なんちゃって巫女は寺に居座る~家出ついでに配信してたら、副住職が本物の妖を祓い始めました~

 帰宅して玄関のドアを開けると、リビングからすぐに母が顔を出した。
「藤代さん、ごめんなさいね。お仕事のあとに来ていただいて」
「いえ、こちらの都合なのでお気になさらず。こちらこそ、突然お邪魔してすみません」
「いえいえ。あ、リビング今使ってるから、勉強はみとの部屋でお願いしてもいいかしら?」
「……え」
 真尋の返事が、一瞬遅れた。
「みとさんの部屋、ですか?」
「はい。何か問題ありました?」
「いえ……」
 真尋がちらりと私を見る。
「みとさんが構わないのであれば」
「私は別にいいけど」
「……そうですか」
 どうしたんだろう。今日はなんだか真尋の様子がおかしい。
 そういえば、さっき真尋の部屋に行こうとしたときも、「やめておきましょう」って言われたっけ。
(……もしかして、部屋に2人きりになるの、気にしてる?)
 でも、いつも和室では2人きりだ。
(じゃあ、自分の部屋っていうのがダメ……?)
 いやいや。真尋さんに限って、それはないか。
 ――って、それどころじゃない。
「ちょ、ちょっと部屋片付けてくるから、そこで待ってて!」
 勢いよく階段を上り、部屋に駆け込む。
 出しっぱなしの本や服を片付け、床に這いつくばって目についたゴミを片っ端から拾う。
 取り敢えず、一見して気になるところはない。
「ごめんね、お待たせ。どうぞ」
 真尋を連れて、もう一度階段を上がる。
「ここ」
 ドアを開けると、真尋は入口で一瞬足を止めた。
「……お邪魔します」
「どうぞ」
 いつも寺で会っている真尋が、自分の部屋にいる。
「なんか、変な感じ……」
「え?」
 つい、声に出してた。
「……なんでもない」
 なんとなく気まずくなって、目を逸らす。
 真尋は何も言わず、ふとベッドの上に目を留めた。
「…………」
「なに?」
「いえ……つきぷく、たくさんいるんですね」
 ベッドの上には、大きさの違うつきぷくが何匹も並んでいる。棚の上にも、小さいのが何匹か。
「かわいいでしょ」
「ええ。思っていたより多いですが」
「今ちょっと引いた?」
「引いてません」
 真尋の視線が、一番大きなつきぷくに向く。
「これが一番大きいんですか?」
「うん。抱き心地いいよ。触ってみる?」
「いえ、僕は……」
「遠慮しなくていいって」
 ベッドから抱き上げ、そのまま真尋に押しつける。
「…………」
 真尋は戸惑いながらも、両腕でつきぷくを抱え直した。
「どう?」
「……柔らかいですね」
「でしょ?」
 作務衣姿でつきぷくを抱えている真尋がおかしくて、思わず笑ってしまう。
「笑わないでください」
「だって、似合わないんだもん」
「みとさんが渡したんでしょう」
 つきぽよを受け取り、ベッドへ戻す。
「じゃ、勉強しよ」
 ローテーブルの前に座り、リュックから参考書とノート、筆箱を取り出す。それから、寺で使うつもりだった配信用の機材も机の端に置いた。
 真尋も隣に座る。
「前回のところ、どこまで解きました?」
「ここまで」
 参考書を開いて、真尋のほうへ向ける。
「結構進みましたね」
「でしょ」
 本当は、寺ではいろいろありすぎて、勉強どころじゃなかった。
 その分、家で進めておいたのだ。
「見せてもらっていいですか?」
「うん」
 真尋がノートを引き寄せる。
 私が書いた答えを、一つずつ指で追っていく。
 その横顔は真剣で、時折、考え込むように手が止まる。
 その横顔を、私はぼんやり眺めていた。
 長いまつ毛。すっと通った鼻筋。
 こうして黙っていると、やっぱり整った顔をしている。
(……かっこいいな)
 真面目な顔で私の解いた問題を確認しているだけなのに、なんだか目が離せない。
 気付けば、問題そっちのけで見入っていた。
「みとさん」
「…………」
「みとさん?」
「えっ」
 名前を呼ばれて、はっとする。
 真尋がノートから顔を上げ、こっちを見ていた。
「間違ってるところ、チェック入れておきましたよ」
「あ……う、うん」
 差し出されたノートを受け取り、慌てて目を落とす。
(いけない、集中集中――)
 真尋をなるべく意識しないようにして、間違えた問題を見直していく。
 けれど、英文を追っているうちに、ふいにあくびが込み上げてきた。
「……っ」
 慌てて口元を押さえ、なんとか噛み殺す。
「眠いですか?」
「うん……ちょっとだけ」
「ちゃんと寝てます?」
「寝てるよ。寝てるんだけど……最近、夜中にしょっちゅう起きちゃうんだよね」
「夜中に?」
「うん。変な夢見て。なんか、いつもおんなじような夢」
 真尋の視線が、私の顔で止まった。
「真っ暗なところにいて、遠くに光が見えるの。それで、誰かが何か言ってる気がするんだけど……起きるとよく覚えてなくて」
「…………」
 真尋はすぐには答えなかった。
 何かを考えるように、ほんの少し視線を落とす。
「……いつ頃からですか?」
 さっきまでとは少し違う、真剣な声だった。
「え?」
「その夢を見るようになったのは」
「いつからだろ。最近かな」
「そうですか」
 それきり、真尋は黙り込んだ。
「なに?」
「いえ。……続くようなら、教えてください」
「夢の話?」
「はい」
 どうして、と聞こうとしたけれど、真尋はもう参考書へ視線を戻していた。
「では、次です。ここを訳してみてください」
「えー。また長いやつ?」
「長くありません」
「長いよ」
「3行です」
「3行もある」
 ぶつぶつ言いながら、私は英文に目を落とした。
 その後、問題を解き進めるうちに、私もすっかり勉強に集中していた。
 真尋が英文の一箇所を指す。
「ここは?」
「えっと……『参加する』?」
「そうです。take part inで『参加する』ですね」
「あれ、takeがつくやつ、さっきもなかった?」
「ありましたよ。take care ofですね」
「あ、それ。どこだっけ」
「前のページです。確か、この辺りに……」
 真尋が参考書に手を伸ばす。
 私も前のページをめくり、さっきの熟語を探して指を滑らせた。
「あ、これ――」

 指先が触れた。

「…………」
 真尋の指が止まっている。
 私も動けない。
 ゆっくり顔を上げると、すぐそばで真尋と目が合った。
「…………」
「…………」
 さっきまで気にも留めていなかった時計の音が、急に大きくなった気がする。
 真尋が何か言いかけるように、わずかに口を開いた。

 ――コンコン。
「みと、お茶持ってきたわよ」
「――っ!」
 弾かれたように、2人同時に手を引っ込めた。
 すぐにドアが開き、母がお盆を手に入ってくる。
「はかどってる?」
「う、うん」
「藤代さん、みとの勉強はどうですか?」
「……はい。順調ですよ」
 一拍遅れて、真尋がいつもの調子で答える。
「そうですか。いつもありがとうございます。お茶どうぞ」
「ありがとうございます」
 母はお茶を置きながら、ローテーブルの上を見回した。
 ふと、その視線が配信セットに向く。
「……あなた、まだやってるの?」
 母の声から、さっきまでの柔らかさが消えた。
 私はその視線を追って――身体を強張らせる。
(しまった。片付けておけばよかった……)
 母は何かを言おうとして、言葉を飲み込むように口を閉ざした。
「……あとで、勉強が終わったら少し話しましょう」
「……うん」
「藤代さんも、お時間がおありでしたら同席していただけますか?」
 真尋がわずかに目を見開く。一瞬だけ私を見て、それから母に向き直った。
「はい。僕は構いません」
「ありがとうございます。じゃあ、終わったらリビングに来てくださいね」   
 母はお盆を手に、部屋を出ていった。
 ドアが閉まる。
「…………」
 私は黙って参考書に目を落とした。
 さっきまで解いていた問題に目を戻すけれど、文字がちっとも頭に入ってこない。
 それでもシャーペンを握ったまま、なんとか問題を追っていると、真尋が立ち上がった。
(……?)
 何をするのかと思ったけれど、顔を上げる気にもなれない。
 すると、ローテーブルの端で、ことりと音がした。
 目だけを向ける。
 つきぷくだ。
「…………」
 続いて、その隣にもう1匹。
 さらにもう1匹。
 気付けば、参考書の向こうにつきぷくが3匹並んでいた。
「……何してるの?」
「応援です」
「…………」
 一瞬、言葉が出なかった。
 並んだ3匹のつきぷくから、真尋へ視線を移す。
 思わず、ふっと笑みがこぼれた。
 すると真尋も、安心したようにほんの少し口元を緩める。
 胸の奥が、じんわりあたたかくなった。
(元気づけようとしてるの、バレバレだよ……)
 しかも、こんな可愛いやり方で。
 普段の真尋なら絶対やらなさそうなのに。
 でも、それがなんだかすごく嬉しかった。