白雪の花嫁 ~無能巫女、最強の炎鬼の契約花嫁になる~

 その日を境に、灯哉が変わり始めた。焼け跡となった街の復興を手伝う合間や、屋敷の廊下ですれ違う際に、ほんの一言二言、声をかけられるようになったのだ。
 さっそく今日も、雪菜が街の手伝いに行こうとすると――

「今日は、風が強い。畑に出るなら羽織物をしろ」

 たまたま廊下で通りかかったのか、もしくは待ち伏せでもしていたのか、ちょうど鉢合わせた雪菜に灯哉が歩み寄って来る。

「ふふ、ありがとうございます、灯哉様」
「……なにを笑っている」

 ぶっきらぼうな優しさに、雪菜の頬が緩む。里では決して向けられることのなかった気遣いがくすぐったい。

「灯哉様は、お優しいのですね」
「……うるさい。ただ、おまえになにかあったら、この国が困るだけだ」

 そう言いながらも、灯哉の耳がわずかに赤く染まっている。素直になれない不器用さもまた、彼の人となりなのだろう。
 灯哉が思いついたように口を開いた。

「そうだ。今宵は、火ノ国に伝わる収穫の祭りがある。……見に来るか」
「え……? わたしが、ご一緒してもよろしいのですか」

 そろそろ、自分が常世にやって来てからひと月ほどが経つ。初めての灯哉からの誘いに、雪菜は自分で抑えられないくらいに胸が高鳴ってしまう。

「別に、無理にとは言わない。ただ、おまえが畑を耕してくれたおかげで、今年はいくらか作物が採れた。民たちも、おまえの顔を見たいだろうからな」
「それは、ありがとうございます。ぜひ、ご一緒させてください」


***


 夜の街の広場には、篝火が焚かれ、乏(とぼ)しいながらも収穫の品々が並べられていた。雪菜の姿を見つけると、皆が口々に声をかけてくる。

「雪菜様! 今年はこんなに南瓜(かぼちゃ)が採れたんですよ」
「あなた様のおかげです。ありがとうございます」

 たくさんの妖の皆に囲まれて、祭りに慣れていない雪菜は辟易してしまう。いつの間にか、両手が野菜の入った籠でいっぱいになっていた。

「ずいぶん貰ったな。――ほら、貸せ」

 その籠を雪菜からひょいと受け取りながら、灯哉がぽつりと言う。

「……おまえがここに来るまで、この祭りも何年も開かれなかったのだ」
「え、そうなのですか?」
「作物が採れなければ、祝う理由もないからな。だが、見ろ。おまえのおかげで、皆が笑っている」

 篝火に照らされた民の顔を見渡す灯哉の横顔には、安堵の笑みが浮かんでいる。

(灯哉様こそ、とてもうれしそうに笑っていらっしゃるわ。いつもは仏頂面が多いけれど、本当はこんなにも優しく微笑む方なのね)

 灯哉の普段は隠された一面を見た気がして、役得にうれしくなってしまう。
 祭りの高揚感に当てられて、雪菜は思いきって灯哉のことを聞いてみることにした。

「あの、灯哉様は、どうしてそこまでこの国のことを想っておられるのですか」
「……先代の炎鬼は俺の父だった。力を制御しきれず、最後は自分自身の炎に呑まれて死んでしまったがな。母はそれよりずっと前に、異能の弱い自分を恥じて屋敷を去ってしまった。妖にとっては、異能の強さが重視されるからな」
「そんな……」

(だから灯哉様は初めの頃、異能の弱いわたしに自分を卑下するなとおっしゃったのかしら……。あれは、わたしを守ってくださる言葉だったのかもしれない)

 雪菜が考えを改めていると、灯哉が話を続ける。

「だから俺は、誰にも頼らずにこの力を御してみせると誓ったんだ。父のような最期を迎えるわけにはいかないと」

 初めて明かされた灯哉の過去に、雪菜は胸が締めつけられる思いがした。強大な力を持って生まれたことも、決して幸福なだけではなかったのだ。

「灯哉様は、おひとりで、ずっと戦ってこられたのですね」
「……おまえにだけは言われたくないな。おまえも似たようなものだろう」

 図星を突かれ、雪菜は思わず苦笑する。

「そう、かもしれません」

 ふたり、それからしばらく無言のまま、祭りで飾られている篝火の爆ぜる音を聞いていた。それは気まずい沈黙ではなく、どこか心地よい静けさだった。
 自分は灯哉といると安心できるのかもしれない――雪菜がそんなことを思い始めたとき。

「……雪菜」

 唐突に灯哉に名前を呼ばれて、雪菜は肩を震わせた。
 そういえば、いつの間にか灯哉は自分のことを〝雪菜〟と名で呼んでくれている。

「この間、おまえが舞で炎を鎮めてくれた時――俺は、その舞を幼い頃にどこかで見たことがある気がしたのだ」

 灯哉がぽつりと零した言葉に、雪菜は首をかしげる。

「わたしの舞を、ですか?」
「……いや、気のせいかもしれん。忘れてくれ」

 灯哉はごまかすように視線を逸らすと、それ以上は語らなかった。けれど雪菜の胸の奥に、なぜか懐かしいような感覚が過ぎった。
 それからふたりの間に会話はなかったけれど――篝火に照らされたお互いの影は、いつしか自然と寄り添うように並んでいた。