いつもの番台で、いつもの時間だった。

 23:00が閉店時間で、今日はもう客はいなかった。

 閉店まであと5分、時計は22:55。
 そんなタイミングで店の引戸が開いた。

 「あ、もう閉店で……」

 そう声をかけようとして、止まった。

 いつかの倒れたオニーサンだった。

 「すません。ちょっと延長、ゆるされ?」

 「……オニーサン、生きてた」

 もうすぐ閉めなきゃとか、諦めてもらわなきゃとか、本当はもっとやるべきことがあるはずだったけど、
 素直な感想が先に出て、笑いが込み上げた。

 「今日は飯食ったから、倒れない」

 そう言って、引戸を閉めた。

 本当は、母さんに許可もらったり、ルールだからとか考えなきゃいけないんだろうけど。

 オニーサンの雰囲気に、流されたのかもしれない。

 「俺も、片付け進めちゃってもいいなら」

 それだけ言って、オニーサンを通した。
 オニーサンはカウンターに、550円をちゃんと置いて、男湯に向かった。

 俺は、外の暖簾をしまって、
 いつもの片付けのルーティンに入った。

 オニーサンがいるのも意外にノイズじゃなかった。

 脱衣場に敷いてあるタオルや何かを、
 まとめて、洗濯機に放り込んだ。

 オニーサンが、頭と身体を洗い終わったのを確認して、
 ボイラーの電源を切った。

 女湯のお湯を抜いて、
 デッキブラシでお風呂場のタイルを磨いて、
 全体を流し終えて、男湯に向かった。

 男湯の引戸をあけると、
 オニーサンは湯船に浸かってた。

 「掃除入りまーす」

 そう言って、洗い場のまわりをデッキブラシで磨き始めた。

 「毎日やってんの? 片付け」

 オニーサンが湯船から声をかけてきた。

 「うん。片付けは俺が多いかな」

 「……」

 会話はそれだけだった。

 オニーサンは湯船からあがって、

 「サンキュー、な」

 そう言って、
 洗い場からボディスポンジを取って脱衣場に向かった。

 俺は、あ、あのときのスポンジ。
 って思って、少し笑った。

 男湯のお湯も抜いて、デッキブラシで擦る。
 洗い流して、風呂椅子と桶を並べて、脱衣場に向かった。

 オニーサンは、まだベンチに座ってた。
 タオルを肩にかけて、Tシャツにスウェットで、
 若干のぼせてる感じに見えた。

 「風呂、慣れない」

 目が合うと、それだけ言った。

 「風呂が慣れないってなに?」

 俺はつい、笑ってしまった。
 風呂は毎日入るものって感覚が当たり前だと思ってたから。

 「借りた部屋、安いけど風呂無し」

 「オニーサン、家あったんだ」

 オブラートも糞もない言い方をしてしまった。

 「あの後、借りた」

 あの後が、どの後かは、すぐにピンときた。
 オニーサンがぶっ倒れた、あの後だ。

 「シャンプー、マジ助かった」

 その言葉が、部屋を借りるのとどう繋がるかは、
 全然ピンと来なかったけど。
 助かったなら、やって良かった。
 そう、素直に思えた。

 番台まわりの片付けも一通り終えた頃、
 オニーサンも立ち上がった。

 「また来るわ」

 そう言って出てった。

 「いつでもどうぞ」

 深い意味はなかったけど、そう声をかけた。

 電気を消そうとした時、
 入れ違いみたいに母さんが来た。

 「あら、もう終わったの?」
 「うん、電気消そうとしてたとこ」
 「うん、問題ないね。いつもありがと」

 軽く全体をチェックして、母さんは俺の頭を撫でた。

 オニーサンが来たことは言わなかった。

 母さんの手は、少しくすぐったかった。