お家を存続させるための結婚です。情はありません!

「笑わないでくださいませ。言葉が過ぎてしまっただけなのですから」
 車で爆笑する昇二の横で、美也子は縮こまる。恥ずかしくて、顔から火が出そうだ。年末から新年を迎える準備で、気を休める暇はなかった。疲れてもいた。しかし、一番は。
(わたくしの心が、きちんと定まっていないから。八つ当たりですわ)
 嘘をついたわけではない。が、義兄にあのような無礼を働いたことについては、後悔が押し寄せてくる。
 美也子は、まだ迷っていたのだ。進路について。二月には入学試験が始まるのに。
(わたくしは、未熟過ぎる)
 相手の言い分を受け流すことが出来ず、真っ向から歯向かってしまう。教養が不足しているからだ。
 そんな人間が、人を導く職に相応しいのか。いや、人を導けると思うことが、そもそも傲慢なのではないか。しかし、果たさなければならない約束が……。
「着いたぞ」
 ハッと顔を上げると、門の前だった。先に降りた昇二が、美也子に手を伸ばしていた。
「ありがとうございます」
 車から降りるのを手助けしてもらった美也子は、手を離そうとして。逆に包み込まれた。
「昇二様?」
「悩みがあるなら、力になるぞ。先程の美也子のように出来るかは、保証しないがな」
 昇二には見破られていた。美也子が昇二を馬鹿にする雄一から、自分が悪者になって守ったことを。
 
「庇ったなど。表立って夫が侮辱されたのです。飾りとはいえ妻が、腹を立ててもおかしくはありません。ちなみに……」
「ん?」
「わたくしは昇二様にも怒っています。妻がお義兄様に絡まれているのに助けにも入らず、傍観していたでしょう」
 昇二は、バレていたかというように、表情を緩めた。
「君がどうやって切り抜けるのか、見守っていただけだ」
「それは見守りではありません。悪趣味というのです」
 美也子の言葉に、昇二は苦笑いする。
「悪かった。今度はすぐに駆け付ける」
 昇二の返答を聞いた美也子は、迷った。怒っていることはもう一つある。が、門先でする話ではない。その場に立ち止まった美也子を見て、昇二は屈みこんだ。覗き込むように美也子と視線を合わせた昇二は、驚くほど優しい瞳をしていた。
「なんだ?」
 口調まで、柔らかい。いつの間に、昇二はこんな優しい顔をするようになったのだろう。

 急に昇二が別人のように見えて、美也子はどう反応すればいいかわからない。戸惑う美也子に、昇二はもう一度促してくる。言いあぐねた末、出て来た声は、想像以上に弱々しかった。
「なぜ、出自のことをお伝えしてくださらなかったのですか? わたくしが名ばかりの妻、だから……」
「それは違う!」
 即座に否定した昇二は、一言ずつ噛みしめながら言葉を発した。
「俺の中では当たり前すぎて、誰かに伝えるという発想にならなかったんだ。言ったところで戸籍が変更できるわけでもないし、妾の子だ。仮に俺が長男だとしても、跡継ぎにはなれなかっただろう」
 過去を吹っ切れた様子で話す昇二は、今の美也子には眩しすぎた。
 うだうだと進路で悩んで、挙句の果てに人様に当たり散らす自分が、なんと小さな人間なのか。羞恥心で顔を伏せる美也子に、昇二は笑った。
「家に入ろう。ここは寒い」
 促された美也子は、小さく頷いて昇二の後をおとなしくついていったのだった。