お家を存続させるための結婚です。情はありません!

 鷹司の家は、寒々としている。何度も訪れているのに、美也子はいつもそんな感想を抱いてしまう。
 松平では柔らかい表情を見せる昇二も、鷹司の門をくぐった瞬間、冷酷な顔になる。
 厳しい顔をしている昇二の横で、妻が粗相する訳にはいかない。美也子も、一段と気を引き締めるのだった。

「明けましておめでとうございます」
 美也子は、まず義父母に向かって三つ指をついた。おめでとう、と声をかけられたのを合図に顔を上げた美也子は、体を少し動かし義兄の雄一(ゆういち)にも頭を下げた。
「お義兄様も、明けましておめでとうございます」
「ああ」
 雄一の返答はそれだけだった。義父は、おめでとうと、言い添えたのに。
 正妻である義母との間に生まれた雄一は、昇二と同じ二十五歳。なのに、あからさまに昇二を見下している。美也子でも、感じ取れるのだ。敷地内の別宅に住んでいたとはいえ、妾の子である昇二にとっては、居心地がいい環境ではなかったのだろう。
 しかし、同情心はない。時代は変わっているとはいえ、長男が優遇されるのはどの家も同じだ。年が同じのそれも男性同士、というのは常に比較されて不幸とは思うが、せいぜいそれだけ。美也子が抱くのは。
(相変わらず、嫌な目つきですわね)
 美也子は雄一に気付かれないように、そっと息をつく。上から下まで、睨め回すように自分を見てくる雄一の目には、いつも嫌悪感が走る。美也子は悟られないように義兄に微笑むと、義父母の方へ再度向き合った。
 一刻も早く、家に帰りたいと願いながら。 
 ※
「あー、美也子って言ったか」
 暗い廊下で後ろから呼びかけられた美也子は、ドキリとする。振り向いた先には思った通り、雄一が立っていた。
 新年の挨拶に訪れる鷹司の親類や知人の接待が終わり、ご不浄に立った美也子を追いかけて来た雄一は、完全に酔っ払っていた。
 
 酒が過ぎている、と雄一を窘める人間は、鷹司にはいなかった。
 雄一の妻である義姉は、出産のために実家へ戻っているし、何故か義父は雄一に甘い。雄一に、というより、常に義母に気を遣っているのだ。
 来訪者の前でも、昇二を下に見る態度でいる雄一に、妻としては腹立たしくて仕方なかった。
 だが卒なく挨拶をし接待する昇二に、美也子も妻として従うしかなかった。
(二日で良かったわ。今日が元旦で、もっと来訪者が多ければ、確実に我慢ができませんでした)
 半ばイライラしながら歩いていた時に、原因の雄一に呼び止められたのだ。これほど不快なことはない。が、美也子は令嬢だった。
 
「お義兄様も、ご不浄ですか。お先にどうぞ」
 心の内を隠すなど造作もない。美也子は廊下の端に寄り、雄一に譲った。だが、雄一は何故か美也子に近寄ってくるではないか。
「お義兄様? 酔われたのですか!?」
  強い声になったのは、警戒心と嫌悪感から。雄一は先程よりも欲望を露わにした目で、美也子の前に立ち塞がった。
「侯爵家というのが鼻につくが。若いし、見た目だけは悪くない。昇二には勿体ないくらいだ」
 ゾワッと肌が粟立(あわだ)った。美也子は、早口で「ありがとうございます」とだけ告げ、目を伏せた。なのに、雄一は絡んでくる。
「結婚したのに、まだ女学校に通っているんだって? それに上の学校に行きたいらしいじゃないか。女は家庭を守るものだろう?」
 雄一もか。美也子は思わず眉間に皺を寄せる。表面を取り繕い、サラリと水に流す。それが華族の妻に求められる要素だということは、重々承知している。
 しかし、上の学校に行くのは、結婚の条件で提示していたこと。雄一が口出ししてくることではない。

 何故なら、昇二は松平家の婿。よその家のことに口出し、偉そうに考えを振りかざしてくる雄一に美也子は腹が立つ。
(昇二様は柔軟なお考えですのに、お義兄様は頭が固いわ。だから、凡人なのですね)
 胸の内で呟いたつもりだったのに。昨日は松平家での接待、今日は鷹司で朝から遅くまで来客の相手で疲れていた美也子は、感情を上手く隠せなかったようだ。
 ただでさえ、負の感情は相手に伝わりやすい。口に出していないのに、言いたいことは如実に伝わってしまった。
「なんだ、その目は!?」
 怒号が飛んでくる。だが美也子の頭は逆に、どんどん冷めてくる。と、その時、暗い廊下の隅で動く影があった。
 美也子には、誰かすぐに分かった。いざとなったら、彼が止めに入ることも。ならば、敢えて吹っ掛けてみよう。
 美也子は視線を上げ、睨むような目つきで雄一を見据えて、言い放った。