なんちゃって巫女は寺に居座る~家出ついでに配信してたら、副住職が本物の妖を祓い始めました~

 勢いのまま寺を出ると、辺りはもう日が暮れかけていた。
(最悪……。なんであんなこと言っちゃったの、私……!)
 足早に坂を下りながら、さっきの自分の言葉を思い出す。
『彼女いる人が、そんなふうに他の女子に触るの反則!!』
「~~~~っ!」
 思い出しただけで、また顔が熱くなった。
 そのとき、リュックの中でスマホが鳴った。
 画面を見ると、なあ子と充希とのグループLINEだった。
『今充希とマックいるけど、来る?』
 続けて、充希から土下座する猫の『お待ちしております』スタンプが飛んでくる。
「…………」
 普段なら、このまま家に帰るところだけど。
 今は――。
(帰りたくない)
 というより、一人になりたくない。
『行く』
 そう返してから、母にもメッセージを送った。
『今日はなあ子たちと駅前のマック寄ってから帰る』
 少しして、返信が届く。
『お寺での勉強は?』
「…………」
 やっぱり聞かれた。
『今日はもう終わった』
 嘘ではない。終わった。私が勝手に終わらせただけだけど。
 しばらくして、
『わかった』
 それだけ返ってきた。
 スマホをしまい、私は駅前へ向かった。

 辿り着いたマックの店内は、帰りがけの女子高生で賑わっていた。そこかしこから楽しそうな声が聞こえてくる。
 トレーを持って2階に上がると、窓際のなあ子がすぐに気付いて手を上げた。向かいには充希もいる。
 テーブルに近付くなり、「どうした?」と充希に聞かれた。
「なにが」
「なにがって、親に置いてかれた子どもみたいな顔してるぞ」
「……どんな顔よ、それ」
 私はトレーを置いて、なあ子の隣に腰を下ろした。
「なんかあった?」
「……別に」
「絶対なんかあったじゃん」
 なあ子がポテトをつまみながら、じっと私の顔を見る。
 私はコーラをひと口飲んだ。
 喉を弾ける炭酸に背中を押されるように、ふと、この悶々とした気持ちを吐き出したくなった。
「……ちょっと聞いてもらってもいい?」
「なに?」
「友達の相談なんだけど」
 つい、そんな言葉が口をついて出た。
(まさか少女漫画でよく見る台詞を、自分が言うことになるとは……)
「ん? うん」
 なあ子が不思議そうに頷く。
 充希もバーガーを食べながら、ちらりとこっちを見た。
「その友達が……最近、ちょっと気になる人ができたらしくて」
「へえ」
「でも、その人に彼女がいるかもしれないの」
「かもしれない?」
「いるって聞いたわけじゃないんだけど……別の女の人と2人きりで部屋に入って、その……」
 そこまで言って、さっきの光景が頭に浮かぶ。
 詩織の肩に伸びていく、真尋の手。
「なんか、すごくいい雰囲気だったらしくて」
「ふーん」
 なあ子がポテトをもう1本つまむ。
「それで?」
「それで……そのあと、その男の人が友達の腕を掴んできたの」
「なんで?」
「友達が怒って帰ろうとしたから」
「ふーん。怒ったんだ」
「友達がね。で、なんか……気になる人が『あなたを邪魔だと思ったことは一度もない』とか、『来てほしくなかったら最初から呼ばない』とか言ってきて」
 なあ子の手が止まった。
 充希もバーガーを置く。
「……なに」
「いや、続けて」
「それで、その友達もわけわかんなくなって……『彼女いる人が、そんなふうに他の女子に触るの反則』って言って、逃げてきちゃったらしい」
「…………」
「…………」
 2人が黙った。
「な、なに?」
 なあ子と充希が顔を見合わせる。
 先に口を開いたのは、充希だった。
「それ、まず彼女いるか確認すればよくね?」
「できたら苦労してないの!」
「お前の相談じゃないんだろ?」
「……友達がそう言ってました」
「今の間なんだよ」
 充希がすかさず突っ込む。
「ていうか、その友達、完全にその人のこと好きじゃん」
「え、いやまぁ……気になる? とは言ってたけど」
「だって彼女いるかもってだけで、そこまでショック受けてるんでしょ?」
 なあ子が身を乗り出していた。私は逃げるように、体を後ろに傾ける。
「しかも嫉妬して、彼女いる人がどうのって本人に言っちゃったんでしょ?」
「…………」
「もう告白一歩手前じゃない?」
「それはない!」
 思わず大きな声が出た。
 近くの席の高校生がこっちを見る。
 私は慌てて声を落とした。
「……らしいよ」
 目を丸くしたなあ子が、しばらくしてニヤリと笑った。
「みと」
「なに」
「その人ってさ――」
「言わない!」
「まだ何も聞いてないけど」
「…………」
 しまった。
 なあ子が声を上げて笑い、充希が呆れたようにポテトを口に放り込む。
「とりあえず、彼女いるかどうか聞け。それから悩め」
「……だから、友達の相談だってば」
「はいはい」
「ほんとだからね!」
 2人とも、まったく信じていない顔だ。
 周りで盛り上がっていた女子高生たちが少し落ち着くのを待って、充希が「そう言えば、ちょっと話変わるけど」と切り出した。
「小宮のことなんだけどさ。実際、何があったのか本人に聞いてみようと思って。お前も行く?」
「え?」
 予想外の話題に、今度はこっちがきょとんとした。
(小宮くんに会いに……?)
 境内で会った時のことが脳裏をよぎる。
 ――小刀。真尋の腕から流れていた血……。
「いや、いやいやいや!」
 私は慌てて両手を交差させるようにぶんぶんと振った。
「私はいいよ。そんな仲いいわけでもないし……」
「それは私だってそうだけどさ」
 なあ子がスマホを取り出した。
「一応クラスメイトだし、週刊誌とかに好き勝手書かれてるの、納得いかないじゃん。私は私で、本人から聞いたこと、ニュースに踊らされてる友達にも教えようと思って」
 なあ子がスマホをこちらへ差し出してくる。
 画面には、大きな見出しが躍っていた。
『「いい子」が突然壊れた――受験ストレスで高校生が駅前暴走』
「なにこれ……」
 記事をスクロールする。
『少年は成績優秀で、学校でも目立った問題を起こすことのない、いわゆる“真面目な生徒”だったという。しかしその裏では、両親から大学進学への強い期待をかけられ、日常的にプレッシャーを感じていたとみられる』
 さらに、『事件当日も進路をめぐって両親と口論になり、自宅を飛び出したという少年。積み重なった受験ストレスが限界を迎え、一気に爆発したのだろうか』
 まるで全部見てきたかのような書き方だった。
「……勝手に決めつけてるじゃん」
「でしょ?」
 私は黙って画面を見つめた。
 確かに、小宮は進路のことで親と揉めていたらしい。
 でも――。
 私が見た小宮には、妖が取り憑いていた。
 彼のせいだけではないことは確かだ。
「一緒に確かめに行かない?」
 なあ子の声には、その記事に対する怒りがわずかに感じられた。
(どうしよう……)
 真尋からは、小宮に対してくれぐれも用心するように言われている。――でも。
 ちらりとなあ子と充希を見る。
(2人と一緒なら……大丈夫かな。いざとなれば、お札もあるし)
 迷った末、躊躇いながら口を開く。
「……じゃあ――」
 そのとき、手にしていたスマホがすっと取り上げられた。
「え?」
 私の横から伸びた手が、そのままスマホをなあ子へ差し出す。

「……行かないでください」

 一瞬、息が止まった。
 聞き間違えるはずのない声だった。
 なあ子が目を丸くして、私の後ろを見上げた。
 充希も、ポテトを持ったまま動きを止めている。
 それだけじゃない。
 近くの席の女子高生たちまで、ちらちらと私の後ろに視線を送っている。
 中には好奇の目を向け、隣の友達の腕をつついている子までいた。
 私はゆっくりと振り返った。
(……やっぱり)
 そこに立っていたのは、真尋だった。
 けれど、前髪は少し乱れ、額には汗が滲んでいる。肩がわずかに上下し、どことなく表情も硬い。
「……真尋さん」
「小宮くんのところには、行かないでください」
「な、なんでここに?」
「ご自宅に電話しました。お母さまから、こちらにいると伺ったので」
「うちに電話したの?」
「はい」
「なんで……」
 真尋が何か言おうとして、少しだけ息を整える。
「みとさんが、あんなふうに――」
「わー!! やっぱり言わなくていい!」
 慌てて真尋の言葉を遮る。
 それ以上言われたら、さっき私が『友達の相談』としてぶちまけた内容が、全部私のことだって完全にバレる。
 ふと見ると、充希が真尋をじっと見ていた。
 さっきまでとは少し違う、何かを探るような目だ。
「……?」
 一瞬気になったけれど、私は慌てて正面の椅子を指さした。
「と、とりあえず座って! ほら、ここ空いてるから!」
 真尋は少し戸惑ったようにしてから、なあ子と充希へ視線を向ける。
「……いいですか?」
「あ、はい。どうぞ」
「ありがとうございます」
 真尋は椅子を引き、私の前に腰を下ろした。
「…………」
 なんだろう、この状況。
 ついさっきまでこの人の話をしていたところに、本人が座っている。
(こんなご本人登場、望んでない〜!!)
 すると、なあ子が真尋の顔を見て、はっとしたように私に向き直った。
「……え、ちょっと待って。この人、オープンキャンパスにいた人だよね?」
「え」
「藤代さん……だっけ? え、なんでここに?」
「あ、えっと……」
 私は一瞬言葉に詰まり、それから観念して口を開いた。
「……いろいろあって。ものすごく端折ると、真尋さん、私の家庭教師なの」
「……家庭教師?」
 なあ子がぱちぱちと瞬きをする。
「え、この間言ってた、勉強教えてくれる大学生って藤代さんのこと?」
「……うん」
 なあ子は驚いた顔のまま、真尋に軽く会釈した。
「あ、改めまして、佐伯奈穂子です。オープンキャンパスでは、どうも」
「こちらこそ」
「瀬川充希です。どうも……その節は」
 充希も頭を下げる。真尋も軽く会釈を返した。
 それから充希は、私と真尋を交互に見る。
「……で、まずどういうこと?」
「充希、なあ子、ごめん」
 私は潔く頭を下げた。
「あのとき、説明するのがめんどうで、真尋さんのこと初対面のふりしてたの。悠斗さんも、実は2回目」
「……反省の欠片もない理由だな」
 充希がふっと失笑する。
「ていうか、知り合いだってのは気付いてたよ」
「え、充希わかってたの?」
 なあ子が驚いたように充希を見る。
「お前は気付いてなかったのかよ」
「全然」
「マジか」
「なんでわかったの?」
 私が尋ねると、充希は呆れたようにこちらを見る。
「お前、初対面にしては藤代さんのこと妙に気にしてたし。終わったあと、玄関で藤代さんにも橘さんにも普通に話しかけられてただろ」
「あ……」
 そうだった。あのとき、充希も玄関で待ってたんだ。
「それで知り合いじゃないは無理あるだろ」
 充希はそこまで言うと、真尋に視線を戻した。
「俺が聞いたのはそっちじゃなくて、小宮に会いに行くなって話のほう」
「ああ……」
 真尋は少し考えるように黙った。
(どうするんだろう……妖のこと、話すわけにもいかないし)
 けれど、真尋が言葉に詰まったのはほんの一瞬だった。
「今はまだ、警察が詳しい経緯を確認している段階だと思います」
「でも、本人に話を聞くだけですよ?」
「それでもです」
 真尋は穏やかな口調のまま、なあ子を見る。
「報道されている内容が、すべて事実とは限りません。逆に、皆さんが知らない事情がある可能性もあります。だからこそ、今の段階で本人に直接確かめに行くのは控えたほうがいいと思います」
「……危ないってことですか?」
「その可能性がないとは言い切れません。少なくとも、警察や学校から正式に状況がわかるまでは」
 真尋はそう答えてから、ちらりと私を見る。
「実際、一度大きな騒ぎになっていますから」
「…………」
 なあ子が少し考え込む。充希も腕を組んだ。
「まあ……それはそうか」
「本人から聞きたいという気持ちはわかります。ただ、今すぐである必要はないでしょう」
「……確かに」
 なあ子が渋々といった様子で頷いた。
「……わかりました。じゃあ、もう少し様子見ます」
 なあ子がそう言って、スマホをテーブルに置いた。
「そのほうがいいと思います」
 ひとまず話がまとまり、私は真尋を見る。
 さっきより呼吸は落ち着いているものの、額にはまだ汗が滲んでいた。
(……っていうか、なんでこんな汗だくなの)
 まだ聞きたいことも、言いたいこともある。
 なのに、こめかみから汗がひと筋流れるのを見た瞬間、そっちが気になってしまった。
「真尋さん、ちょっと」
「はい?」
 手招きすると、真尋が少し身を乗り出す。
 ハンカチを取り出し、こめかみのあたりをさっと拭う。
「汗、すごいよ」
「――え」
 真尋が固まっていることに気付き、慌てて手を引っ込める。
「あっ……ご、ごめん!」
「……いえ」
「ちょっと待ってて!」
「え?」
 逃げるように席を立ち、1階へ下りる。
 冷たいお茶を買って戻ると、そのままカップを真尋の前に置いた。
「はい」
 真尋が少し意外そうに目を瞬く。
「僕にですか?」
「うん、もちろん」
「……ありがとうございます」
 真尋がストローを差し、ひと口飲む。
「……もう。なんでそんな汗だくなの」
「走ってきましたから」
「だからなんで」
「……話していいんですか?」
「え?」
 一瞬きょとんとして――すぐに意味を理解する。
「ダメなんだった」
 私の返事に、真尋がふっと笑った。
 その向こうで、充希が無言でポテトを食べている。
 さっきから妙に静かだ。
 なあ子もそれに気付いたのか、ちらりと充希を見てからポテトの箱を真尋のほうへ寄せた。
「藤代さん、ポテト食べます?」
「いえ、大丈夫です。ありがとうございます」
「そうですか」
 なあ子はポテトを1本つまむ。
「藤代さんって、普段マックとか来るんですか?」
 なあ子が興味津々といった様子で尋ねた。
「来ることはありますよ」
「え、なんか意外」
「どういう意味ですか?」
「なんか……藤代さん、すごい和食派っぽいっていうか。お寺で精進料理とか食べてそう」
 まさかの言葉に、私は思わずなあ子を見る。
「なんでわかったの?」
「え?」
「真尋さん、お寺の副住職だよ」
「副住職!?」
 なあ子が目を丸くする。
「大学生じゃなかった?」
「大学生だよ」
「大学生で副住職?」
「うん」
「余計わかんない」
「僕も時々わからなくなります」
「真尋さんまで!」
 思わず笑うと、真尋も小さく笑った。
 さっきまであんなに気まずかったのに。
 いつの間にか、張りつめていた気持ちがほぐれていた。
(……よかった。このまま普通に解散できそう)
 ほっとした、そのときだった。
「あの」
 真尋が静かに切り出した。
「来て早々恐縮なんですが、みとさんに少し話があって。このあと、一緒に帰ってもいいですか?」
「――っ」
 飲んでいたコーラが変なところに入りかけた。思わず咳き込む。
(終わってなかったー!!)
「ちょっと、大丈夫?」
「う、うん……」
 なあ子が心配そうに私の顔を覗き込む。
 それから少しだけ身を寄せ、声を潜めた。
「よかったじゃん。向こうから話したいって言ってくれて」
 私はびっくりしてなあ子の顔をまじまじと見た。
(やっぱりバレてた……!!)
 しかも、相手が真尋さんだってことまで。
 かあっと顔が熱くなる。
「……よくない」
「なんで。みとも、聞きたいことあるんでしょ? ちゃんと話したほうがいいよ」
「……裏切り者」
 私も小声で返す。
「そういうんじゃないって」
 なあ子が困ったように笑う。
 恐る恐る正面を見ると、真尋と目が合った。真尋はなあ子と充希に軽く頭を下げる。
「では、失礼します」
「はーい。みと、またね」
「うん」
 真尋が立ち上がり、空になった自分のカップを手に取る。
 そのまま、私のトレーまで持ち上げた。
「あ、真尋さん、それ――」
「行きましょう」
「……うん」
 なあ子たちに手を振り、真尋のあとを追った。