お家を存続させるための結婚です。情はありません!

 失礼なことを言ったつもりはなかった。声こそ小さくなったが、昇二の笑いは止まらなかった。
(さすがに、不快ですわね)
 美也子は少しだけ眉を寄せた。美也子の表情の変化には気づいているだろうに、昇二はまだ、腹を抱えて笑っている。
 不穏な空気を察したウエーターに向けて微笑んだ美也子は、珈琲のお代わりを注文した。今度は苦みが少ないもの、と言い添え、ついでに昇二の分も頼む。
 ウエーターが新しいカップを持ってきてもまだ、昇二は肩を震わせていた。これだけ笑われているのだ。文句の一つや二つ、言っても罰は当たらないだろう。
「外の世界をご存じなのに、随分と保守的なお考えをお持ちなのですね」
 たっぷりと嫌味を含ませる。昇二はまだ口角が緩んでいたが、声を抑えることはできたようだ。手で口元を隠しながら、美也子をじっと見つめる。
 ようやくこちらを見た昇二に、美也子は決定的な言葉を口にした。
「昇二様が松平(わたくし)の人脈を使うのでしたら。わたくしも同じように鷹司の人脈を使わせていただきます。気に入らないようでしたら、いつでも結婚を止めていただいて構いません」

 つん、と告げる美也子に、再び笑いが込み上げて来たのか、昇二は小さく息を漏らす。誤魔化すように咳払いをし、鉄の意志で呼吸を整えた昇二が問いかけた。
宗秩寮(そうちつりょう)の許可が出ているのに?」
 宗秩寮とは、宮内省にある華族の事務手続きを担う部署のことである。家督を継ぐ際や、婚姻をする際は、宗秩寮の許可が必要だ。
 兄が家督を継がないことも、美也子が婿を取ることも既に宗秩寮へ報告し、許可を得ている。
 昇二と結婚後、書類を提出するだけである。
「問題ありません。許可を得ているだけで、まだ書類を出したわけではありませんから。お気に召さないようでしたら、正式な関係を結ぶ前に断ってくださいまし。……父からは叱られるでしょうが」
 それまでとは一転、弱々しく添えられた言葉。前半の気の強さとの差が激しすぎて、昇二は美也子をじっと見つめた。
「な、何か?」
 鋭すぎる眼光で射抜かれた美也子は、カップに伸ばした手を止め、昇二を見つめ返した。
「いや。……どれが本当の君なのか、わからないと思ってな」
「知る必要はありますか?」
 即答した美也子に、昇二は目を見張った。
「政略結婚です。人柄まで知る必要はありますか?」
「いや。だが、共に生活をしていくんだ。知っておくに越したことはないだろう」
 その言葉を発した瞬間、昇二が舌打ちをした。顔もわかりやすく歪んでいる。サラリと流すのが正解だ。わかっていたが、美也子は突っ込まずにはいられなかった。
「まさか昇二様の方から、そのようにお声をかけていただくとは、思ってもいませんでした」
 もう一度、ちっ、と舌打ちをすると、昇二はわざとらしく頬杖をついて窓の外に視線を向けた。
(ふてくされている子どものようだわ)
 初めて見る昇二の表情に、美也子は顔を伏せながら静かに笑ったのだった。