お家を存続させるための結婚です。情はありません!

「松平家のことです。鷹司家には関係ありませんわ」
 きっぱりと拒絶した美也子に、案の定、雄一は怒気を露わにした。
「生意気な女だ!」
 といい、美也子の顎をぐいっと掴んで顔を上げさせた。
「お止めください」
 冷ややかな声で美也子は制すると、雄一の手を払い除けた。その行いが、雄一の怒りに火をつけた。下卑た目つきから、一気に憤怒の表情に変わる雄一を眺めながら、美也子の口は止まらなかった。
「わたくしは昇二様の妻です。触れないでくださいな」
「それがなんだ?」
 雄一は美也子に迫る。
「俺は鷹司の長男だぞ? 次男の嫁は、大人しく言うことを聞けばいいんだ! まぁ本当は、昇二の方が先に生まれたんだがな」
 今初めての事実を知り、美也子は思わず固まってしまった。その隙に、雄一は美也子の腰を抱き寄せる。
「なんだ、知らないのか。妾腹のあいつの方が、俺より数日早く生まれたことを。正しい順番で長男・次男と戸籍を登録していたら、あんたの夫は俺だったわけだ!」
 そう叫ぶ雄一の瞳は酔眼にも関わらず、暗い炎を宿していた。
 
 あぁ、そういうことか。美也子は、やっと腑に落ちた。
 雄一は憎んでいるのだ、昇二を。妾の子のくせに、自分より優秀な弟。どれだけ長男だと威張ろうとも、義母が甘やかそうとも、結局、義父が目をかけているのは昇二なのだ。
 その証拠に、海外での商談は昇二が担っている。松平の婿となり、国内でしか展開していない美也子の父の仕事を引き継いだ今も、昇二が外国を訪れるのは、鷹司の商談を雄一には任せられないからだ。
 本来なら松平の家業に専念すべきなのに。
 昇二は今でも業務提携という形で鷹司の商談をまとめ、報酬を受け取っているのだ。
 それが、ますます雄一を苛立たせてしまう。

 歪んでいる。が、同情はしない。どの家でも自分の思い通りにならないことなど、山のようにあるのだ。
 美也子だってそうだ。兄が出奔したことで婿を取り、松平の家を継いだ。潰れるのを待つだけのところを、すんでのところで救ってもらってよかったな、という者もいたが、家名を守る重荷を知らない人間の言い分だ。
 貧乏だろうが、没落寸前だろうが、松平は侯爵家。見えないところで、負わないといけない義務は多い。お上より爵位を拝命した家の人間の務めであるのだ。
 美也子だって、跡取りの兄がいなくなったことで背負わなければいけない義務は増えた。最たる例が、婿を取ったことだ。だが、文句を言ってどうなるというのか。与えられた環境で生きるしかないのだ。
 それが無理なら、兄のようにすべてを捨てて出奔したらいい。それがいいのか悪いのかはわからないが、筋は通っている。
 雄一のように恵まれた環境なのに、不平不満しか言わない人間は、大嫌いだ。
 
 美也子は微笑んだ。笑っているのに腰を掴んでいた雄一が、一歩引いてしまうくらい、怖い顔だった。
「お義兄様が次男でしたら、わたくしに選ばれたと。そう仰りたいのでしたら、思い上がりも良いところですわ」
「な、何を言っ……」
「昇二様ですから、わたくしは婿に迎えたのですわ。わたくしが上の学校に行くことも、良妻賢母になれないことも飲み込んでくださるので。お義兄様にそれがお出来になるのですか」
「あ……いや」
 案の定だ。美也子が強気に出るだけで、雄一はタジタジとなる。強いものにはこびへつらい、弱い者には強気に出る。典型的な弱い人間である。
 美也子は駄目押しとばかりに、強く言い放った。
「わたくしは貧乏とはいえ、侯爵家の娘です。爵位を振りかざすのは好ましくはありませんが……。男爵家のお義兄様が、指図なさるのですか? わたくしに? 弟の妻だから、と仰って指図を?」
「ひっ……」
 雄一の口から悲鳴のような声が出た時だった。

「兄さん、その辺りにしてください」
 ようやく昇二が割って入ったのだった。