お家を存続させるための結婚です。情はありません!

鷹司(たかつかさ)昇二(しょうじ)です。どうぞ、お見知りおきを」
「松平美也子です。お待たせしてしまい、申し訳ございません」
「構いません。いきなり訪ねたのはこちらですから。顔合わせも無しに結婚するのも無粋かと思いまして。失礼を承知で、待たせていただいていました」
 女学校から帰ってきた美也子を待っていたのは、近い内に夫になる人間だった。既に父同士で話はまとまっている。形ばかりの見合いの席とはいえ、着替える間もなかった。矢絣の着物に袴姿は、見合いの席には相応しくない。昇二が正装である分、美也子の格好は浮いていた。
 だが、昇二は気にしていない。美也子のことなど関心がないのだろう。すぐに視線は父に向けられる。
 突然訪ねて来た昇二を喜んで迎えた父は、いつもより饒舌だった。戸惑いつつも、表面上はにこやかに微笑んでいる母。その隣で美也子は無表情で座っていた。
 
 如才なく父と話している昇二を観察していた美也子は、小さく息を漏らす。
(なんて冷たそうな()をするのかしら)
 答えは一つ。政略結婚だからだ。愛も恋もない、家の存続のための結婚。自分の運命と承知していても、目の当たりにすると胸が苦しくなる。
 家同士の婚姻とはいえ、強く相手から望まれて婚約する方もいるのに。つい、クラスメートの令嬢と比べてしまう。そんなこと、今の自分には高望みだと理解しているのに。 身分差を顧みず、駆け落ちしたキヨが羨ましい。

 つい、物思いに耽っていた美也子は、自分が呼びかけられていることに気づいていなかった。
「……也子さん。美也子!」
「……っ! は、はい!」
 𠮟責交じりの母の声。太ももをぎゅう、とつねられ我に返った美也子は慌てて返事をする。皆が美也子に視線を向けていた。
「学校終わりでお疲れなのでしょう」
「いえ。……申し訳ございません」
 美也子は頭を下げた。見えていないのに、頭上に昇二の視線が注がれるのを感じる。対面していないのに、ひやりと感じるような、冷たい目。
 恐怖を感じてもおかしくないのに、逆に美也子は冷静になっていく。なぜなら、視線が昇二の本音を語っていたからだ。
 美也子に求めるのは松平の名だけ。他は何も求めない、と。父は松平の家を存続させるために、下位の男爵家から婿を取った。
 昇二は婿に入り、松平家を手中に収めるのだろう。美也子は飾りとして、正妻にいるだけでいい。政略結婚だ。愛が生まれることもないだろう。
 ならば、好きにさせてもらう。美也子は、そっと口を開いた。

「もし、よろしければ。鷹司様と二人で話しとうございます」
 母がはしたない、というように「これっ」と小声でたしなめた。だが、昇二の口角は上がっていく。
「もちろんです。夫婦(めおと)になるのです。私からもぜひお願いしたい」
 笑みを浮かべているのに、全く人に興味がなさそうな目だ。美也子の頭はますます冷めていく。と、同時にホッと胸を撫でおろす。ここまで自分に興味がないのなら、夢を諦めなくていい。ずっと昔から、追い求めてきた。華族の娘に相応しくない、夢。
 きっと昇二なら。冷笑して「素敵な夢ですね」と言ってくれるはずだ。