ユートはその日、友だちの家に泊まりで、
 夏休みの宿題をやる約束だった。

 夏休みの間は、ほとんど銭湯の手伝いの予定だったし、
 どうせ後回しにしてしまうと思って、
 早めに終わらせるつもりで予定を組んだ。

 クラスの早めに終わらせたいチーム、男子三人で、
 Wi-Fi強いやつの家に転がり込むことになった。

 自分ちの最寄駅から2つ先。

 そのうち三人とも集中力が切れて、
 コンビニに行こうって立ち上がった。

 夜中に行くコンビニに、三人ともテンションがあがってた。
 ソイツの家から一番近いコンビニの、自動ドアが開く。

 レジにオニーサンがいた。

「なんで!?」

 ユートは思ったよりでかい声が出たのに驚いて、
 口を手で覆った。
 幸い、他に客はいなかった。
 友だちとのテンションのまま、話しかけちゃった。
 そう思った。

「お。っしゃせー」

 オニーサンはこっちを見て、
 何て言ってるかわかんない"いらっしゃいませ"を言った。
 いつもと違って、ひとつ結びしてた。

「え、お兄さんって、コンビニバイトのひと? 」

 そのロン毛で?って言葉は、なんとか止めた。

「ん? 短期。今日まで」
「明日からはいないんだ」
「ん、見納めっす」

 軽く話してたら。
 横から友だちが声をかけてきた。

「ユウト、知り合い?」
「うん、銭湯の……」

 銭湯の、なんて説明したら良いかすぐ出てこなかった。

「せっかくだから何か買って行く」

 そういって、パックのコーヒー牛乳を取ってきた。
 友だちが横から茶々を入れてくる。

「コーヒー牛乳は家でめっちゃ飲めるじゃん」
「いいの。これで」

 オニーサンがいるレジにコーヒー牛乳を置いて、
 財布を取り出す。

 オニーサンはコーヒー牛乳をレジに通すと、
 自分のスマホを取り出して、ピッと決済した。

「え!?」
「おごり」
「そんなつもりじゃ……」
「どうせ宿題合宿とかっしょ」
「ん……あたり」

 友だちが横で、「ユウト、いいなー」と言っていた。

「がんばれ、高校生」

 オニーサンさんは、
 それだけ言って友だちの分のレジをこなした。

 友だちにはおごってあげてなかった。

 ちょっと嬉しくて、コンビニを出る時、
 オニーサンに手を振った。
 オニーサンも、少し笑って躊躇った感じを見せたけど、
 手を振り返してくれた。

 帰り道、友だちに、

「何の人? 」
「モテそうな人だった」
「バンドとかやってそう」

 とか、根掘り葉掘り聞かれたけど、

「知らない」

 とだけ答えた。

 コンビニのビニール袋には、
 おごってもらったコーヒー牛乳だけ。

 アイス食べたいって思ってたんだった。

 それは、友だちの部屋についてから思い出した。


 ……


 翌日、オニーサンは閉店間際、コーヒー牛乳だけ飲みに来た。

 昨日のお礼におごり、ってしたかったけど。
 銭湯はスマホ決済対応してなかったし、
 小銭ひとつ持ってきてなかった。

 仕方ない。
 おごりはたぶん大人の特権なんだ。
 そう思うことにした。

 今日は閉店間際って言っても、30分くらい余裕があった。

 他のお客さんはもういなかったけど、
 俺は番台に立ったまま、
 オニーサンは横の休憩スペースに座ってた。

 オニーサンは、コーヒー牛乳を飲みながら、
 昨日のことを思い出していた。

 人に手を振ったのなんか、何年ぶりだったろう。

 一瞬、手を振り返す方法を思い出せなくて戸惑ったのが、
 バレてないと良いなとか考えていた。
 手を振るコミュニケーション、学生以来無かった、かも。

 少しの照れ臭さと、懐かしさがあった。

「最近の高校生って何すんの?」

 言った後にちょっと変な質問だなって、思った。

「別に……? 宿題やって、ゲームしてた」

 ユートは気にしてなさそうだった

「宿題、終わった?」
「半分くらい。またそのうち合宿開催する」
「大変だな、高校生」

 夏休み、なんて概念はとうの昔に溶けて消えたけど。
 そういう概念をこなしてる人が、すぐ横にいるのが不思議だった。

「オニーサンって、何歳?」
「んー……」

 なんか、答えるのを躊躇した。
 変に数字で見られて、距離ができるのも嫌だった。
 でも嘘をつくのは、もっと違うな、っと思った。

「27」

 ちゃんと答えることにした。

「え!十個も違うの!?」

 改めて、そう言われると、
 え!十個も違うの!?
 は、俺の台詞だ。と思った。
 高校二年生か。

「いくつだと思ってた?」

 なんか、スナックでしてる会話みたいだと思ったけど、
 その考えは良くないな、と、振り払った。

「え、聞いてみるまで考えてなかった」

 じゃあ、なんで聞いたんだよ。
 と思ったけど、急に興味が湧いたんだろうなと、
 笑いが込み上げた。

 コーヒー牛乳は飲み終えて、
 居座る理由もなくなった。

 今日も、
 「ごちそうさま」
 それだけ言って、瓶を定位置に置く。

 引戸を開けて暖簾をくぐったら、
 通り雨が降っていた。

「……」

 ユートの方へ振り返る。

「雨やむまで、いい?」

 番台から、パタパタと出てきて、
 オニーサンのわきから空を見上げた。

「雨だ。いいよ」

 ユートはまたパタパタと番台に戻っていく。

 オニーサンも、引戸を閉めて戻っていった。

 今度は、雨宿りを言い訳にして。