夕方だった。
 学校が終わるくらいの時間。
 放課後。

 オニーサンは、たまたま駅前にいるユートを見かけた。

 ユートはいつもの桜湯のTシャツじゃなくて、
 制服を着ていた。

 そりゃそうか。
 って心のなかで呟いた。

 友だち数人と、駅の端の方。
 買い食いしている様子だった。
 たぶん、アイス食べてる。
 夏場、高校生、鉄板だ。

 その中でユートも、見たことない顔で笑っていた。

 めちゃくちゃ笑ってる。
 なんか手を振ってる。
 ツッコミ入れてる。
 普通の高校生だった。

 友達の一人が、コンビニから「ユウトー!」って呼んでいて、良い仲間内なんだろうなって思えた。

(こんな感じか)

 番台にいる時より、少し声が高い。
 少し子どもっぽい。
 笑い方も違う。

 なんか普通に、若いな。

 そりゃそうか。
 もう一度、心のなかで呟いた。

 手に握りしめていた、たばこをポケットにしまう。
 一応、路上喫煙するつもりだったことだけ、
 バレないようにした。

 ……

 今日もオニーサンは閉店ギリギリだった。
 湯船に浸かってるオニーサンの横で、
 いつものようにデッキブラシを滑らせていた。

「夕方、駅いたっしょ」

 普段、かけられない質問に戸惑った。

「え?」
「友達と」
「いた……」
「楽しそうだった」
「見たの!?」
「見た」
「声かけてよ」
「かけない」
「なんでだよ」
「アイス買い食いしてた」
「あ、母さんには内緒で……おねしゃす」

 その返事にオニーサンは笑ってた。

 オニーサンは銭湯にしか現れない、
 妖精みたいなモンだと勝手に思ってた。

 そりゃそうか。
 ユートは心のなかで思った。

 おんなじ町に住んでれば、そういうこともある。

 もうちょっと、日頃の行いに気を配ろう。
 そう思った。

「アイス、何が好き?」

 続く不意の質問に、素直に答える。

「ソーダ」
「ソーダ、ね」

 オニーサンは繰り返すだけだった。
 了解、とでも言いたげだった。

「オニーサンは?」
「んー。ミント」
「え、なんで?」
「前食べて、悪くなかった」
「へー」

 ミントが好きな人はあまりまわりにいなくて、
 意外だった。

「あ、そろそろ出ないと、のぼせるよ」
「ん、サンキュー」

 オニーサンが湯船からあがって、脱衣場に向かう。
 その流れで、湯船の栓を抜く。

 湯船も磨いて脱衣場行くと、
 案の定、少しのぼせた感じのオニーサンが
 ベンチに横になってた。

「ちょっと、遅かったか」

 人がダウンしてる姿を笑っちゃいけないんだろうけど、
 もう何度目かにもなると、慣れてしまって、笑ってしまう。

「サポート、おねしゃす」

 オニーサンが情けない声で呟いた。

「サポート」

 ユートは、一瞬、何ができるか考えた。
 母さんがいないから、自分で考えないと、と思った。

 とりあえず、水分でしょ。
 そう思って冷えたコーヒー牛乳を持ってきた。

 Tシャツにボクサーパンツのまま横になってるオニーサンの肩をちょいちょいとつついて、鏡前の椅子に座らせる。

 コーヒー牛乳を手渡した。

「あざす」

 オニーサンは冷たいコーヒー牛乳の瓶の蓋を開けて、
 うまそうに飲んだ。

 ユートはドライヤーを取り出して、
 オニーサンの長い髪を乾かしてやる。

 ドライヤーの風はそんなに強くなくて、
 乾くスピードは全然早くないけど。

 乾かしてるうちに、
 気付いたことがあった。

 オニーサンの目元に少しだけ隈があること。

 髪は自然とストレートを維持できること。

 あと、この乾かす時間も、昔飼ってた犬を思い出すこと。

 あと、もうひとつ。
 オニーサンの着てるTシャツ、コンビニで買えるやつだ。

 そんなことを思ってたら、
 銭湯の表の引戸が開く音がした。

 パタパタと足音がして、

「ユウトー、大丈夫そー?」

 と、お母さんが男湯の脱衣場に入ってきた。
 ユウトがオニーサンにドライヤーをしてるのを見て。

「あら、あらあら、ごめんなさいね」

 と、一回脱衣場を出た後、
 すぐに戻ってきた。

「……どういう状況?」

 そのテンポの良さに、俺もオニーサンも笑ってしまった。

 この日から、閉店後の深夜便は、母さん公認になった。