お家を存続させるための結婚です。情はありません!

 結婚当初で何も知らない頃だったら、何も感じなかったのに。昇二の生い立ちを知った今の美也子には、胸に迫るものがあった。
「俺が単身外国で暮らし、妻を顧みなければ離縁理由には充分だ。出戻りという汚名は被るが、侯爵家の令嬢だ。子もいないとなると、嫁ぎ先も困らぬはずだ。だから、飾りで良かった。君は師範学校に行きたいという夢を口にしていたし、恋慕している相手もいた。実に都合が良かった」 
 美也子はギョッとする。その気になれば調べるのは容易い。けれど情で繋がっていない昇二が、そこを指摘するとは考えもよらなかったのだ。
「し、昇二様……」
「咎めているわけではないさ」
 変な汗をかいている美也子に、昇二は笑った。
「最初に飾りでいい、と言ったのは俺だ。しかし……」
 昇二は懐に手を入れて、包装紙で包まれた品物をテーブルの上にそっと置いた。
「欲しくなったんだ、美也子が。今だって金春色のリボンを千切り捨てて、これを身に着けて欲しいと願うくらいには、恋慕している」
「え?」
 突然の告白。驚く美也子に、昇二は次々と想いを伝えてくる。 
「一緒に来ないか、アメリカに。彼の国はここより、家に縛られず、自由に生きられる。そこで名実ともに夫婦として生きよう」
 美也子は目を見開いた。唇だけで、なぜ、と呟く。届かないと思ったのに、昇二から応えがあった。
「美也子だけだ。俺を一人の人間として選んだと、断言したのは。その場しのぎだとしても、八つも下の娘に選ばれて、喜ぶくらいには心を動かされた」
「……昇二様」
 昇二の瞳に迷いはなかった。
「いや、その前からだな。没落寸前なのに華族としての矜持を失わないところも。新しい知識を得る度に、目を輝かせているところも。魅力的だった」
 苦笑混じりに呟く昇二に、美也子は言葉が出てこない。分かっているのは、今自分が激しく混乱していることだけ。
 そんな美也子の様子を見ても、昇二の口は止まらなかった。
「将来に迷っているなら、俺も選択肢に入れて欲しい。自分が苦労したんだ。たとえ子を授からなくとも妾は持たない。選んでくれるなら生涯、美也子だけが妻だと誓おう」
「……昇二……様」
「そんな顔をするな」
 昇二は美也子の頬に触れた。手以外で昇二が美也子に触れたのは、初めてのこと。美也子は、固まってなすがままだ。
 
「美也子が、好きだ」
 吐息混じりに吐き出された言葉は、ゆっくりと美也子に染み渡っていくのだった。