港から車に乗った昇二が、美也子を引き連れて訪れたのは、横浜を代表する百貨店である野澤屋呉服店であった。
昨年の九月に新館を開業したばかりの百貨店は、一月の末というのに活気づいていた。
「たまたま船で一緒だった人物の商品が、ここで販売されていると聞いてな。せっかくだから、見に来た」
昇二は新しい商機を見いだしたようで、いつもよりにこやかだ。その顔があまりにも楽しそうで、美也子は自分の悩みをしばし忘れることにした。
「さようですか」
昇二が今回訪れていたのは、頻繁に行き来するアメリカではなく、隣の中華民国だった。珍しい行き先とは思ったが、家業のことには携わっていない美也子は、口を挟むことはない。
ただ、アメリカなら二ヶ月はかかる旅路も、隣国なら十日程で往復出来る事実に驚く。
地図で各国の場所は知ってはいる。が、外国を頻繁に訪れる昇二を間近で見ていると、世界は意外と狭いことを改めて認識するのだ。
いつもならサラリと聞き流すのに、不思議と興味が注がれた美也子は、昇二に問いかけた。
「お話したのは、支那の方?」
珍しく仕事の話に食い付いて来た美也子に、昇二は片眉を上げた。それが驚く時に見せる昇二の表情だと、美也子はもう知っている。
「わたくしがお仕事について尋ねるのは、物珍しいですか?」
追及するような口調になった美也子に、昇二は否定するようにゆっくりと首を振った。
「いや。喜ばしい、と思っただけだ。会ったのは日本人だ。とはいっても、清の頃から中華民国に住んでいるらしいから、日本よりあっちの生活の方が長いと話していたな。……あぁ、ここだ」
婦人売場の片隅。色とりどりの装飾品だった。中でも、深い緑色の翡翠は、一際目を引く。
「素敵ですね」
感嘆の声を漏らした美也子に、昇二はおもむろに尋ねる。
「贈り物をしたい人がいる。……何がいいだろうか」
美也子は、昇二を仰ぎ見る。意図的にしているのだろうか。なぜか昇二は無表情だった。瞳を覗き込もうとして、美也子は止めた。
誰か意中の方がいるのか。そう遠回しに尋ねることになるからだ。
(お妾さんを作って良い、と言ったのは、わたくしの方ですわ。今更……)
美也子は首を振って、気持ちを切り替えると昇二に質問する。
「お相手は、お幾つなのですか」
と。昇二が口にした女性の年齢は、奇しくも美也子と同い年だった。
昨年の九月に新館を開業したばかりの百貨店は、一月の末というのに活気づいていた。
「たまたま船で一緒だった人物の商品が、ここで販売されていると聞いてな。せっかくだから、見に来た」
昇二は新しい商機を見いだしたようで、いつもよりにこやかだ。その顔があまりにも楽しそうで、美也子は自分の悩みをしばし忘れることにした。
「さようですか」
昇二が今回訪れていたのは、頻繁に行き来するアメリカではなく、隣の中華民国だった。珍しい行き先とは思ったが、家業のことには携わっていない美也子は、口を挟むことはない。
ただ、アメリカなら二ヶ月はかかる旅路も、隣国なら十日程で往復出来る事実に驚く。
地図で各国の場所は知ってはいる。が、外国を頻繁に訪れる昇二を間近で見ていると、世界は意外と狭いことを改めて認識するのだ。
いつもならサラリと聞き流すのに、不思議と興味が注がれた美也子は、昇二に問いかけた。
「お話したのは、支那の方?」
珍しく仕事の話に食い付いて来た美也子に、昇二は片眉を上げた。それが驚く時に見せる昇二の表情だと、美也子はもう知っている。
「わたくしがお仕事について尋ねるのは、物珍しいですか?」
追及するような口調になった美也子に、昇二は否定するようにゆっくりと首を振った。
「いや。喜ばしい、と思っただけだ。会ったのは日本人だ。とはいっても、清の頃から中華民国に住んでいるらしいから、日本よりあっちの生活の方が長いと話していたな。……あぁ、ここだ」
婦人売場の片隅。色とりどりの装飾品だった。中でも、深い緑色の翡翠は、一際目を引く。
「素敵ですね」
感嘆の声を漏らした美也子に、昇二はおもむろに尋ねる。
「贈り物をしたい人がいる。……何がいいだろうか」
美也子は、昇二を仰ぎ見る。意図的にしているのだろうか。なぜか昇二は無表情だった。瞳を覗き込もうとして、美也子は止めた。
誰か意中の方がいるのか。そう遠回しに尋ねることになるからだ。
(お妾さんを作って良い、と言ったのは、わたくしの方ですわ。今更……)
美也子は首を振って、気持ちを切り替えると昇二に質問する。
「お相手は、お幾つなのですか」
と。昇二が口にした女性の年齢は、奇しくも美也子と同い年だった。

