お家を存続させるための結婚です。情はありません!

「昇二!」
「昇二様」
 声を上げたのは、同時。先に文句を口にしたのは、雄一だった。
「なんだ、このエラそうな女は!?」
「俺の妻ですよ」
 昇二は、唇の端に冷笑を浮かべる。小馬鹿にされたと雄一は、ますます激昂した。
「なんだ、その言い草は!? 女一人、従えさせられないのか!?」
「従える? 誰をですか」
「美也子に決まっているだろう!? こんな八つも下の小娘の尻に敷かれて。お前は情けなく思わないのか!?」
 突然始まった兄弟喧嘩。喧嘩というより、雄一が一方的に捲し立てているだけ。美也子は昇二がどう出るか、観察することにした。
「情けないも何も。誰かの命じられた通りに生きるのには、慣れていますから。妾腹ですしね」
「に、してもだ! 男の方が立場は上だろうが!」
「いやいや。侯爵家のご令嬢ですよ。それに彼女は芯がある。俺が命じて素直に言うことを聞くような、旧来依然の女性じゃありません」
 昇二の口調は、美也子を貶すものではなかった。むしろ、褒めるような言い回しだったのに、雄一はそう捉えなかった。
「女一人、従えられないのか!」
 まだ同じことを繰り返すのか。美也子は、呆れながら口を挟んだ。
 
「従う? わたくしが、ですか?」
「当たり前だろう! 女なんだぞ!? 夫に付き従うのが女の役目だ!」
「ならば、鷹司にお返しいたしますわ」
「なっ……」
 雄一が絶句する。横で昇二は笑いを堪えるように、口を押さえた。
「家を守るために、爵位が下の人間を招き入れたことがそもそもの間違いです。兄が家を捨てた。その時点で、爵位を返上すれば良かったのです。地位が無くとも侯爵家だったという誇りは失われません」」
 雄一は何も言わない。昇二はますます肩を震わせる。寒々とした廊下で、美也子は優雅に微笑んだ。
「しかしながら、父は養子を迎え入れて、侯爵の位を守る判断を下しました。ならば、当主である父に従うまで。違いますか」
「いや……その……」
 呆気に取られたように、雄一は声を漏らした。だが、美也子は止まらなかった。
「女といえども、侯爵家の人間です。理由もなく、女だからへりくだれ、という考えには賛同できません。わたくしが殿方を立てるのは、ひとえにその方が尊敬に値するお人柄だからです。もちろん、女性でもその気持ちは変わりません。それがわたくしの……侯爵家の娘としての矜持でございます」
 そして、一呼吸溜めて、言い放った。
「昇二様は数多ある相手から、侯爵家の誇りをもってわたくしが選んだのです。次男で妾腹というのは関係ありません。広い視野を持ち、教養深く、柔軟なお考えをお持ちの昇二様でしたら、松平の矜持を守ってくださる。そう感じたからこそ、わたくしは昇二様にしたのです」
「その……えっと……」
「お義兄様が今の昇二様の姿に思うところがある。それは理解いたしました。つまり、松平家へ不平不満がお有り、という認識ことですわね」
 ぴしゃりと言い切った美也子に、雄一は口をぱくぱくさせた。
「このお話は、父に報告いたします。あとは、当主同士の話し合いにお任せします。その上で、わたくしの態度が不遜であると判断されるなら、叱責は甘んじて受け入れますわ」
 美也子の言葉に、昇二が吹き出す前に。
「昇二様。わたくし、少々気分を害しました。帰りのお車を呼んでくださりますか? お義兄様、申し訳ありませんが、先にご不浄を使わせていただきます」
 きっぱりとした美也子は、颯爽とその場を立ち去った。

 背後から昇二の高らかに笑う声が聞こえてきた瞬間、美也子は顔を真っ赤にしたのだった。