なんちゃって巫女は寺に居座る~家出ついでに配信してたら、副住職が本物の妖を祓い始めました~

「じゃあ、次のお悩み。寂しんぼ猫ちゃんから。なになに、『クラスが変わってなかなか友達が出来ない』?」
 私がメールを開くと、相談者との通話がつながり、画面の端に三毛猫のパーカーを着た女の子のアバターがぱっと現れた。
「こんばんは……よろしくお願いします」
 少し緊張した声がイヤホンから聞こえる。
「こんばんはー! 来てくれてありがと! うーん、わかる! みこにゃんもあったよ、そういうこと。気付いたら周り、もうグループ出来てる! ってなるやつ。あれ焦るよね〜」
 静かな和室に、私の声だけが響き渡る。
 画面には、私と相談者のやり取りを見て「あるある」「まさに今の私」など、視聴者のコメントが流れていく。
 真尋もようやくその状況に慣れてきたのか、元の場所に戻り、落ち着いた表情でまたお茶を啜り始めた。
「でもさ、無理にグループに入ろうとしなくていいと思うんだ。だって、焦って合わせても疲れちゃうじゃん? 最初は一人でも、挨拶してみたり、隣の席の子とちょっと話したり。それだけで十分だよ。友達って、『今日から友達ね!』ってなるものじゃなくて、気づいたら隣にいるものだったりするから」
 気付くと、真尋が私を意外そうな目で見つめていた。こと、と湯飲みがテーブルに置かれる。
 さて、次のお悩みが最後。
 私は張り切ってメールBOXをクリックした。
「じゃあ、最後のお悩みいくよ。『家出娘ちゃん』から……」
 ふと、ペンネームに気を取られて声の勢いが落ちた。いけない、と慌てて本文に目を落とす。
「……『家に居場所がありません。親も私のことを邪魔だと思っています。近々家出しようと思っています。何かアドバイスお願いします』」
 今度は、深くフードを被った女の子のアバターが画面に現れた。
「こんばんは……」
 低く、沈んだ声だった。
『おっ?ガチ系のキタ――』『ちょっと怖い』
 画面のポップなイラストにそぐわない雰囲気に、視聴者も違和感を覚える。
「こんばんは! 来てくれてありがとう。家出娘ちゃんは、どうして居場所がないって思ったの?」
「なんか……親が、私の話をちっとも聞いてくれなくて……あれやれ、これやれって、小言ばっかり言ってくるんです……」
「そっか。話を聞いてくれないのは辛いよね……」
 頷きながら、画面を見つめる私の頭の中に、何日か前の記憶が勝手に流れ出す。
『ブイチューバー?』
『何考えてるの。そんな暇があったら勉強しなさい』
『みと。今大事なのは自分の将来を考えることだ。他人のことなんかじゃない』
 ……どれも、正論だった。
 私の為に言ってくれてるのだということもわかっていた。
 だから、言い返せなかった。
 でも、私にとってこれが大事なことだって、少しでも理解して欲しかった。
 ――受け止めて欲しかった。
「しかも最近、嫌なことばっかり起きるし……悪夢で目が覚めることも多くて……」
 相談者のアバターが小さく肩を落とした。
「朝になっても、全然疲れが取れないんです……。学校に行くのもしんどくて、家に帰っても気が休まらなくて……。どこにも、私の居場所なんてないのかなって……」
 か細い声は、今にも消えてしまいそうだった。
「なんか、もう……疲れちゃって……。家出も失敗したら、もう死んじゃおうかなって……」     
 相談者が俯いたまま零す。そのアバターの後ろで、黒い靄がゆっくりと蠢いていた。
 私は思わず目を凝らした。
(……なに、あれ?)
 黒い煙……?
 いや、煙じゃない。
 生き物みたいに、蠢いている。
 なのに、コメント欄の視聴者は、誰もそれには触れない。
『死ぬのはだめー』『きっとこの先いいことあるよ! 一緒にがんばろうよ』と、励ましの言葉だけが流れていく。
 黒い靄は、ゆらりと揺れながら、いつの間にか画面のすぐ傍まで迫ってきていた。
 ず……る……。
 床を這うような、湿った音が耳の奥をかすめる。
 靄の中から、細く黒い腕が一本、また一本と音もなく伸びてきた。
 ——その時、真尋の視線が不意に鋭くなった。
 さっきまで穏やかだった空気が、一変する。
 彼が見ているのは私じゃない。
 私の、すぐ後ろだ。
(……え? 画面の中じゃなくて……後ろ……!?)
 思わず息を呑む。
 真尋はすっと立ち上がると、部屋の隅にある錫杖を手に取る。そして、迷いなくこっちへ近付いてきた。
(え、ちょっと。いま配信中……!)
「失礼します」
 真尋は低く告げると、私の腕を強引に引き寄せた。
 直後——さっきまで私がいた場所を、黒い腕が音もなく薙いだ。
 避けきった、そう思った次の瞬間。
 指先が首筋をかすめ、ひやりとした冷たさが走る。
「っ……!」
「奥へ!」
 鋭い声で指示され、奥へ繋がる襖の方へ弾き飛ばされるように駆け寄る。
 けれど怖いもの見たさの好奇心には勝てず、思わず振り返った。
 黒い靄は渦を巻きながら天井近くまで膨れ上がる。それは苦しみに身をよじるように、激しく波打っていた。
 真尋は錫杖を胸の前に構え、静かに腰を落とす。
 金輪が、ちりん――と一度、澄んだ音を立てた。
 次の瞬間、靄が一気に襲い掛かった。
「きゃっ……!!」
 思わず肩をすくめる。
 ――ガンッ!
 鈍い衝撃音。恐る恐る顔を上げると、靄は真尋の目の前で見えない壁にぶつかったように激しく蠢いていた。
「な、なにこれ……!」
「妖です」
「あ、あやかし……?」
 真尋はそれ以上語らなかった。
 ざわ……ざわ……。
 妖の奥から、無数の囁きが重なり合う。
『……』
『ひとり……』
『……たすけ……』
 声にならない呻きが、幾重にも重なって耳にまとわりつく。
 それは人の声なのに、人の声じゃない。
 聞いているだけで胸の奥がざわつくような、不気味な響きだった。
 黒い腕が何本も真尋へ襲いかかる。真尋は眉をわずかに寄せると、半歩だけ身を引いた。
 流れるように体をひねるたび、黒い腕は空を切る。
 作務衣の袖だけが、ふわりと静かに揺れた。
 錫杖を握る手にわずかに力がこもり、金輪が再び、ちりん――と澄んだ音を響かせた。
 真尋は、ただ静かに妖を見据えた。そして、低く澄んだ声で言葉を紡いだ。
 「迷えるものよ――執を離れ、安らぎへ還れ」
 刹那、錫杖の先から柔らかな金色の光が溢れ出し、妖を包み込んだ。
 妖は苦しげに震えていた。いや――泣いているようだった。
 耳の奥で、誰かの声が重なり合う。
『どうして……』
『寂しかった……』
『助けて……』
 掠れた不協和音は、やがて風に溶けるように消えていく。
 妖は黒さを失い、淡い光の粒へと姿を変えていった。
 それは夏の夜を舞う蛍のようにふわりと浮かび上がり、障子越しの月明かりへ吸い込まれるように天へ昇っていく。
 部屋を満たしていた圧迫感は、いつの間にか消えていた。
 真尋は静かに錫杖を下ろし、目を伏せる。
「……安らかに」
 その呟きだけが、静けさを取り戻した部屋にゆっくりと溶けていった。
 真尋は錫杖を元の場所へ戻すと、静かにこちらを振り返った。
 呆然と立ち尽くしていた私は、それを見てはっと我に返る。
「わ、わっ……配信!」
 慌ててスマホに駆け寄ると、コメント欄はものすごい勢いで流れていた。
『固まってた!』
『回線落ち?』
『急に配信止まったぞ』
『みこにゃん、大丈夫?』
 コメントを見る限り、視聴者には何も見えていなかったようだ。
 私は胸を撫で下ろし、画面に向かって笑顔を向けた。
「みんな、お待たせ! ごめんね、回線トラブってたみたい!」
 その先には、さっきの相談者がまだ待ってくれていた。
「あの……」
 彼女が口を開くと、コメント欄がぴたりと止まった。
(……どうしよう)
 まだ、何も答えられていない。
 次に繋げる言葉を探して、思わず俯いた。しかし——
「ありがとうございます。話を聞いてもらって、少し落ち着きました」
「……え?」
 目を瞬いて顔を上げると、相談者が微笑んでいた。
「親とも、今度ちゃんと話してみます。親も、私に伝えたいことがあったのかもしれないし」
 その声は、さっきまでとは別人のように穏やかだった。
『がんばって!』 『応援してる!』
 温かなコメントが次々と流れていく。
 私もようやく笑みを取り戻した。
「こちらこそ、話してくれてありがとう。無理しすぎないでね。またいつでも遊びに来て!」
 相談者は小さく頷き、通話が切れた。
「それじゃあ今日はここまで! みんな、またね!」
 配信終了のボタンを押す。
 画面が暗くなった瞬間、私は勢いよく真尋に向き直った。
「ねえ!」
 聞きたいことは山ほどあった。
 どうして私にも妖が見えたのか。
 そもそも妖とは一体何なのか。
 そして、どうして真尋は迷うことなく戦えたのか。
 しかし、真尋が最初に口にしたのは、私の予想を遥かに超える言葉だった。
「あの……一つ、気になっていたことがありまして」
「え?」
「うちは真言宗です」
「……はい?」
「神仏習合の時代ならともかく、ここで巫女という設定は、少々……」
 ……この人、本気だ。
「そこぉ!?」