なんちゃって巫女は寺に居座る~家出ついでに配信してたら、副住職が本物の妖を祓い始めました~

「あ、そうだ。今日はいいもの持ってきたんだ」
 私はリュックを開け、中からあれを取り出した。
 つきぷくのぬいぐるみ。手乗りサイズだが、重しが入っていて置いたらしっかり固定できるようになっている。
「……つきぷく」
「あ、覚えててくれたんだ」
 私は嬉しくなって笑いながら、そのつきぷくをテーブルの上に置いた。
「今日の見守り番の、つきぷく」
「何を見守るんですか」
「小宮くんの話」
「……必要ですか?」
「必要なの! 和むじゃん」
 真尋は少し考えるようにつきぷくを見つめ、それから「そうですね」と口元を綻ばせた。
「……ところで、お家にいくつあるんですか?」
「え? つきぷく? まあまああるよ」
 ちなみに、これはいつも鞄につけているのとは別のつきぷくだ。
「まあまあ……」
 真尋がなんとも言えない顔でつきぷくを見つめる。
 その顔がおかしくて、思わず笑った。
 そのまま真尋に目を向けたところで、ふと腕に目が留まる。
「そういえば、傷、どうなった?」
「ああ。もう大丈夫ですよ」
「ほんとに? ちょっと見せて」
「え?」
「ちゃんと治ってるか見たいの」
「大丈夫ですよ」
「いいから。最初に手当てしたの私なんだから、最後まで責任持つ」
「最後まで?」
「そ、そう! ほら、腕出して」
 立ち上がって棚から救急箱を取り出し、テーブルの上に置く。それから真尋の隣に腰を下ろした。
 蓋を開けて、ガーゼや包帯を取り出し、真尋に向き直る。
 真尋の動きが止まった。
「…………」
「真尋さん?」
「あ……いえ」
 なぜか一瞬だけ間があって、真尋は視線を逸らした。
「お願いします」
「…………」
 今度は私が固まった。
(……待って)
 この間は必死だったから、なんとも思わなかった。
 いや、なんとも思わなかったはずだ。
 なのに今は、どういうわけかものすごく触りづらい。
「……みとさん?」
「な、なに?」
「手当てしてくれるんじゃないんですか?」
「するよ!」
 慌てて包帯に手をかける。
 指先が真尋の腕に触れた。
「…………っ」
「?」
 ふと顔を上げると、思っていたよりずっと近くに真尋がいた。
(近い近い近い!)
 自分から言い出したくせに、今さら逃げるわけにもいかない。
 なるべく真尋の顔を見ないようにしながら、包帯をゆっくりほどいていく。
「……痛くない?」
「大丈夫です」
「ほんと?」
「はい」
「…………」
「…………」
(なんで黙るの!?)
 いや、手当て中なんだから黙っていて普通だ。
 普通なのに、静かになると余計に意識してしまう。
 傷を確認して、新しいガーゼを当てる。
 それを押さえながら包帯を巻こうとして――また、真尋の腕に指が触れた。
(もう……前回は普通にできてたのに)
「……顔、赤くないですか?」
「あ、暑いの!」
 即答すると、真尋が部屋の中を見回した。
「今日はそれほど暑くありませんが」
「いいから、じっとしてて」
「はい」
 私は誤魔化すように、もう一度包帯に集中した。
 ぐるり、ぐるりと巻いていく。
「……ちょっときついです」
「あっ、ごめん!」
 慌てて緩める。真尋が小さく笑った。
「な、なに?」
「いえ。ずいぶん真剣だなと思って」
「当たり前でしょ。誰のせいで怪我したと思ってるの」
「小宮さんですね」
「…………そうだけど!」
 そういう意味じゃない。思わず睨むと、真尋はまた少し笑った。
(もう……)
 なんとか包帯を巻き終えて、ほっと息を吐く。
「はい。終わり」
「ありがとうございます」
「……どういたしまして」
 ようやく腕から手を離す。
 その瞬間、やっと普通に息ができた気がした。
(手当てするだけでこれって……)
 昨日までの自分、いったいどこ行ったの。
「そういえば、詩織さんは火曜日に来ることになりました」
「あ……そっか」
「みとさんが同席することも、昨日確認してあります」
「え、私のこと話したの?」
「ええ。今、勉強を見ている高校生だと」
「……それだけ?」
「それだけです」
「痣のこととかは?」
「話していませんよ」
「そっか……」
「みとさんのことですから、僕が勝手に話すことではありません」
「……ありがとう」
 なんだろう。当たり前のことなのに、少しだけ嬉しい。
 昨日、真尋と並んで話していた詩織の姿が浮かぶ。
 長い黒髪に、すらっとしたスタイル。改めて思い返しても、やっぱりすごく綺麗な人だった。
「……詩織さんって、モデルさんみたいだよね」
「モデルさんですよ」
「え?」
「雑誌の名前は忘れましたが。確か、女性誌の」
「……そうなんだ」
 なんだ。本当にモデルなんだ。綺麗なわけだ。
「…………」
 なぜだろう。聞かなきゃよかった、と思った。
 胸の奥にあった小さなざわつきが、さっきよりも大きくなっていく。
 美人で、モデルで、真尋と同じ大学に通っていて。
 それに――昨日、2人で並んでいる姿は、やっぱりお似合いに見えた。
(……なんか、やだな)
 自分でもよくわからないまま、私はテーブルの上のつきぷくを指先でつついた。
「みとさん?」
「……なに?」
「いえ。急に静かになったので」
「別に」
 もう一度、つきぷくをつつく。
「……火曜日、絶対来るから」
「はい」
 真尋が不思議そうに瞬きをした。
「それから、明日のことですが」
「明日?」
「学校です。お札は忘れずに持っていってください。なるべく影を見ないようにして、できるだけお友達と一緒に行動を」
「でも、それじゃ友達も危険にならない?」
「基本的に、影は自分から人を襲うことはありません。それより、みとさんが安心できる環境にいることが大事なんです」
「……そっか」
「それに――」
 真尋が一度、言葉を切った。
「万が一、みとさんが危害を加えられても、その場に見ていた人がいれば、何があったのか聞くことができます」
「…………」
「それを聞かせてもらえれば――僕が、そのあと必ず祓います」
「…………」
 真尋は、まっすぐ私を見ていた。
 その目を見返したまま、なぜか動けなくなる。
「…………」
(……なんで)
 また、心臓がうるさい。
 さっきやっと落ち着いたばかりなのに。
 真尋も何も言わない。
 しばらくして、先に目を逸らしたのは真尋だった。
「……少し待っていてください」
「え?」  
 真尋は立ち上がると、そのまま和室を出ていった。
「…………」
 取り残された私は、テーブルの上のつきぷくを見る。
「……なに、今の」
 つきぷくは何も答えない。
 しばらくして、真尋がお盆を手に戻ってきた。
 湯呑みと、小皿に乗ったお饅頭が2つ。
「まだ、お菓子食べてないんですよね」
「……それ待ってたわけじゃないんだけど」
「?」
「……なんでもない」
 そのとき、テーブルの上に置いていたスマホが震えた。
「あ、なあ子だ」
 画面には、なあ子の名前。
「もしもし?」
『みと!? 今大丈夫?』
「うん。どうしたの?」
『小宮くん、逮捕されたって』
「……え?」
 一瞬、言葉の意味がわからなかった。
「小宮くんが……逮捕?」
 思わず真尋を見る。真尋と目が合った。
『なんか、町中で急に暴れ出して、警察が来たらしいよ』
「え……周りの人は? 怪我した人とかいないの?」
『うん。それは大丈夫みたい。それに、捕まったときには、もうすっかり別人みたいに大人しくなってたって』
「…………」
 どういうことだろう。
 小宮くんが、町中で暴れた。
 でも、警察が捕まえたときには――もう大人しかった?
 さっきまで暴れていた人が、そんな急に変わるものなんだろうか。
 向かいに座る真尋を見る。真尋も何か考えているようだった。
 そのとき、ふいに真尋の視線が私から外れた。
「……?」
 入り口の戸が、ほんの少し開いている。
 真尋が無言で立ち上がり、戸の前まで歩いていった。
 そして、すっと開ける。
「覗きはやめてください」 「…………」
 そこには、なんとも残念そうな宮司が立っていた。
 ぴしゃん。
 真尋が戸を閉める。
『え? なに? みと、どういうこと? 誰といるの? 覗きってなに!?』
「…………」
 なあ子の声が耳元で響く。
 けれど、頭の中にあるのは小宮くんのことだった。
(……一体、どういうことなの……?)