白雪の花嫁 ~無能巫女、最強の炎鬼の契約花嫁になる~

 千影の一件から、季節がひとつ巡った。
 雪菜は灯哉と協力し、ふたりの力の調和によって、荒れ果てていた火ノ国の大地には少しずつ緑が戻り始めていた。涸れていた井戸から水が湧き、ひび割れた田畑には青々とした苗が並ぶ。民の顔にも、以前は見られなかった笑みが戻っていた。

「灯哉様、雪菜様! 今年は豊作になりそうです!」

 畑仕事を手伝う老人が、皺だらけの顔をくしゃりと歪めて喜ぶ。その傍らで、灯哉が珍しく穏やかな表情を浮かべていた。

「……おまえが来てから、この国はずいぶん変わった」
「灯哉様のお力があってこそです。わたしひとりでは、ほとんどなにもできませんでした」
「謙遜するな。おまえがいなければ、俺はまだ、誰にも心を開けずにいただろうからな」

 灯哉の言葉に、雪菜の頬がふわりと熱くなる。今の彼はまるで別人のようだった。
 彼が自分に向ける表情も、以前のような仏頂面ではなく、どこか優しく、甘い。
 それに慣れない雪菜がもじもじしていると、灯哉が懐から小箱を取り出した。

「雪菜。……おまえに渡したいものがある」
「……? なんでしょうか」
「正式に、おまえを俺の妻として迎えたい。もちろん政略ではなく、俺自身の意志として」

 灯哉が小箱を開くと、そこには雪の結晶を模した美しい髪飾りが収められていた。

「これは……」
「火ノ国に伝わる、伴侶に贈る品だ。……受け取ってくれるか」

 雪菜は震える手でそれを受け取る。
 柔らかい重みは、確かに彼の愛情と、これからこの国を彼と共に背負う責任を、雪菜に伝えてくれた。
 雪菜はその誓いを胸に、深く頭を下げる。

「はい。喜んで、灯哉様のお側におります」

 季節外れの粉雪が、ふたりの門出を祝うようにちらちらと舞い始めていた。


***

 その後――婚礼の儀を前に、半年ぶりに里を訪れた雪菜は、かつての家族とも過去を乗り越え和解した。
 雪菜は、常世で灯哉の妻として第二の人生を歩むことになったのだ。

 そうして婚礼から幾月か過ぎた、ある穏やかな午後。桔梗に呼ばれ、雪菜が屋敷に向かうと、そこには夕焼けを背にたたずむ灯哉の姿があった。

「お呼びになりましたか、灯哉様」
「……いや、たいしたことじゃない。ただ、おまえとこの景色を見たかっただけだ」

 灯哉はそう言うと、少し照れくさそうに視線を逸らした。
 雪菜は灯哉の隣に立ち、燃えるような夕焼けと、その下に広がる緑豊かな大地を見渡した。かつては赤茶けて渇いていたこの国が、今はこんなにも美しい。

「……わたし、幸せです、灯哉様」
「俺もだ」

 ふたりの手が、自然と重なり合う。

 虐げられていた少女は、もう誰かの評価に怯えることはない。自分自身の足で立ち、大切な居場所を見つけたのだから。

(おわり)