お家を存続させるための結婚です。情はありません!

「いいのか。松平の血が途絶えても」
 もっと恐ろしいことを言われると思ったのに。拍子抜けするくらい当たり前のことを確認された美也子も、ようやく胸を撫で下ろして、いつもの無表情に戻った。
「問題ございません」
「血筋は華族様にとって、一番大切なものだろう?」
 昇二の声には、自身の出自を嘲っていた。が、美也子は動じない。淡々と事実を口にするだけ。
「兄が家を捨てた以上、純粋な松平の血筋は既に途絶えていますわ。それに」
「それに?」
「家を存続させるため、というならば、相応の人間を養子に貰えばいいだけ。外でお作りになった子でも、松平の家に相応しいのであれば家督を継がせば良い。わたくしはそう考えています」
「随分、斬新な考えだ。が……」
 昇二は、ニヤリと笑う。
「悪くない」
 そして、胸を見せるように両腕を広げた。その仕草は何かの本に描かれていた、アメリカの有名な大統領が演説の際に腕を大きく広げて、民衆に語りかけている姿に似ていた。
「約束しよう。君に女を求めないし、女子大学校へ通う資金を調達する。その代わり、俺の人生の邪魔はしないで頂くと誓ってもらおうか」
「役に立つ、の言い間違いでは?」
 生意気な言い方だ。だが昇二は問題にしないはず。案の定、彼は笑みを深めただけだった。
「願いを叶えてくださるのなら。わたくしも誓いますわ。あなた様が求める、完璧な正妻で居続けることを」
「大きく出たものだな」
 昇二は面白そうに美也子を見下した。一見すると冷笑に見えるが、目の奥は笑っていた。
(こんな風に笑うことが出来る方……なのですね)
 美也子には、少しだけ意外だった。
 表情筋を動かしているだけの昇二の笑みは、どことなく演じているように見えて、嘘っぽい印象だった。
 しかし、瞳の奥が揺らぐその時だけは、頑なに隠している昇二の心がむき出しになるのだ。
 次男坊としての憤りを見せた際もそうだった。秘めている心の内がチラリと見える度に、昇二が取り繕っている部分を無理やり見せつけられて、美也子は戸惑ってしまう。

 声をかけるべきか、かけないべきか。美也子が悩んでいる間に、昇二はくるりと踵を返した。
「さて、そろそろお暇しよう。明日はまた船の上なんだ」
「今度はどちらまで?」
 問いかけたのは、ほんの気まぐれ。答えなど期待していなかったのに、昇二はわざわざ足を止め、振り返った。
「ニューヨークまで。戻ってくるのは、二か月後だ」
「そうですか。お体にお気をつけて、いってらっしゃいませ」
 美也子が発した一言に、昇二はなぜか、目を大きく見開いた。話の流れで言ったに過ぎない言葉への過剰ともとれる反応に、美也子は驚く。
「わたくし、失礼なことを申し上げましたか?」
「いや……。何でもない」
 昇二は口元を隠すように片手で覆うと、美也子に聞こえるか聞こえないかくらいの声量でポツリと呟いたのだ。
 
「行ってきます」
 と。