なんちゃって巫女は寺に居座る~家出ついでに配信してたら、副住職が本物の妖を祓い始めました~

 暗い夜道を、真尋と並んで歩く。
 帰りはこうして送ってくれるのが、いつの間にか恒例になっていた。
 今日は錫杖も一緒だ。
「……怪我してるんだから、今日はいいのに」
「歩くくらい、なんてことありませんよ」
 いつもならこの時間は、私が学校や友達の話をひたすら喋って、真尋がそれを穏やかに聞いてくれる。
 でも今日は、なぜか会話が途切れがちだった。
 普段、学校から帰った真尋は袈裟に着替えている。でも今日は怪我のせいか、ずっと私服のままだ。
(そのせいかな……なんか、調子狂う)
 そんなことを考えているうちに、公園が近づいてきた。
 今日もブランコに女性が座っている。背格好からして、以前見かけたのとおそらく同じ人だ。
 そのとき――ふわり、と風に包まれたような感覚がした。
 隣を見ると、真尋が数珠を持った右手を顔の前に掲げ、軽く拳を握っている。
 そのまま何事もなかったように通り過ぎ、公園を離れたところで、彼は静かに手を下ろした。
「……何してたの? 今」
「簡単な結界です。気づかれると厄介そうなので」
「いつもそれ、してくれてたの? 気づかなかった」
「お話を中断させてしまうのも申し訳なかったので」
「えっ」
 思わず真尋の顔を見上げる。
「じゃあ私がベラベラ喋ってる横で、ずっとそんなことしてたの?」
「ずっとではありませんよ。必要なときだけです」
「全然知らなかった……」
 今日だってそうだ。
 怪我をしているのに送ってくれて、錫杖まで持ってきて。
 私が気づいていないところでも、当たり前みたいに守ってくれている。
「……真尋さんって、ヒーローみたいだよね」
 何気なく口にしただけだった。
 なのに、真尋の足が止まった。

「……え?」

 数歩進んでから気づいて、私も立ち止まる。
 振り返ると、真尋は俯きがちに立っていた。
「真尋さん?」
 返事がない。さっきまで穏やかだった空気が、急に冷えたような気がした。
 やがて真尋が、ゆっくりと顔を上げる。
「……二度と」
 低い声だった。
「え?」
「二度と、そんなふうに言わないでください」
 一瞬、何を言われたのかわからなかった。
「……ご、ごめん」
 反射的に謝る。でも、どうして怒られたのかはわからない。
 真尋はそれ以上何も言わず、再び歩き出した。
(……なんで? 真尋さん、怒っちゃった――?)
 慌ててその背中を追いかける。
 すぐに追いついたはずなのに、真尋がさっきより遠くなったような気がした。
 さっきまでと同じ帰り道のはずなのに、私はいよいよ、何を話せばいいのかわからなくなってしまった。

 翌朝。
「……最悪」
 鏡に映った自分の顔を見て、思わず呟いた。
 目の下が、うっすら黒い。
 昨夜、布団に入ってから何度寝返りを打ったかわからない。
『二度と、そんなふうに言わないでください』
 忘れようとするたび、真尋の声が頭の中で蘇った。
「……なんであんなに怒ったんだろ」
 ため息をついて、時計を見る。
「――って、やばっ!」
 今日は東都大学のオープンキャンパスだった。
 私はもう一度あくびを噛み殺すと、慌てて制服に袖を通した。

 東都大学の最寄り駅に着くと、改札の向こうに見慣れた2人の姿があった。
「みとー! こっち!」
 なあ子が大きく手を振っている。
 その隣では、充希がスマホを見ながら立っていた。
「お待たせ」
「おっそーい」
「時間ぴったりなんだけど」
「待たせた時点で遅刻です」
「なんで待ち合わせ五分前に来た人が偉そうなの」
「俺は十五分前からいる」
 充希が得意げに言うと、なあ子がその顔を覗き込んだ。
「その割にさっきガチャ引いて爆死した顔してるけど」
「十五分間で失ったものの話はやめろ」
 私はふと思い出して、充希を見る。
「充希って学校ではいつも遅刻ギリギリのくせに、こういう時早いよね。遠足の時とか」
「寝てないからな」
「いちばんダメなやつじゃん」
 思わず笑う。
「ていうか、みと」
「ん?」
「なんか眠そうじゃない?」
「……ちょっと寝不足」
「夜更かし?」
「まあ……そんなとこ」
 昨日のことを話すわけにもいかず、曖昧に笑って誤魔化した。
「ほら、行くぞ。受付混むらしいから」
 充希がスマホをポケットにしまい、さっさと歩き出す。
「あ、待ってよ」
 なあ子と一緒にそのあとを追いかけた。

 駅を出ると、制服姿の高校生が何人も同じ方向へ歩いている。周りには保護者らしき人の姿も多い。
 正門をくぐり、思わず辺りを見回した。
「わ……大学って感じ」
「どんな感じだよ」
「なんかこう……広い」
「感想が小学生」
「うるさいな」
 充希を軽く睨む。
 ふと、行き交う大学生たちに目が向いた。
(……真尋さん、今日も大学にいるのかな)
 昨日の今日だ。会いたいような、会いたくないような、自分でもよくわからない。
 受付には、揃いの腕章をつけた大学生が何人か立っている。
 その中に、見覚えのある姿はなかった。
 受付を済ませたあとは、学部ごとの展示を覗いたり、先生から学部についての説明を聞いたりしながら、キャンパス内を見て回った。
 その間も、すれ違う大学生をつい目で追ってしまう。
 それでも、真尋の姿はどこにもなかった。
(……いなさそう)
 ほっと胸を撫で下ろす。
「ねえ、オープンキャンパスって、在校生も結構来るのかな」
「さあ……スタッフとかなら来るんじゃない?」
 なあ子が不思議そうに私を見る。
「なんで?」
「あ、ううん。別に……」
 誤魔化すようにパンフレットへ目を落とす。
「ねえ、これ行かない?」
 なあ子がパンフレットをこちらへ向けた。
「なに?」
「キャンパスツアー。在学生が案内してくれるんだって」
「あ、いいじゃん」
 充希が横から覗き込む。
「ちょうどもうすぐ始まるな」
「じゃ、決まり」
 なあ子がさっさと歩き出す。
「え、ちょっと。私まだ何も言ってないんだけど」
「行かないの?」
「……行くけど」

 案内表示に従って集合場所へ向かうと、すでに十数人ほどの高校生や保護者が集まっていた。
 私たちもその後ろに並ぶ。
「結構いるね」
「土曜だしな」
「ねえ充希、ちゃんと質問しなよ。東都狙ってるんでしょ?」
「するよ」
「『彼女できますか』とか」
「それ大学に聞くことじゃないだろ」
「でも大事じゃない?」
「お前は何しに来たんだよ」
 なあ子が笑う。
 私もつられて笑った、そのとき。
「お待たせしました!」
 明るい声がして、2人の大学生がこちらへ歩いてきた。
 揃いの腕章をつけた、男女一人ずつの学生だ。
「それでは、ここから先の施設をご案内していきます。よろしくお願いします」
 参加者からぱらぱらと拍手が起こる。
(……違う人だ)
 知らず知らず入っていた肩の力が、ふっと抜けた。
(よかった……)
「それでは、まず図書館からご案内します。こちらへどうぞ」
 学生のあとについて、ぞろぞろと移動を始める。
 図書館に入ると、吹き抜けになった広い空間に、ずらりと本棚が並んでいた。
「うわ、すご」
 思わず声が漏れる。
「みと、急に元気になったね」
「え?」
「さっきまでなんか上の空じゃなかった?」
「そ、そんなことないけど」
 私はしれっと前を向いた。
 案内役の学生が、館内の設備や利用方法を説明している。
 普段は入れない場所を覗いたり、学生が実際に使っている自習スペースを見たりしているうちに、いつの間にか真尋のことも頭から薄れていった。

「ここ、試験前は席取り大変そう」
 何気なくぼやいたなあ子に、充希が顔をしかめる。
「……お前、何の心配してんの?」
「いや、大学生って大変そうだなって」
「他人事だな」
「他人事だもん」
「堂々と言うな」
 背中から聞こえてくる2人の掛け合いに思わず笑いながら、次の建物へ向かう。
 なんだ。
 普通に楽しいじゃん。
 さっきまであんなに気にしていた自分が、ちょっと馬鹿みたいに思えてきた。

 次に案内されたのは広い講義室だった。
 私たちは前のほうの席に並んで座る。
 まだ案内が始まるまで少し時間があるのか、参加者たちはパンフレットを眺めたり、隣同士で話したりしている。講義室の中はざわざわとしていた。
 何気なく前を見ていると、教室のドアから男子学生が入ってきたのに気づいた。
(……あれ? 悠斗さん?)
 悠斗は私を見るなり目を丸くし、すぐに笑みを浮かべてこちらへ近づいてきた。
「あれ、み――」
(しーっ!)
 私は咄嗟に人差し指を唇に当てた。
 ここで知り合いだとバレたら、どうして知り合ったの、いつから、どういう関係なの――って、絶対いろいろ聞かれる。
(説明が面倒くさすぎる!)
 隣のなあ子と充希をちらりと見てから、悠斗に向かって必死に目で訴える。
(言わないでー! お願い!)
 悠斗は一瞬きょとんとしたものの、私の隣にいる2人を見て察したらしい。
 小さく頷くと、そのまま何事もなかったように前へ戻っていった。
(よし……!)
 ほっとしたところで、今度は女性が入ってきた。
 さらりとした長い黒髪に、すらりとした立ち姿。思わず目を引かれるほどの美人だった。
(……綺麗な人)
 思わず目で追っていると、その後ろから見覚えのある姿が現れた。
 一瞬、思考が止まる。
(うそ)
 真尋だった。
 白いシャツに黒のパンツ。首からスタッフ用のネームホルダーを下げている。
 袖口から覗く腕には、昨日巻いた包帯がまだ残っていた。
(なんでよりによって……!)
 さっきまで忘れていた緊張が、一気に戻ってくる。
 真尋がこちらへ歩いてくる。
 距離が縮まり、目が合った。
 真尋の目が、わずかに見開かれる。
 その視線が、私の隣にいるなあ子と充希へ一瞬だけ移った。
 それから真尋は何も言わず、私の前を通り過ぎていく。
 やがて前に立つと、参加者たちに向き直った。
「ここからは、僕と橘、それから香月の3人でご案内します。よろしくお願いします」
 いつもと変わらない穏やかな声だった。
 けれど今は、私に向けられたものじゃない。
(……そりゃ、そうだよね)
 これでいい。
 むしろ、なあ子たちに知られずに済んで助かった。
 それなのに。
 何事もなかったように振る舞う真尋を見て、胸の奥がずきりと痛んだ。
(……なんで?)