お家を存続させるための結婚です。情はありません!

 昇二はマメな男だった。最初の連絡は、横浜港から出発して二週間あまり。アメリカ・サンフランシスコ港かから「無事着イタ」の電報が松平家に届いたのだ。
「まぁ。海外からの電報は高額なのに」
 美也子よりも先に電報を見ていた母は、自分よりも嬉しそうにはしゃいでいた。
 海外からの電報は、国内で送るものの百倍はする。その金額は、女中一人の月給と同じくらい。つまり、キヨと同等の価値がこの一通に込められている。
 そう考えると、この電報が一気に重苦しいものになる。
 追い打ちをかけるように、最初の便りから一週間後には、船上で書いたと思われる昇二からの手紙がどっさりと届いた。見かけによらず、繊細で柔らかい文字の手紙を読み終える前に、ニューヨークから「目的地着」と電報が届く。 

 大金をかけてまで、連絡をしたい女。

 昇二の真意は不明だ。が、受け取る側にそう思わせる威力があった。
 少なくとも、父母はそう捉えている。現に父は、
「格下の男爵家からの婿取りだったが、過ぎた娘婿だ」
 と、周りに吹聴している。母も繋がりがある華族との茶話会で、似たような話をしている様子だ。
 じわじわと周りから固められている事実に、美也子の気は重くなる。
 昇二の株が上がれば上がるほど、美也子に求められるものが高くなる。完璧な妻になる、と宣言したのだ。約束は守らないといけない。それにしても。 
「中身がない、つまらない手紙なのかしら」
 美也子はため息をついた。昇二の手紙には、ずらりと美辞麗句(びじれいく)が書き記されていた。耳障りのいい言葉を、ただ並べているだけ。
 結びには必ず「次に会える日を楽しみにしている」と記されているが、嘘に決まっている。
 あれだけ冷たい瞳で自分を見下ろす男が、政略結婚する美也子に会う日を待ち望んでいるはずがない。
 こんな内容なら、商談の話でも書いて寄越す方が百倍マシだ。唯一の救いは。
「返信が必要ない、ということですわね」
 どの手紙にも昇二から、返事は不要、と締められていた。ニューヨークを起点として、あちこち移動をしている男だ。宿泊先も毎日のように変えている。
 そろそろ帰路につく頃である。美也子の手紙がアメリカに到着する前に、昇二は日本に帰ってくるだろう。
 昇二が帰ってくれば、結婚式。そして生活が始まる。考えたのだけで、気持ちが沈んでいく。もう一度、深い息を吐いた美也子は、読み終えた手紙を、抽斗の奥にしまい込んだのだった。