なんちゃって巫女は寺に居座る~家出ついでに配信してたら、副住職が本物の妖を祓い始めました~

『みこにゃん、猫ポーズやって!』
『にゃんにゃんお願い!』
『前やってたやつ!』
「えー、あれやるの?」
 コメント欄に、やって、お願い、の文字が次々と流れていく。
「しょうがないなぁ。じゃあ、いくよ?」
 私はカメラに向かって両手を構え、頬の横で軽く握った。
「泣いてるあなたも、怒ってるあなたも、みーんなまとめて笑顔にしちゃう! 今日も元気と巫女パワー、たっぷりお届け! あなたのハートに――にゃんにゃん♪」
 猫のように両手を動かして、首をちょこんと傾ける。
 途端に、コメント欄がものすごい勢いで流れ始めた。
『きたああああ』
『かわいいww』
『にゃんにゃん助かる』
『今日も生きててよかった』
『もう一回!』
「もう一回はやりませーん!」
 笑いながら返して、ふと顔を上げる。
 少し離れたところに座っていた真尋と目が合った。
「…………」
 真尋は何も言わず、ただ少し目元を緩めて、温かい目でこっちを見ている。
(……いつもはそんな顔、しないくせに)
 なんだか急に恥ずかしくなって、私は慌てて画面へ向き直った。
「はいっ、次いこっか!」
 自分でもわかるくらい、声が少しだけ上ずった。
「じゃあ、そろそろいつものお悩み相談コーナー、いってみよー!」
『待ってました!』
『相談コーナーきた』
『今日はどんなの?』
「今日もいろいろ届いてるよー。送ってくれたみんな、ありがとね!」
 事前に選んでおいた相談を画面に表示する。
 1人目は、友達と喧嘩してしまったという相談だった。
「えーっと……『友達と喧嘩しちゃいました。仲直りしたいけど、自分から謝るのはなんか悔しいです』」
『わかる』
『あるある』
『向こうから謝ってほしいやつ』
「うーん……でもさ、別に最初から『全部私が悪かった、ごめん』って謝らなくてもいいんじゃない?」
『お?』
『どういうこと?』
「『喧嘩したままなの嫌なんだけど』とか、『ちょっと話さない?』とか。それなら、自分が全部悪かったって認めることにはならないでしょ?」
『なるほど』
『それなら言えそう』
「で、ちゃんと話してみて、自分も悪かったなって思うところがあったら、そこは謝ればいいと思う。向こうにも悪いところがあったなら、それもちゃんと話せばいいし」
『いいこと言った』
『今日のみこにゃん先生』
『スクショしました』
「なんでスクショすんの!」
 笑いながらコメントに突っ込む。
 そのあともいくつかの相談に答え、コーナーは順調に進んでいく。
「じゃあ、次は――」
 次の相談を読み上げようとした、そのとき。
 首筋が、ちくりと痛んだ。
「……?」
 ほんの一瞬。
 思わず手をやりかけて、止める。
(……痣)
 けれど、すぐに画面へ目を戻す。
「……『最近、クラスの子に嫌がらせをされます。先生に言うのもバレそうで怖いし、どうしたらいいのかわかりません』」
 読み終えたところで、ふと視界の端に真尋が映った。
 さっきまで穏やかにこちらを見ていた真尋の表情から、笑みが消えている。
(……気付いた?)
 目が合う。
 大丈夫だと伝えるように、小さく首を振った。
「そっか……言ったことがバレるのが怖いんだね。でも、これは一人でなんとかしようとしないほうがいいと思う」
 少し考えてから、言葉を続ける。
「先生に言いづらかったら、お父さんとかお母さんとか、話しやすい大人でもいいから。まずは誰かに相談してみて」
『それがいいと思う』
『一人で抱えないで』
『保健室の先生とかでもいいかも』
「あ、それもいいね。担任じゃなくても、保健室の先生とか、話しやすい先生でいいと思う」
 ずきん。
「……っ」
 また、首筋が疼いた。
(もしかして、この相談者さん……)
 次の瞬間、真尋が立ち上がり、カメラに映らないよう回り込むと、私のすぐそばに膝をついた。
 私は画面を見たまま、低い位置でそっと片手を上げる。
 ――まだ、待って。
 真尋の動きが止まった。
 ちょうどそのとき、イヤホンから相談者の声が聞こえた。
「でも、やっぱり怖いです。もしバレたら、もっとひどくなるかもしれないし……学校も休みたい。……でも、この間仮病使ったら、親にバレちゃって……嘘をつくなって怒られて……もう、全部怖くなっちゃって」
「……そっか」
 さっきまで次々と流れていたコメントが、少しずつ減っていく。
 私はできるだけいつもの声を作った。
「うん、怖いよね。でも――」
「誰かに言ったって、どうせ何も変わらない。……だったら、誰にも言わないほうがいい」
 ――ずきん。
「……っ」
 その瞬間、コメントの流れがぴたりと止まる。
「……え?」
 画面が固まっていた。
 コメントだけじゃない。
 映っている私も、口を開きかけたまま動かない。
「フリーズ……?」
「みとさん、離れて」
 真尋の声が低くなる。
 次の瞬間。
 画面の隅に、黒い染みが滲んだ。
「…………」
 じわり。
 墨を落としたような黒が、端からゆっくりと広がっていく。
 その黒だけが、固まった映像の中で動いていた。
(……影)
 ずるり、と黒いものが画面を這う。
 やがて画面いっぱいに広がったかと思うと、中央がぼこりと盛り上がった。
「……っ」
 真尋が素早く片膝を立て、私の前に出る。
 黒い影が、画面の内側からこちらを押すように膨らんでいく。
 ありえない。
 ただの画面なのに。
 それはまるで、薄い膜の向こうから何かが這い出そうとしているみたいだった。
 そして――
 ぬるり、と。
 黒い影の先端が、画面の外へ伸びた。
 真尋が素早く立ち上がる。
「下がって」
「う、うん」
 私は畳に手をつき、後ろへ下がった。
 その瞬間、画面から伸びた影が鋭くしなる。
「……っ!」
 真尋が咄嗟に錫杖を掴んだ。
 しゃん――!
 振り抜いた錫杖と影がぶつかり、鋭い音が響く。
 影は大きく跳ね返ると、画面の前で不気味にうねった。
「…………」
 真尋は錫杖を構えたまま、影から目を離さない。
 黒いものがじわじわと画面から溢れ出し、畳の上を這うように広がっていく。
 やがてそれらは一か所に集まり、盛り上がるように形を変えた。
 人の背丈ほどまで膨れ上がった影が、ぐらりと大きく揺れる。
 次の瞬間、黒い影が真尋の顔めがけて鋭く伸びた。
 真尋がとっさに身をひねり、黒い先端が鼻先をかすめる。
 間髪入れず、もう一撃。
「真尋さん!」
「っ……」
 避けたはずの影が途中で軌道を変え、真尋の頬を鋭くかすめた。
 細い傷から、赤い血が滲む。
「血……っ!」
「大丈夫です」
 真尋は頬に触れようともせず、錫杖を握り直した。
 影が大きくうねる。
 真尋が一歩踏み込み、錫杖を横薙ぎに振るった。
 黒い塊が弾かれ、畳の上を滑る。
 真尋は錫杖から片手を離し、手首の数珠を掴んだ。
「――爆ぜろ」
 次の瞬間、数珠が淡く光る。
 黒い影が弾けるように散った。
「……っ」
 けれど、消えない。
 床に散った黒が蠢き、またひとつに集まり始める。
「…………」
 真尋の表情が険しくなる。
 そこから伸びた影を錫杖で弾き、真尋はじっと相手の動きを見据えた。
 やがて何かを決めたように、ゆっくりと戸のほうへ下がっていく。
(……あ)
 すぐに察した。
(ここから遠ざけるつもりなんだ)
 真尋が片手で戸を開ける。
 影の動きが止まった、その一瞬だった。
 真尋は一気に外へ飛び降りた。
 着地と同時に、錫杖を鋭く鳴らす。
 次の瞬間、影が真尋を追うように、開いた戸から勢いよく飛び出していった。
「真尋さん……!」
 追いかけようとして、足を止める。
 今行ったら、きっと邪魔になる。
 私は札を握ったまま、戸口から外を見つめた。
 そのとき――
 ブブッ、ブブッ。
「……え?」
 静かになった和室で、スマホが震えた。
 振り返ると、画面に表示されていたのは――『小宮』。
「あ……」
 そうだった。さっき、『今日このあとならいいよ』と返したんだった。
 もう一度、外を見る。
 真尋はまだ影と対峙している。
 出る?
 でも、今……。
 ブブッ、ブブッ。
「…………」
 迷った末、私はスマホを手に取った。
「……もしもし?」
『朝霧?』
「うん」
『ごめんな、急に』
(……いつもの小宮くんだ)
 ほっと息をつく。
『この間……お前のこと、傷つけようとしたよな。一緒にいた人も……。謝ってすむようなことじゃないって、わかってるけど……』
「う、うん。もう大丈夫だから……」
 今は、ゆっくり話を聞いている場合じゃない。
 これが用件なら、なるべく早く切り上げよう。
 そう思ったとき、ふと、小宮に聞きたかったことが頭に浮かんだ。
「……小宮くん、あのとき話してたこと、覚えてる?」
『この間?』
「うん」
『…………』
 返事が途切れた。
「小宮くん?」
『……覚えてるよ』
 低い笑い声が返ってきた。
「…………」
 ぞくりと背筋が冷える。
(……違う)
 さっきまでの小宮じゃない。
 あのとき、境内で聞いた声。
 スマホを握る手に、ぎゅっと力が入った。
 反射的に外を見る。
 真尋はまだ、こっちに気付いていない。
(どうしよう……)
 呼ぶ?
 でも――。
『面白いなと思って、って言ったよな』
「……うん。あれは、どういう……」
『面白いって言ったのは、あの男のことだよ』
「……あの人が、何?」
 しゃん――。
 夜の境内に錫杖の音が響く。
『だって、あんな必死にあんたを守ってるからさ』
「あの人は……私じゃなくても守るよ。そういうお仕事だから」
『いや、そうじゃなくてさ』
「え?」
『あの男は、何からあんたを守ってるんだ?』
「……妖?」
『そう。俺みたいなやつから』
 小宮が楽しそうに笑う。
 その声に、胸の奥がざわついた。
『なのにさ。おかしいよな』
「……何が?」
『だって――』
 一瞬、間が空いた。
『あんたの中にも、おんなじようなのがいるのに』