いつも通りの夜。
 の、はずだった。

 母さんと入れ替りで銭湯の番台に立つ。

 客がきたら、入浴料550円を受け取って、ロッカーの鍵を渡す。
 温度は見るだけ、ボイラー室は基本触らない。
 高校生の俺にもできる簡単な手伝いだ。

 学校から帰ってきて、閉店までの時間をまかされる。
 意外と嫌じゃなかった。

 風呂に入りに来るいつものおっちゃん達は優しいし、
 人間観察、っていうほどのものではないけど、
 社会の片鱗みたいなのは見てて飽きなかった。

 ケータイ触って良いのとか、音楽かけても良いとか。
 母さんが結構許してくれてるのもでかかった。


 今日はイレギュラーがきた。

 最初の印象は、でか、だった。
 たぶん180cmくらいある。

 髪が長くて、スウェットは薄汚れてて、ちょっと臭う。
 そんなオニーサン。

 こういう、浮浪者?みたいなのっていれて良いんだっけ?
 そう一瞬よぎったけど、湯船に入る前に体とか、洗ってくれればそれでいいか。
 そう思って、料金を受け取って、ロッカーの鍵を渡した。

 一応問題がないかは横目で見ておこう。
 くらい思ってた。

 番台から、少し男湯の方を覗き込む。

 スウェットを脱いだ身体は痩せていて、
 刺青はなさそうだった。

 脚長。

 そう思って目をそらした。

 体は先に洗うとか、そういうのは入口に貼ってあるし、
 問題ないかなって思った。


 しばらくして、風呂場からすごい音がした。

 誰か倒れたなって、焦って音のした男湯に駆け寄った。

 倒れてたのは、さっきのオニーサンだった。

 「おい、オニーサン!」

 生存確認、声をかける。

 「……。」
 「死ぬな死ぬな死ぬな!」
 「……銭湯で死ぬのはちょっと嫌かな」
 「喋れるなら大丈夫だ!」

 母さんに、電話する。
 今来たばかりのオニーサンが倒れちゃったこと、
 一応返事が返ってきたこと。
 そういうことを報告した。

 母さんもすぐ駆けつけてくれて、
 湯に浸かってたおっちゃん達も助けてくれて、
 脱衣場のベンチにタオル敷いて横にさせた。

 「スポドリ持ってきて」
 「えっ」
 「あと塩」
 「えっ、うん!」

 母さんの的確な指示で、俺も動いた。

 スポドリと、塩と、
 指示にはなかったけど、
 目に入った母さん特性おにぎりを握りしめて戻ってきた。

 オニーサンは、横になったままだったけど、意識はあるっぽかった。

 スポドリを受け取ると、一気にのみ干した。
 相当喉が乾いてたみたいだった。

 塩を渡そうとしたら、
 オニーサンはおにぎりを指差した。

 「それ、食べて良い?」

 俺はなにも言えずに、頭を縦にふっておにぎりを差し出した。

 オニーサンは、一口のサイズなんか気にしないみたいに、
 おにぎりを頬張って、むせた。

 けっこうきつそうだったから、番台にあった自分用の、
 明日賞味期限切れのぬるいコーヒー牛乳を取ってきて渡した。

 オニーサンは受け取って、なんとかおにぎりを流し込んだ。

 「すんません、飯食ってなくて」

 それだけ言った。

 母さんは、
 「動くのは少し休んでからにしなね」
 オニーサンにそう言って、
 「あたし番台入っとくから、サポートしてやんな」
 俺にそう言って、脱衣場を出てった。

 なんていうか、相変わらずかっこいい母さんだった。

 俺はサポートしてやれって言われても、
 なにして良いかわかんなくて、横に立ってた。
 そしたら、オニーサンがポツリと言った。

 「ごめんけど、頭洗うの助けてもらっていい?」
 「え!? か、母さん呼ぶ?」
 「いや、こんな汚ねぇの、女性にやらせたらダメっしょ」
 「あ、うん。わかった……」

 母さんが言ってたサポートがそういうことかはわかんなかったけど、オニーサンの今日は絶対風呂に入って帰る、っていう気合いは感じられた。

 風呂場に移動すると、
 さっき手伝ってくれたおっちゃんが、

 「もう大丈夫なんか? 派手に倒れたなぁ」

 と、笑いながら声をかけてきた。

 「すんません、もうちょい少年借ります」

 オニーサンはそう言って風呂椅子に腰かけた。

 まだふらついてそうだけど、大丈夫なのか、
 とは思ったが、ちょっと急いでる風にも感じて、
 頭を下げるオニーサンにシャワーをかける。

 人の頭を洗うことなんか経験無くて、これでいいのか?
 と、少し心配だった。
 一回ではさっぱりしなくて、二回シャンプーをした。
 なんだか、昔飼ってた犬を洗った時のことを思い出した。

 人間だから、コンディショナーもする。

 頭を洗い終わって、あ、っと思って立ち上がった。

 「オニーサン、ちょっと待ってて」

 オニーサンをその場に座らせたまま、
 番台に向かう。

 「これ1個ちょうだい」

 番台にいる母さんに、声をかけて取ってきたのは、
 ボディスポンジだった。

 風呂場のオニーサンの元に戻って、
 ボディスポンジにお湯とボディソープをかけてクシャクシャ揉み込む。
 水を吸わせて元のサイズに戻した。

 そして、何日も風呂に入ってなかったであろう、オニーサンの背中を流してやる。

 「そこまでは、申し訳ねぇ」

 そう言って、オニーサンはボディスポンジを受け取った。

 「サンキュー、な」

 そう言って振り返ったオニーサンの顔色は、
 さっきよりもずいぶん良くなってた。

 母さんにサポートを託されたのもあって、ちょっと責任感が働きすぎたかなって思ったけど。
 オニーサンの顔をみたら、大丈夫そうで、安心した。

 その日は、もうオニーサンも倒れること無く、無事に帰っていった。


 ここ最近の銭湯での一大事件だった。

 それでも、また日常に戻っていく。

 ボディスポンジ代はもらい損ねたけど、
 母さんが許してくれたから大丈夫だった。