお茶をひと口飲んだ。
 静かな時間が流れる。
 窓の向こうで、木々の葉が風に揺れる音がした。
 ふと、向かいに座る宮司に目を向ける。
(……そういえば、この人も妖のこと、詳しいのかな)
 いつもふざけてばかりいるけれど、住職の昔からの馴染みだと聞いた。
 もしかしたら、何か知っているかもしれない。
 私は湯呑みを置いた。
「おや、茶柱が立っておる」
 宮司が湯呑みを覗き込んだ。
「えっ、ほんと?」
「ほっほっほ。こりゃあ、いいことがありそうじゃ」
「……宮司さんって、そういうの信じるんだ?」
「なんじゃ。神主が縁起を担いではおかしいか?」
「いや、そうじゃないけど……」
 私は少し迷ってから、口を開いた。
「……宮司さん」
「なんじゃ?」
「……ちょっと、聞きたいことがあるんですけど」
「ほう。なんじゃな?」
「宮司さんって……妖のこと、詳しいですか?」
 宮司は湯呑みを持つ手を止めた。
「……真尋から、少し話は聞いておる」
「……そうなんですか?」
「うむ。ずいぶん怖い思いをしたそうじゃな」
「……はい」
 私は膝の上で両手を握った。
 本当は、もっと話さなきゃいけないことがある。
 けれど、いざとなると、どうしても言葉が出てこなかった。
「……あの、私みたいな普通の子でも、妖に勝てますか?」
「……ほう?」
「……強くなりたいんです、私。もっと、妖と戦えるようになりたくて」
「ふむ」
「この間も、真尋さんに助けてもらっちゃったし……」
 私は視線を落とした。
「いつも守ってもらってばかりだから。少しでも、力になれたらって」
 宮司は何も言わず、私の話を聞いていた。
「……だから、何か方法がないかなって」
「なるほどのう」
 宮司はしばらく私を見つめていた。
「……それだけか?」
「……え?」
「強くなりたい理由は、それだけかと聞いておる」
「…………」
 思わず言葉に詰まった。
(……まさか)
 私の中に、妖がいることまで知ってる?
 けれど、宮司はそれ以上何も聞かなかった。
「……まあ、よい」
 そう言って、いつものように笑った。
「誰かの力になりたいと思うのは、立派なことじゃ」
「……うん」
「じゃが、強くなるというのは、妖を祓えるようになることだけではないぞ」
「……え?」
「怖いことから逃げずに向き合う。それもまた、強さじゃ」
 私は俯いた。
「……怖いこと」
 真尋に本当のことを話せないまま、逃げてきた。
 宮司の言葉が、ちくりと胸を刺す。
「ほっほっほ。そう難しく考えることはない。できることから始めればよい」
「……できること?」
「うむ。焦る必要はない。少しずつでよいのじゃ」
 宮司は傍らの紙袋を持ち上げた。
「実はのう、真尋からおぬしの戦いぶりを聞いてな。ちょいと用意したものがある」
「……真尋さんから?」
「うむ。ちょうどよい機会じゃ。次に妖と戦うときは、これを使ってみなさい」
 そう言って、宮司は紙袋を私の前に差し出した。
「……これで、私も強くなれるんですか?」
「ほっほっほ。それは使ってみてのお楽しみじゃ」
「……お楽しみ?」
「うむ。きっと役に立つぞ」
 私は差し出された紙袋を見つめた。
 中に何が入っているのかは、わからない。
(……私にも、できることがあるのかな)
 小さな期待を胸に、そっと紙袋を受け取った。
 強くなりたい。
 妖に呑まれないように。
 自分自身に、負けないように。
 「ありがとうございます」
 私は紙袋をぎゅっと抱きしめた。