真尋の胸元が、熱い。
ここへ走ってきたせいか、妖との戦いのせいかは、わからない。
頬に触れる作務衣から、かすかにお香のような匂いがした。
(……安心する)
さっきまで、あんなに怖かったのに。
背中に回された腕の強さも、すぐそばに感じる体温も、全部が心地よかった。
真尋の胸に顔を埋めたまま、そっと目を閉じる。
耳元で、真尋の鼓動が聞こえる。
(……もう、大丈夫)
そう思うと、自然と体の力が抜けていった。
しばらく、どちらも何も言わなかった。
(そういえば真尋さん、なんでここにいるんだろ……)
ぼんやりした頭で考える。
誰かが、私の居場所を教えてくれた?
誰だろう。
さっきまで一緒にいた人?
(……あっ!)
その瞬間、私は真尋から体を離した。
「真尋さん! 女の子が!」
「……女の子?」
「あっち! 倒れてるの!」
真尋の表情が変わった。
「案内してください」
「うん!」
私たちは急いで女の子のもとへ駆け寄った。
女の子は、さっきと同じ場所で倒れていた。
さっきは混乱していたのでよく見る余裕もなかったけれど、年は同じくらいに見えた。
「大丈夫!? しっかりして」
「うーん……」
肩に軽く触れて呼びかけると、女の子はゆっくりと目を開けた。
「……みこ、にゃん……?」
「うん! よかったぁ……!」
思わず胸を撫で下ろす。
「どこか痛いところはない?」
「……ううん……」
真尋が隣に膝をついた。
「気分はどうですか?」
「……少し、だるいです……」
「無理に動かないでください」
女の子はぼんやりと辺りを見回した。
「……私、どうして……」
「ちょっと倒れちゃったんだよ。でも、もう大丈夫!」
女の子は小さく頷いた。
しばらく休ませると、顔色も少しずつ戻ってきた。
「ねえ、彼氏さんのところじゃなくて、実家は? 遠いの?」
「……歩いて20分くらい……」
「ほんと? じゃあ、そこまで送っていくよ」
「あ……ありがとうございます」
女の子は立ち上がろうとしたが、ふらりと体が傾いた。
「あぶないっ」
私は彼女を慌てて支える。
「……すみません……」
そのとき、真尋が口を開いた。
「おぶります」
「……え?」
驚いて顔を上げた女の子は、真尋を見るなり慌てた。
「い、いえっ……大丈夫です!」
「遠慮は結構です」
きっぱりと言われ、女の子は戸惑いながらも小さく頷いた。
(……そっか。おんぶするんだ)
もちろん、仕方ないことだってわかってる。
わかってるけど……。
(…………)
私は複雑な思いで、2人をじっと見つめていた。
すると、真尋がこちらを向いた。
不思議そうに瞬きをして、少し考えるような間があった。
それから、かすかに笑みを浮かべた。
「……これ、お願いできますか。少し重いですが」
真尋が錫杖を差し出した。
「あ、うん!」
受け取った途端、ずしりと重みがかかる。
「……わっ!」
思った以上の重さに、思わず両手で握り直した。
(……これ、こんなに重かったんだ)
真尋はそれをいつも片手で軽々と扱っている。
(……すごいな)
改めて錫杖を見つめている間に、真尋は女の子を背負っていた。
「……っ」
女の子の顔が、みるみる赤くなった。
(……ん?)
さっきまで具合が悪そうだったのに。
(……なんか、急に元気になってない?)
思わず真尋の顔を見た。
けれど、真尋は何も気づいていない様子で、女の子を背負い直した。
「では、行きましょう」
「……はいっ」
(……)
私は錫杖を抱えたまま、2人の後ろ姿を見つめていた。
別に、何か言いたいわけじゃない。
ただ、なんとなく足が動かなかった。
少し先を歩いていた真尋が、ふと足を止めて振り返った。
「行きますよ、み……」
真尋は、はっとしたように口を閉じた。
「…………」
視線を泳がせ、それからぎこちなく口を開く。
「……みこ、にゃん」
「…………!」
最後のほうは、少し言いにくそうだった。
視聴者の女の子の前だから、本名を伏せてくれたのだろう。
そう言うなり、真尋はさっさと前を向いてしまった。
(……ふふっ。『みこにゃん』だって)
たぶん――いや、絶対に照れている。
私は錫杖を握り直すと、真尋のあとを追いかけた。
女の子を送り届け、私たちはカラオケ店へ戻る道を歩いていた。
「……ねえ、真尋さん」
「はい」
「そういえば、どうしてあそこに来てくれたの?」
「……ああ」
真尋は少しだけこちらを見た。
「悠斗の友人から連絡があったんです。あなたが一人で川へ向かったと聞いて」
「……悠斗さんの友達?」
一緒にカラオケに行った2人の顔が浮かぶ。
(でも、どうして彼らが真尋さんに連絡を?)
「……心配したんですよ」
ぽつりとこぼれた声に、思わず真尋の顔を見る。
けれど、真尋は前を向いたままだった。
「……ごめんなさい」
「謝るのは、もう聞きました」
「……もう無茶しないってば。ほら、3度目の正直って言うでしょ」
真尋は小さく息をついた。
「2度あることは3度ある、とも言いますね」
「……もう。意地悪」
聞こえないように呟いたつもりだった。
けれど、真尋はこちらを見て、小さく笑った。
その笑顔につられて、私も少しだけ笑う。
私たちは再び肩を並べ、駅前へと歩き出した。
カラオケ店に戻ると、ロビーで待っていた悠斗が、私たちに気づいて駆け寄ってきた。
「みとちゃん。大丈夫だった?」
「はい。ご心配おかけしました」
「いやいや、ほんとによかったよ。あとで、あいつらから真尋が向かったって聞いて、少し安心したけどさ」
「……一体、どういう経緯だったんですか?」
いまいち状況がつかめない私に、悠斗は悪戯っぽく笑って、紙を差し出した。
「これ」
伝票だ。裏には、走り書きの文字が並んでいた。
『みとちゃんが佐貫川に向かった。真尋に電話して伝えて。鵜戸橋の近く』
「配信中、様子を見に来たあいつらに、ドア越しにこれ見せたんだよ。いやー、ちょうどいいタイミングだった」
「……ありがとうございます」
「ま、みとちゃんが配信してる子だってことは、バレちゃったみたいだけどね。あ、でも配信は無事終わったから、そっちも安心して」
「……そっか。よかったぁ……」
(そういうことだったんだ……)
配信も無事に終わったと知って、ようやくほっとした。
そのとき、廊下の向こうから悠斗の友人2人が歩いてきた。
私たちの顔を見ると、安心したように笑顔になった。
「お、真尋。彼女と会えたんだな」
「ああ。電話、ありがとう」
真尋が軽く頭を下げる。
「いや、待て待て。状況が全然わかんねえんだけど。なんで悠斗が代わりに配信して、しかもにゃんにゃんしてたわけ?」
「おい、そこ関係ねえだろ」
悠斗がすかさず突っ込む。
予想通り、『にゃんにゃん決め台詞』のリクエストがあったらしい。
「なんだったの? すぐ電話してって。男女のもつれ?」
友人たちの視線が悠斗に集まる。
つられて、私も真尋もそちらを見た。
「いや、俺に聞かれても……なぁ、真尋?」
突然話をふられ、真尋は一瞬口ごもった。
(なんて言うんだろ、真尋さん)
真尋はちらりと私を見た。
「まぁ……いろいろあったけど」
そこで一度、言葉を切る。
「もう仲直りはしたから」
(……え?)
一瞬、妙な沈黙が流れた。
「……えっ、待って。彼女って、冗談じゃなかったの!?」
「しかもJK!? おま……なんて裏山!」
「いや、そういうわけじゃ――」
「え、じゃあどういう関係?」
友人たちの視線が、一斉に真尋に集まる。
真尋は困ったように口を閉じた。
(……まずい。なんとかしなきゃ)
私は慌てて口を開いた。
「あ、あのっ……! 悠斗さんが私の代わりに配信をしてくれた勇姿、みんなで見ませんか。録画してあるんで」
「おいぃ! 最後にとんでもねえ爆弾落とすのやめてくれる!?」
悠斗が悲鳴を上げた。
その反応がおかしくて、つい口元が緩む。
「あ、なんならボイスチェンジャーがかかってないバージョンで」
「わざとやってる!!」
ここへ走ってきたせいか、妖との戦いのせいかは、わからない。
頬に触れる作務衣から、かすかにお香のような匂いがした。
(……安心する)
さっきまで、あんなに怖かったのに。
背中に回された腕の強さも、すぐそばに感じる体温も、全部が心地よかった。
真尋の胸に顔を埋めたまま、そっと目を閉じる。
耳元で、真尋の鼓動が聞こえる。
(……もう、大丈夫)
そう思うと、自然と体の力が抜けていった。
しばらく、どちらも何も言わなかった。
(そういえば真尋さん、なんでここにいるんだろ……)
ぼんやりした頭で考える。
誰かが、私の居場所を教えてくれた?
誰だろう。
さっきまで一緒にいた人?
(……あっ!)
その瞬間、私は真尋から体を離した。
「真尋さん! 女の子が!」
「……女の子?」
「あっち! 倒れてるの!」
真尋の表情が変わった。
「案内してください」
「うん!」
私たちは急いで女の子のもとへ駆け寄った。
女の子は、さっきと同じ場所で倒れていた。
さっきは混乱していたのでよく見る余裕もなかったけれど、年は同じくらいに見えた。
「大丈夫!? しっかりして」
「うーん……」
肩に軽く触れて呼びかけると、女の子はゆっくりと目を開けた。
「……みこ、にゃん……?」
「うん! よかったぁ……!」
思わず胸を撫で下ろす。
「どこか痛いところはない?」
「……ううん……」
真尋が隣に膝をついた。
「気分はどうですか?」
「……少し、だるいです……」
「無理に動かないでください」
女の子はぼんやりと辺りを見回した。
「……私、どうして……」
「ちょっと倒れちゃったんだよ。でも、もう大丈夫!」
女の子は小さく頷いた。
しばらく休ませると、顔色も少しずつ戻ってきた。
「ねえ、彼氏さんのところじゃなくて、実家は? 遠いの?」
「……歩いて20分くらい……」
「ほんと? じゃあ、そこまで送っていくよ」
「あ……ありがとうございます」
女の子は立ち上がろうとしたが、ふらりと体が傾いた。
「あぶないっ」
私は彼女を慌てて支える。
「……すみません……」
そのとき、真尋が口を開いた。
「おぶります」
「……え?」
驚いて顔を上げた女の子は、真尋を見るなり慌てた。
「い、いえっ……大丈夫です!」
「遠慮は結構です」
きっぱりと言われ、女の子は戸惑いながらも小さく頷いた。
(……そっか。おんぶするんだ)
もちろん、仕方ないことだってわかってる。
わかってるけど……。
(…………)
私は複雑な思いで、2人をじっと見つめていた。
すると、真尋がこちらを向いた。
不思議そうに瞬きをして、少し考えるような間があった。
それから、かすかに笑みを浮かべた。
「……これ、お願いできますか。少し重いですが」
真尋が錫杖を差し出した。
「あ、うん!」
受け取った途端、ずしりと重みがかかる。
「……わっ!」
思った以上の重さに、思わず両手で握り直した。
(……これ、こんなに重かったんだ)
真尋はそれをいつも片手で軽々と扱っている。
(……すごいな)
改めて錫杖を見つめている間に、真尋は女の子を背負っていた。
「……っ」
女の子の顔が、みるみる赤くなった。
(……ん?)
さっきまで具合が悪そうだったのに。
(……なんか、急に元気になってない?)
思わず真尋の顔を見た。
けれど、真尋は何も気づいていない様子で、女の子を背負い直した。
「では、行きましょう」
「……はいっ」
(……)
私は錫杖を抱えたまま、2人の後ろ姿を見つめていた。
別に、何か言いたいわけじゃない。
ただ、なんとなく足が動かなかった。
少し先を歩いていた真尋が、ふと足を止めて振り返った。
「行きますよ、み……」
真尋は、はっとしたように口を閉じた。
「…………」
視線を泳がせ、それからぎこちなく口を開く。
「……みこ、にゃん」
「…………!」
最後のほうは、少し言いにくそうだった。
視聴者の女の子の前だから、本名を伏せてくれたのだろう。
そう言うなり、真尋はさっさと前を向いてしまった。
(……ふふっ。『みこにゃん』だって)
たぶん――いや、絶対に照れている。
私は錫杖を握り直すと、真尋のあとを追いかけた。
女の子を送り届け、私たちはカラオケ店へ戻る道を歩いていた。
「……ねえ、真尋さん」
「はい」
「そういえば、どうしてあそこに来てくれたの?」
「……ああ」
真尋は少しだけこちらを見た。
「悠斗の友人から連絡があったんです。あなたが一人で川へ向かったと聞いて」
「……悠斗さんの友達?」
一緒にカラオケに行った2人の顔が浮かぶ。
(でも、どうして彼らが真尋さんに連絡を?)
「……心配したんですよ」
ぽつりとこぼれた声に、思わず真尋の顔を見る。
けれど、真尋は前を向いたままだった。
「……ごめんなさい」
「謝るのは、もう聞きました」
「……もう無茶しないってば。ほら、3度目の正直って言うでしょ」
真尋は小さく息をついた。
「2度あることは3度ある、とも言いますね」
「……もう。意地悪」
聞こえないように呟いたつもりだった。
けれど、真尋はこちらを見て、小さく笑った。
その笑顔につられて、私も少しだけ笑う。
私たちは再び肩を並べ、駅前へと歩き出した。
カラオケ店に戻ると、ロビーで待っていた悠斗が、私たちに気づいて駆け寄ってきた。
「みとちゃん。大丈夫だった?」
「はい。ご心配おかけしました」
「いやいや、ほんとによかったよ。あとで、あいつらから真尋が向かったって聞いて、少し安心したけどさ」
「……一体、どういう経緯だったんですか?」
いまいち状況がつかめない私に、悠斗は悪戯っぽく笑って、紙を差し出した。
「これ」
伝票だ。裏には、走り書きの文字が並んでいた。
『みとちゃんが佐貫川に向かった。真尋に電話して伝えて。鵜戸橋の近く』
「配信中、様子を見に来たあいつらに、ドア越しにこれ見せたんだよ。いやー、ちょうどいいタイミングだった」
「……ありがとうございます」
「ま、みとちゃんが配信してる子だってことは、バレちゃったみたいだけどね。あ、でも配信は無事終わったから、そっちも安心して」
「……そっか。よかったぁ……」
(そういうことだったんだ……)
配信も無事に終わったと知って、ようやくほっとした。
そのとき、廊下の向こうから悠斗の友人2人が歩いてきた。
私たちの顔を見ると、安心したように笑顔になった。
「お、真尋。彼女と会えたんだな」
「ああ。電話、ありがとう」
真尋が軽く頭を下げる。
「いや、待て待て。状況が全然わかんねえんだけど。なんで悠斗が代わりに配信して、しかもにゃんにゃんしてたわけ?」
「おい、そこ関係ねえだろ」
悠斗がすかさず突っ込む。
予想通り、『にゃんにゃん決め台詞』のリクエストがあったらしい。
「なんだったの? すぐ電話してって。男女のもつれ?」
友人たちの視線が悠斗に集まる。
つられて、私も真尋もそちらを見た。
「いや、俺に聞かれても……なぁ、真尋?」
突然話をふられ、真尋は一瞬口ごもった。
(なんて言うんだろ、真尋さん)
真尋はちらりと私を見た。
「まぁ……いろいろあったけど」
そこで一度、言葉を切る。
「もう仲直りはしたから」
(……え?)
一瞬、妙な沈黙が流れた。
「……えっ、待って。彼女って、冗談じゃなかったの!?」
「しかもJK!? おま……なんて裏山!」
「いや、そういうわけじゃ――」
「え、じゃあどういう関係?」
友人たちの視線が、一斉に真尋に集まる。
真尋は困ったように口を閉じた。
(……まずい。なんとかしなきゃ)
私は慌てて口を開いた。
「あ、あのっ……! 悠斗さんが私の代わりに配信をしてくれた勇姿、みんなで見ませんか。録画してあるんで」
「おいぃ! 最後にとんでもねえ爆弾落とすのやめてくれる!?」
悠斗が悲鳴を上げた。
その反応がおかしくて、つい口元が緩む。
「あ、なんならボイスチェンジャーがかかってないバージョンで」
「わざとやってる!!」


