「…ペンギン可愛いな」
今日は遠足、平日の水族館は貸し切りかってくらい空いている。
だからか、余計に考えちゃう気がする。
“え、光希って自覚ないの?”
自覚って何の?何を言われてんの?
自分のことなんだからわかるし、そんなの燈司に言われることじゃないし。
なんでそんなこと言われなきゃいけねぇんだよ。
好きとか思ってない、燈司のことそんなふうに…
「あ、ペンギンの散歩だって!めちゃくちゃ可愛いじゃん、あれ見てたら飼いたくー…」
隣を見上げたら何も見えなかった、てゆーかいなかった。さっきまでにいたのにどこを見てもいなかった。
「燈司!?」
え、どこ!?
どこ行ったんだ、ずっと隣にいると思ってたのに…っ
キョロキョロ辺りを見回してもいなくて思わず目を見開いた。薄暗い水族館は探しにくいから、目を凝らして見ないと見付けられないと思って。
だけどいくら人が少ないって言っても、これだけ広かったらどこにいるのか全然っ
「光希!」
名前を呼ばれたから振り返った。
よかった、ちゃんとそこにいたー…
「どこ行ってたんだよっ!」
高ぶった気持ちのまま怒鳴っちゃった。焦った気持ちが前面に出ちゃって、ぶつけるみたいに。
「急にいなくなったら心配になるだろ!」
目にキッと力が入って眉が吊り上がる。
てゆーか急に消えるってなんだよ!?そこは一言、言ってけよ!勝手にいなくなられたらこっちだって…っ
「七色クラゲフロート買ってくるって言ったじゃん」
「……え?」
「俺の話聞いてなかったな」
「…、きっ聞いてたし!」
ぜ、全然聞いてなかった。
そんなこと言ってた?ずっと隣にいるとばかり思ってたから…
「光希はほんとペンギン好きだなー」
「は?」
「どーせペンギンに夢中で気付かなかったんだろ」
「そ、そうじゃ…っ」
ないけど、たぶん。
ずっと考えてたから、ぐるぐる頭ん中が回って止まらない。こんなこと考えなくたって答えは出てるのに。
吊り上がってた眉が下がって、しゅんと視線が下がる。
自分勝手に怒鳴っちゃったなって…
「ほら、コレ光希の」
下がった視線の下にスッと入り込んで来た、ピカピカ七色に光るソーダフロートが。
スマホで見た通り色鮮やかで、七色のゼリーが青色のソーダの上にぷかぷか浮いている。カップの下にはライトがついてるみたいで薄暗い水族館でも光ってた。
…可愛い。
「飲めてよかったな」
……。
じーっとソーダフロートを見てた俺を見てニカッと笑ってた。
爽やかで、俺なんて噛みしめるみたいにソーダフロート見ちゃってたじゃん。見られてることにも気付かずに。
「こぼすなよ」
「俺のことなんだと思ってんだよ」
「小さい子だから」
「黙れっ」
渡されたソーダフロートを受け取って、いや受け取ったつもりだったんだけど力が入り過ぎちゃってびちゃっとソーダが飛び出た。
「言ったそばから~」
にやにやと燈司が笑う、手を口に当てて小馬鹿にするみたいに。
「燈司が余計なこと言うからだろ!」
ちょっと手にかかったぐらいだし、これくらい拭けばいいだけだし。形はちょっと崩れちゃったけど、生クリームの上に乗ってたさくらんぼがソーダの中にぽちゃんと落ちて…
「ん」
ー!
スッと手からソーダフロートが離れていく、だけどすぐに燈司の持っていたソーダフロートが手渡されたから。
「交換してやるからそれ写真撮れよ」
さくらんぼがぽちゃんとしたソーダフロートは燈司のところに、俺の前にはキレイなままのソーダフロートがやってきた。
「別に交換しなくたって…」
「俺はもう愛でたから…!」
「は?」
「心の中でじゅーぶんっ愛を奏でた…」
「何言ってんの?」
キランッとカッコつけるみたいに胸を張って見せるから、ソーダフロートのおかげで本当にキラキラして見えた。
なんかこそばゆいな、こんなのいつもの燈司なんだけど。
「…ありがと」
「どーいたしまして〜」
俺のぼそっとした聞こえてるのか聞こえてないような声にも笑って。
燈司がソーダフロートのストローを咥える。ピカピカ光るソーダフロートはストローを吸ってる時の方が目立つな、って思った。
「あ、これ普通にうまっ」
燈司がいい奴ってことはわかってる。
「光希も飲んでみろよ」
だけどこんなの普通だし、いつもと変わらないし。
“光希って俺のこと好きじゃね?”
好きとか、考えたことないし。そりゃ好きじゃないわけじゃないけど。
「なぁ飲んだらあれ行かね?」
「あれ?」
「おぅ、いつものあれ!」
****
ソーダフロートを飲み終えて、水族館で魚を見ることなくやって来た。最近の燈司がハマっているっていう、あれ。
「水族館限定ガチャ…!」
わーっと目を輝かせてでかい体でしゃがみ込んだ。子供用に合わせてあるガチャは燈司からしたらだいぶ小さく見える。
「コンプ…もいいけどやっぱ欲しいのはこれだよな~、いくらいるかな…」
顎に手を当てんーっと目を細めて、ガチャを前にして真剣だ。
遊びにいくたびガチャやってるもんな、燈司の中でまぁまぁブームで限定ガチャって聞いたらそらやらないわけには…とどんなガチャなのかなって後ろから覗き込んだ。
あ、可愛いペンギンもある。ベルーガとかもいいかも。
「燈司はどれ狙い?」
「俺はこれ!」
にっこにこで指を差したところを見て眉間にしわが寄った。
「…でかいダンゴムシ?」
「オオグソクムシだよ!!」
「…へぇ」
めちゃくちゃでかいダンゴムシだけど、深海魚らしいけど全然可愛くな…いや、欲しいのは人それぞれだよな。じゃないとガチャの意味がねぇよな。
「いざッ、勝負!」
で、燈司が回し始めた。意気揚々と勢いよくぐるんっと回したらスケルトンの青いカプセルがころんっと出て来る。
カプセルも限定なのかな、水族館の名前入ってるし…って思ったのも束の間、この時間がエンドレスに続くことになった。
「オオグソクムシ全然出ねぇーんだけど!!」
燈司の腕の中にはいっぱいのカプセルが抱えられていた。もう何回回したのかわからない、でもちっとも出て来ない。
「入ってねぇーんじゃねぇの?」
「これだけ回してるのに!?これだけやってもゼログソクムシなのかよ!?」
「いや、それは知らん」
仕方ないから隣にしゃがみ込んだ、横からちょーっとガチャを覗いて。
あ、入ってないってことはなさそう。一応入ってるぽいけど、これがいつ出るかは…
「もうやめたら?」
運過ぎてわかんねぇから。マジで全部回し切るかもしれねぇーし。
「行こうぜ、そろそろイルカショー始まるぞ」
「じゃーあと1回!あと1回だけ!」
「燈司毎回それじゃん、それ1回で終わったことないし」
「おのれオオグソクムシめ…!」
よっと立ち上がった、たぶんそろそろそんな時間じゃなかなって思って。
えっと、場所ってどこなんだろ?たぶん、外だよな~…
「光希回して!」
「はぁ?」
「1回!1回だけ、な!?」
「……。」
ぱんっと手を合わせてぎゅっと目を閉じるから、断れないのも毎回で。燈司がガチャ好きなの知ってるし、そう思うとしょうがないのでもう一度しゃがむしかなくて。
「1回だけだから!」
「いぇーい!」
「出なくても知らねぇーからな!?」
「運だからそれは」
「なんで急に冷静なんだよ!」
はぁっと息を吐いてお金を入れた。ちょっとだけ緊張する気持ちを押さえてガチャを回す、ころんっと出て来たカプセルをゆっくり取り出して。
「「あっ!」」
声が揃っちゃった、透明なカプセルは開けなくてもわかるから。そのまま目を合わせた、ちょっと驚く俺とわーっと嬉しそうな燈司と。
パカッとカプセルを開けて中身を燈司にあげた。
これが念願のでっかいダンゴムシ…じゃなくてオオグソクムシ。やっぱり俺的には可愛いと思えないけど。
「やりぃっ♫」
燈司が喜んでるから。
「ありがと光希!」
オオグソクムシ目の前にすっごい喜んでるから…嬉しいけど、そんな顔されたら。小恥ずかしくなって勝手に頬が緩むくらいには、嬉しいけど…それくらい、まぁあるよなって思わなくもない。
「じゃ、光希にこれあげるー!」
はいっと手のひらに乗せられた。
「ペンギン」
ちょこんっと俺の手の上で佇んだ、小さなペンギンが。
「可愛い…」
それにもつい頬が緩んで。
「あとベルーガとシャチ!これはウミガメで…っ」
「おい待て!こんなにいらん!」
「ペンギンいくついる?」
「1個でいいし!てゆーかどんだけ回したんだよっ!」
「俺のこないだの小テストの点ぐらい…」
「少ないのか多いのかわかんねぇよ!いや、点数低過ぎだろっ!!」
「だから光希に言えなかったんだよーっ」
無理矢理押し付けられるカプセルに、ふふって声が漏れる。なんだかおかしくなって、大したことなんかないのにおもしろくて笑っちゃうから。
いつも燈司とはこんな感じで、燈司といたら最後はいつも笑ってて。
楽しくて、おもしろくて、だから好きだよ。
燈司といるのは、好きだ。
でもこれは友達として!
これからもずっと友達で、いたいって思うじゃん。
ほらね、やっぱそうなんだよ。
燈司がテキトーなこと言ってくるからちょっと考えちゃったじゃねぇか。
でも考えても、それしかなくて。
燈司と楽しくいられたらそれでいいし、それが俺の答えだよ。
「なぁ燈司、次どこ行く~?」
あー、なんかスッキリした!
急に身も心も軽くなった気する、次はどこ行こっかなーってワクワクして来た。
「イルカショーまでも少し時間あるっぽいんだけど」
「あーマジ?他にイベントとかやってんのかなー」
燈司がスマホを取り出した。水族館のスケジュールを確認するのにサイトを開いて、順番にスクロールしていくのを一緒に見てた。
カピバラのご飯とかオットセイのご飯とかオオサンショウウオのご飯…ご飯多いな、食うだけでパフォーマンスなるの効率良過ぎだろ。
「誰の飯見る?」
「まぁそうなるよな、燈司は誰のがー…」
ーピコンッ
スマホの上に通知が現れた。一瞬だけ、ほんの一瞬だけ…すぐに燈司が通知を消したから。
でもハッキリ見えちゃって、‘チサ’って書いてあった。
“チサじゃん”
たぶんあの子ー…
「オオサンショウウオって何だっけ?あ、トカゲみたいなやつか」
LINE知ってるんだ、LINE交換して…いや、俺だって燈司のLINE知ってるし普通にLINEするし。
だからそんなの全然、別に全然だけど…っ
「光希は何がいい?やっぱカピバラー…」
『イルカショーいっぱいだから場所取りしようか?』
そう、書いてあった。
なんかそれは、まるで一緒に見るみたいじゃん。
あの時断ってなかった?先約があるって、だから気が向いたらって…
気が向いたら?
「光希?」
燈司に呼ばれてハッとした、そのまま見上げちゃって。
「どうした?怖い顔して」
ごくりと息をのむみたいに、嫌な汗を感じたから。
「……。」
「…光希?」
「…。」
「光希は誰の飯食うとこが見たい?」
目を伏せる、燈司からもスマホからも視線を逸らして何も言えなくなった。さっきまで軽かった気持ちがずしんと重くなるのを感じて。
今のLINEはそうゆうことじゃねぇの?
一緒に見ようってあれで、いつの間にそんなことになってたのか知らないけど燈司も行く気になって、だから…
「おい、光希!聞いてんのか」
「しなくていいの?」
「え、何?」
「返事、しなくていいわけ?」
顔を上げられなかった、燈司の顔を見られなくて。
「…いーよ、別に」
「だって今イルカショーって!絶対今返すやつじゃっ」
「人のLINE見るなよ、趣味悪」
「み、見えたんだよ!」
自分でもどうしてムキになってるのかわからない、だけどすぐさまLINEを消した燈司がいやに気になって。
見られちゃいけないものを見られたみたいな、それなのに何もなかったように話かけてくるから。
「つーかなんで光希が怒ってんの?意味わかんねーんだけど」
「別に怒ってなんか…っ」
「怒ってんじゃん、そんなにこのLINEが気に入らなかった?」
「そ、そんなんじゃ…」
ないし、全然。
だけど何かが込み上げてくる、どうしようもなく苦い何かが。
声を発するたび喉を刺激する、こんなこと言いたいわけじゃないのに止まらなくて。
「好きなんじゃねぇの?燈司のこと」
視線を上げた、これ以上込み上げて来たものが溢れないようにって。
「……。」
「…」
「……。」
「……。」
なんで黙る!!?
え、ここ黙るとこ?
しかも全然俺のこと見てないし、全然違うとこ見てふぅーって息を吐く…
「だったら?」
目を、合わせた。その視線は鋭くて、らしくない瞳だった。
「…は?」
「だったらどーすんの?」
「どーすんのって…」
どうするもないけど、そんなの別に…
「光希はどうすんの?」
俺は?
そんなこと聞かれても、どうしようもなくて。
じっと見つめる瞳に息さえも止めて、喉がつっかえって何も出てこない。
「…関係ないし」
自分でもびっくりした、振り絞るような微かな声だったから。燈司からも視線を外して、下を向くしかなくて。
なんでこんなに息が詰まるんだろ。
「そんな顔されたら困るんだけど」
ガシガシと頭を掻きながら燈司がはぁーっとめんどくさそうに息を吐いた。
「そ、そんな顔ってなんだよっ」
「そーゆう顔だよ」
「そーゆう顔って…っ」
髪を掻き上げて目を細める、フィッと遠くを見るように。
「もういいや、行くぞ」
ただ気になって、なぜか気になって。
うっとおしそうにしたその表情にも。
「待てよ!まだ話終わってない!」
「終わってんだろ、つーかこの話の終わりって何?」
スタスタと歩き出すから、俺に背を向けて。
「だって燈司がっ」
「俺がなんだよ」
「い、今イラッとしただろ!?」
「は?なんだよ」
「さっきからずっと…っ」
前を歩く燈司に向かって、だけどその瞬間カーンと響く声が水族館にこだました。
「するだろっ!」
暗くて閉鎖的な室内は異常に反響する、燈司の声にビクッとして開けた口が動かなくなった。
振り返った燈司は顔をしかめて俺を見ていた。
「それマジで自覚なくて言ってんの?」
燈司の低い声はより胸に刺さる気がして、ひやっとする水族館ではさらに冷たく感じた。
吸った息が、吸ったまま戻って来ない。まるで息が止まったみたいで。
なんでこんなことになったんだっけ?さっきまであんなに楽しかったのに、どうして今はこんなに苦しいんだ…?
ゆっくりと視線が落ちていく、ただ足元を見るみたいにもう燈司の顔が見れなくて。
どうしたらいいんだ?俺はどうしたいんだろうー…?
「燈司何してんの~?」
聞き覚えのある声にハッとする、俯いたままピクッと体が止まる。今1番聞きたくなかった声だ。
「そんな叫んでどーした~?」
「あ~…別になんでも」
「LINE返事全然来ないからさ、燈司探してたんだよね」
「あ、悪い気付かなくて」
嘘つけ、気付いてたじゃん。知ってたじゃん。
なんでそんなこと言うわけ?わざとスマホをポケットに隠すなよ。
「イルカショー超人いたよ!だからいいとこで見よう思ったら今から場所取りした方がいいって」
「あ、マジ?」
「やっぱ平日でもイルカは人気らしいわ」
「そっか、教えてくれてさんきゅ」
前が見れない、顔が上げられない。
頭の上でされてる会話を聞きたくなくて。
早くここから、離れたいー…
「うちら今から行くんだけど、燈司も行かない?」
ごくんと、息をのむ。
勝手に張り詰めていく空気が重たくて、ドクンッと胸が脈を打つ。
「あー、俺は~…」
「燈司もイルカショー見るって言ってたじゃん行こうよ!」
ドクン、ドクン、と心臓の音が聞こえて、より閉鎖的に感じた。足元ばかり見ていたもわかったんだ、とんっと一歩近付いた瞬間が。
ふと燈司に触れた瞬間がー…
「あ、友達も一緒でいーし!」
なんだよ、それ。
ついでかよ、いいけど別に。
俺はこいつらが誰かも知らないし、友達でもなんでもないし。
だから一緒に見る気なんかなくて、だけど燈司は…
「いっ」
「行けば?」
顔を上げることなく答えた、燈司より先に。
「イルカショー見たいって言ってたじゃん」
燈司の答えを聞きたくなくて。
「いや、言ったけど…っ」
たぶん、またイラついた。
声でわかった、わかってたんだけど。
「行こうよ燈司~!」
「そうそう、みんなで見ればいいじゃんね!」
「ねーっ」
女子たちのキャッキャする声が嫌に響いて頭が痛い。
ずっと下を向いたまま顔を上げることも出来なくて、ただぎゅっと手に力を入れた。グーにした手を握りしめるみたいに。
「…、光希は」
「俺はいいよ」
「なんでだよ」
「燈司だけ行けよ」
「じゃあ光希はどーすんだよ」
別にどうだっていい、なんだっていい。
だってただの遠足で、地元の水族館で、それ以上でも以下でもなくて、そこに燈司がいなくたって。
「1人で見るからいい!」
それなのに、どうしてこんなに泣きそうになってるんだろう。
自分で自分が全然わからない。
こんなに胸をぎゅーっと締め付けるこの感情は、一体何なんだ?わからねぇよ…
「おい、光希!」
その場から逃げることしか出来なかった。前も見れなくて、俯いたまま早くここから離れたかった。
今日は遠足、平日の水族館は貸し切りかってくらい空いている。
だからか、余計に考えちゃう気がする。
“え、光希って自覚ないの?”
自覚って何の?何を言われてんの?
自分のことなんだからわかるし、そんなの燈司に言われることじゃないし。
なんでそんなこと言われなきゃいけねぇんだよ。
好きとか思ってない、燈司のことそんなふうに…
「あ、ペンギンの散歩だって!めちゃくちゃ可愛いじゃん、あれ見てたら飼いたくー…」
隣を見上げたら何も見えなかった、てゆーかいなかった。さっきまでにいたのにどこを見てもいなかった。
「燈司!?」
え、どこ!?
どこ行ったんだ、ずっと隣にいると思ってたのに…っ
キョロキョロ辺りを見回してもいなくて思わず目を見開いた。薄暗い水族館は探しにくいから、目を凝らして見ないと見付けられないと思って。
だけどいくら人が少ないって言っても、これだけ広かったらどこにいるのか全然っ
「光希!」
名前を呼ばれたから振り返った。
よかった、ちゃんとそこにいたー…
「どこ行ってたんだよっ!」
高ぶった気持ちのまま怒鳴っちゃった。焦った気持ちが前面に出ちゃって、ぶつけるみたいに。
「急にいなくなったら心配になるだろ!」
目にキッと力が入って眉が吊り上がる。
てゆーか急に消えるってなんだよ!?そこは一言、言ってけよ!勝手にいなくなられたらこっちだって…っ
「七色クラゲフロート買ってくるって言ったじゃん」
「……え?」
「俺の話聞いてなかったな」
「…、きっ聞いてたし!」
ぜ、全然聞いてなかった。
そんなこと言ってた?ずっと隣にいるとばかり思ってたから…
「光希はほんとペンギン好きだなー」
「は?」
「どーせペンギンに夢中で気付かなかったんだろ」
「そ、そうじゃ…っ」
ないけど、たぶん。
ずっと考えてたから、ぐるぐる頭ん中が回って止まらない。こんなこと考えなくたって答えは出てるのに。
吊り上がってた眉が下がって、しゅんと視線が下がる。
自分勝手に怒鳴っちゃったなって…
「ほら、コレ光希の」
下がった視線の下にスッと入り込んで来た、ピカピカ七色に光るソーダフロートが。
スマホで見た通り色鮮やかで、七色のゼリーが青色のソーダの上にぷかぷか浮いている。カップの下にはライトがついてるみたいで薄暗い水族館でも光ってた。
…可愛い。
「飲めてよかったな」
……。
じーっとソーダフロートを見てた俺を見てニカッと笑ってた。
爽やかで、俺なんて噛みしめるみたいにソーダフロート見ちゃってたじゃん。見られてることにも気付かずに。
「こぼすなよ」
「俺のことなんだと思ってんだよ」
「小さい子だから」
「黙れっ」
渡されたソーダフロートを受け取って、いや受け取ったつもりだったんだけど力が入り過ぎちゃってびちゃっとソーダが飛び出た。
「言ったそばから~」
にやにやと燈司が笑う、手を口に当てて小馬鹿にするみたいに。
「燈司が余計なこと言うからだろ!」
ちょっと手にかかったぐらいだし、これくらい拭けばいいだけだし。形はちょっと崩れちゃったけど、生クリームの上に乗ってたさくらんぼがソーダの中にぽちゃんと落ちて…
「ん」
ー!
スッと手からソーダフロートが離れていく、だけどすぐに燈司の持っていたソーダフロートが手渡されたから。
「交換してやるからそれ写真撮れよ」
さくらんぼがぽちゃんとしたソーダフロートは燈司のところに、俺の前にはキレイなままのソーダフロートがやってきた。
「別に交換しなくたって…」
「俺はもう愛でたから…!」
「は?」
「心の中でじゅーぶんっ愛を奏でた…」
「何言ってんの?」
キランッとカッコつけるみたいに胸を張って見せるから、ソーダフロートのおかげで本当にキラキラして見えた。
なんかこそばゆいな、こんなのいつもの燈司なんだけど。
「…ありがと」
「どーいたしまして〜」
俺のぼそっとした聞こえてるのか聞こえてないような声にも笑って。
燈司がソーダフロートのストローを咥える。ピカピカ光るソーダフロートはストローを吸ってる時の方が目立つな、って思った。
「あ、これ普通にうまっ」
燈司がいい奴ってことはわかってる。
「光希も飲んでみろよ」
だけどこんなの普通だし、いつもと変わらないし。
“光希って俺のこと好きじゃね?”
好きとか、考えたことないし。そりゃ好きじゃないわけじゃないけど。
「なぁ飲んだらあれ行かね?」
「あれ?」
「おぅ、いつものあれ!」
****
ソーダフロートを飲み終えて、水族館で魚を見ることなくやって来た。最近の燈司がハマっているっていう、あれ。
「水族館限定ガチャ…!」
わーっと目を輝かせてでかい体でしゃがみ込んだ。子供用に合わせてあるガチャは燈司からしたらだいぶ小さく見える。
「コンプ…もいいけどやっぱ欲しいのはこれだよな~、いくらいるかな…」
顎に手を当てんーっと目を細めて、ガチャを前にして真剣だ。
遊びにいくたびガチャやってるもんな、燈司の中でまぁまぁブームで限定ガチャって聞いたらそらやらないわけには…とどんなガチャなのかなって後ろから覗き込んだ。
あ、可愛いペンギンもある。ベルーガとかもいいかも。
「燈司はどれ狙い?」
「俺はこれ!」
にっこにこで指を差したところを見て眉間にしわが寄った。
「…でかいダンゴムシ?」
「オオグソクムシだよ!!」
「…へぇ」
めちゃくちゃでかいダンゴムシだけど、深海魚らしいけど全然可愛くな…いや、欲しいのは人それぞれだよな。じゃないとガチャの意味がねぇよな。
「いざッ、勝負!」
で、燈司が回し始めた。意気揚々と勢いよくぐるんっと回したらスケルトンの青いカプセルがころんっと出て来る。
カプセルも限定なのかな、水族館の名前入ってるし…って思ったのも束の間、この時間がエンドレスに続くことになった。
「オオグソクムシ全然出ねぇーんだけど!!」
燈司の腕の中にはいっぱいのカプセルが抱えられていた。もう何回回したのかわからない、でもちっとも出て来ない。
「入ってねぇーんじゃねぇの?」
「これだけ回してるのに!?これだけやってもゼログソクムシなのかよ!?」
「いや、それは知らん」
仕方ないから隣にしゃがみ込んだ、横からちょーっとガチャを覗いて。
あ、入ってないってことはなさそう。一応入ってるぽいけど、これがいつ出るかは…
「もうやめたら?」
運過ぎてわかんねぇから。マジで全部回し切るかもしれねぇーし。
「行こうぜ、そろそろイルカショー始まるぞ」
「じゃーあと1回!あと1回だけ!」
「燈司毎回それじゃん、それ1回で終わったことないし」
「おのれオオグソクムシめ…!」
よっと立ち上がった、たぶんそろそろそんな時間じゃなかなって思って。
えっと、場所ってどこなんだろ?たぶん、外だよな~…
「光希回して!」
「はぁ?」
「1回!1回だけ、な!?」
「……。」
ぱんっと手を合わせてぎゅっと目を閉じるから、断れないのも毎回で。燈司がガチャ好きなの知ってるし、そう思うとしょうがないのでもう一度しゃがむしかなくて。
「1回だけだから!」
「いぇーい!」
「出なくても知らねぇーからな!?」
「運だからそれは」
「なんで急に冷静なんだよ!」
はぁっと息を吐いてお金を入れた。ちょっとだけ緊張する気持ちを押さえてガチャを回す、ころんっと出て来たカプセルをゆっくり取り出して。
「「あっ!」」
声が揃っちゃった、透明なカプセルは開けなくてもわかるから。そのまま目を合わせた、ちょっと驚く俺とわーっと嬉しそうな燈司と。
パカッとカプセルを開けて中身を燈司にあげた。
これが念願のでっかいダンゴムシ…じゃなくてオオグソクムシ。やっぱり俺的には可愛いと思えないけど。
「やりぃっ♫」
燈司が喜んでるから。
「ありがと光希!」
オオグソクムシ目の前にすっごい喜んでるから…嬉しいけど、そんな顔されたら。小恥ずかしくなって勝手に頬が緩むくらいには、嬉しいけど…それくらい、まぁあるよなって思わなくもない。
「じゃ、光希にこれあげるー!」
はいっと手のひらに乗せられた。
「ペンギン」
ちょこんっと俺の手の上で佇んだ、小さなペンギンが。
「可愛い…」
それにもつい頬が緩んで。
「あとベルーガとシャチ!これはウミガメで…っ」
「おい待て!こんなにいらん!」
「ペンギンいくついる?」
「1個でいいし!てゆーかどんだけ回したんだよっ!」
「俺のこないだの小テストの点ぐらい…」
「少ないのか多いのかわかんねぇよ!いや、点数低過ぎだろっ!!」
「だから光希に言えなかったんだよーっ」
無理矢理押し付けられるカプセルに、ふふって声が漏れる。なんだかおかしくなって、大したことなんかないのにおもしろくて笑っちゃうから。
いつも燈司とはこんな感じで、燈司といたら最後はいつも笑ってて。
楽しくて、おもしろくて、だから好きだよ。
燈司といるのは、好きだ。
でもこれは友達として!
これからもずっと友達で、いたいって思うじゃん。
ほらね、やっぱそうなんだよ。
燈司がテキトーなこと言ってくるからちょっと考えちゃったじゃねぇか。
でも考えても、それしかなくて。
燈司と楽しくいられたらそれでいいし、それが俺の答えだよ。
「なぁ燈司、次どこ行く~?」
あー、なんかスッキリした!
急に身も心も軽くなった気する、次はどこ行こっかなーってワクワクして来た。
「イルカショーまでも少し時間あるっぽいんだけど」
「あーマジ?他にイベントとかやってんのかなー」
燈司がスマホを取り出した。水族館のスケジュールを確認するのにサイトを開いて、順番にスクロールしていくのを一緒に見てた。
カピバラのご飯とかオットセイのご飯とかオオサンショウウオのご飯…ご飯多いな、食うだけでパフォーマンスなるの効率良過ぎだろ。
「誰の飯見る?」
「まぁそうなるよな、燈司は誰のがー…」
ーピコンッ
スマホの上に通知が現れた。一瞬だけ、ほんの一瞬だけ…すぐに燈司が通知を消したから。
でもハッキリ見えちゃって、‘チサ’って書いてあった。
“チサじゃん”
たぶんあの子ー…
「オオサンショウウオって何だっけ?あ、トカゲみたいなやつか」
LINE知ってるんだ、LINE交換して…いや、俺だって燈司のLINE知ってるし普通にLINEするし。
だからそんなの全然、別に全然だけど…っ
「光希は何がいい?やっぱカピバラー…」
『イルカショーいっぱいだから場所取りしようか?』
そう、書いてあった。
なんかそれは、まるで一緒に見るみたいじゃん。
あの時断ってなかった?先約があるって、だから気が向いたらって…
気が向いたら?
「光希?」
燈司に呼ばれてハッとした、そのまま見上げちゃって。
「どうした?怖い顔して」
ごくりと息をのむみたいに、嫌な汗を感じたから。
「……。」
「…光希?」
「…。」
「光希は誰の飯食うとこが見たい?」
目を伏せる、燈司からもスマホからも視線を逸らして何も言えなくなった。さっきまで軽かった気持ちがずしんと重くなるのを感じて。
今のLINEはそうゆうことじゃねぇの?
一緒に見ようってあれで、いつの間にそんなことになってたのか知らないけど燈司も行く気になって、だから…
「おい、光希!聞いてんのか」
「しなくていいの?」
「え、何?」
「返事、しなくていいわけ?」
顔を上げられなかった、燈司の顔を見られなくて。
「…いーよ、別に」
「だって今イルカショーって!絶対今返すやつじゃっ」
「人のLINE見るなよ、趣味悪」
「み、見えたんだよ!」
自分でもどうしてムキになってるのかわからない、だけどすぐさまLINEを消した燈司がいやに気になって。
見られちゃいけないものを見られたみたいな、それなのに何もなかったように話かけてくるから。
「つーかなんで光希が怒ってんの?意味わかんねーんだけど」
「別に怒ってなんか…っ」
「怒ってんじゃん、そんなにこのLINEが気に入らなかった?」
「そ、そんなんじゃ…」
ないし、全然。
だけど何かが込み上げてくる、どうしようもなく苦い何かが。
声を発するたび喉を刺激する、こんなこと言いたいわけじゃないのに止まらなくて。
「好きなんじゃねぇの?燈司のこと」
視線を上げた、これ以上込み上げて来たものが溢れないようにって。
「……。」
「…」
「……。」
「……。」
なんで黙る!!?
え、ここ黙るとこ?
しかも全然俺のこと見てないし、全然違うとこ見てふぅーって息を吐く…
「だったら?」
目を、合わせた。その視線は鋭くて、らしくない瞳だった。
「…は?」
「だったらどーすんの?」
「どーすんのって…」
どうするもないけど、そんなの別に…
「光希はどうすんの?」
俺は?
そんなこと聞かれても、どうしようもなくて。
じっと見つめる瞳に息さえも止めて、喉がつっかえって何も出てこない。
「…関係ないし」
自分でもびっくりした、振り絞るような微かな声だったから。燈司からも視線を外して、下を向くしかなくて。
なんでこんなに息が詰まるんだろ。
「そんな顔されたら困るんだけど」
ガシガシと頭を掻きながら燈司がはぁーっとめんどくさそうに息を吐いた。
「そ、そんな顔ってなんだよっ」
「そーゆう顔だよ」
「そーゆう顔って…っ」
髪を掻き上げて目を細める、フィッと遠くを見るように。
「もういいや、行くぞ」
ただ気になって、なぜか気になって。
うっとおしそうにしたその表情にも。
「待てよ!まだ話終わってない!」
「終わってんだろ、つーかこの話の終わりって何?」
スタスタと歩き出すから、俺に背を向けて。
「だって燈司がっ」
「俺がなんだよ」
「い、今イラッとしただろ!?」
「は?なんだよ」
「さっきからずっと…っ」
前を歩く燈司に向かって、だけどその瞬間カーンと響く声が水族館にこだました。
「するだろっ!」
暗くて閉鎖的な室内は異常に反響する、燈司の声にビクッとして開けた口が動かなくなった。
振り返った燈司は顔をしかめて俺を見ていた。
「それマジで自覚なくて言ってんの?」
燈司の低い声はより胸に刺さる気がして、ひやっとする水族館ではさらに冷たく感じた。
吸った息が、吸ったまま戻って来ない。まるで息が止まったみたいで。
なんでこんなことになったんだっけ?さっきまであんなに楽しかったのに、どうして今はこんなに苦しいんだ…?
ゆっくりと視線が落ちていく、ただ足元を見るみたいにもう燈司の顔が見れなくて。
どうしたらいいんだ?俺はどうしたいんだろうー…?
「燈司何してんの~?」
聞き覚えのある声にハッとする、俯いたままピクッと体が止まる。今1番聞きたくなかった声だ。
「そんな叫んでどーした~?」
「あ~…別になんでも」
「LINE返事全然来ないからさ、燈司探してたんだよね」
「あ、悪い気付かなくて」
嘘つけ、気付いてたじゃん。知ってたじゃん。
なんでそんなこと言うわけ?わざとスマホをポケットに隠すなよ。
「イルカショー超人いたよ!だからいいとこで見よう思ったら今から場所取りした方がいいって」
「あ、マジ?」
「やっぱ平日でもイルカは人気らしいわ」
「そっか、教えてくれてさんきゅ」
前が見れない、顔が上げられない。
頭の上でされてる会話を聞きたくなくて。
早くここから、離れたいー…
「うちら今から行くんだけど、燈司も行かない?」
ごくんと、息をのむ。
勝手に張り詰めていく空気が重たくて、ドクンッと胸が脈を打つ。
「あー、俺は~…」
「燈司もイルカショー見るって言ってたじゃん行こうよ!」
ドクン、ドクン、と心臓の音が聞こえて、より閉鎖的に感じた。足元ばかり見ていたもわかったんだ、とんっと一歩近付いた瞬間が。
ふと燈司に触れた瞬間がー…
「あ、友達も一緒でいーし!」
なんだよ、それ。
ついでかよ、いいけど別に。
俺はこいつらが誰かも知らないし、友達でもなんでもないし。
だから一緒に見る気なんかなくて、だけど燈司は…
「いっ」
「行けば?」
顔を上げることなく答えた、燈司より先に。
「イルカショー見たいって言ってたじゃん」
燈司の答えを聞きたくなくて。
「いや、言ったけど…っ」
たぶん、またイラついた。
声でわかった、わかってたんだけど。
「行こうよ燈司~!」
「そうそう、みんなで見ればいいじゃんね!」
「ねーっ」
女子たちのキャッキャする声が嫌に響いて頭が痛い。
ずっと下を向いたまま顔を上げることも出来なくて、ただぎゅっと手に力を入れた。グーにした手を握りしめるみたいに。
「…、光希は」
「俺はいいよ」
「なんでだよ」
「燈司だけ行けよ」
「じゃあ光希はどーすんだよ」
別にどうだっていい、なんだっていい。
だってただの遠足で、地元の水族館で、それ以上でも以下でもなくて、そこに燈司がいなくたって。
「1人で見るからいい!」
それなのに、どうしてこんなに泣きそうになってるんだろう。
自分で自分が全然わからない。
こんなに胸をぎゅーっと締め付けるこの感情は、一体何なんだ?わからねぇよ…
「おい、光希!」
その場から逃げることしか出来なかった。前も見れなくて、俯いたまま早くここから離れたかった。



