お家を存続させるための結婚です。情はありません!

 冷たすぎて、他者を拒絶する瞳。今もそうだ。口では笑いながら、目の奥は驚くほど冷ややかだ。不躾な瞳は、初対面の時から変わらない。たまに不安定に揺らいで本心を覗かせる昇二のことが気にならないか、と聞かれると悩ましいが、所詮は利害で縁を結ぶことになった関係でしかない。
「して、お話とは?」
「何も。とりあえず帰国したので、婚約者殿に会っておいた方がいい、と判断しただけだ」
 つまり。
performanc(パフォーマンス)、ということですわね」
 覚えたばかりの単語だが、上手く発音出来た。昇二は冷ややかな笑みで珈琲を啜る。
「兄が出奔したと聞いた時は、どんな地雷を押し付けられるのかと戦々恐々したが、杞憂だったようだな」
「辛辣なお言葉ですわね。事実ですが」
 美也子は、敢えて淡々とした口調で答えた。昇二の手の内は見えている。
 わざと怒らせて、美也子の反応を見ているのだ。その手には乗らない。美也子は平然と見せかけながら、カップを持ち上げた。
 やはり苦い。次に来る時には違うものを頼もう。そう決意しながら、美也子は昇二に斬り込んだ。
「そんなことをしなくても、既に下準備は万全じゃありませんか?」
「と、言うと?」
「海外からのお手紙作戦。父母にはとても効果的でしたよ」
 昇二の笑みが冷笑から愉快なものに変わっていく。美也子は昇二のどんな表情も見落とさないと、目線を定めたままだ。
「作戦とは心外だな。一つ一つ心を込めて、したためたのに」
「心を込めた結果が、あのような中身がない内容でしたのね」
 昇二の瞳が揺れた。初めて美也子を眼中に入れたかのように、驚きと喜びが混じっている表情だ。
「変だな。女性が喜びそうな台詞を並べたのだが……」
「必要ありません」
 ぴしゃりと言い捨てた。
「わたくしたちの間には、情は不要です。歯の浮くような言葉を寄越すくらいでしたら、商談の話でも書いてくださらない?」
 くっく、と笑いを零した昇二は、ふと表情を引き締めた。
「君への無用なアピールは不要。それでよろしいか?」
「ええ。そうしていただけると、無駄がなくて助かります」
 美也子の返答は、昇二のお気に召したようだ。満足そうに頷いて、「肝に銘じよう」と請け負った。
 昇二が頷くのを確認した美也子は、今だ、とばかりに口火を切った。
「それと、もう一つ」
「なんだ?」
 美也子は一拍だけ間を置くと、淡々とした口調のまま要望を口にした。
「やはりわたくしは、師範学校を目指します」
「なぜだ?」
 やはり、昇二は何もわかっていない。いや、思いもよらないのだろう。あの時、美也子がなぜ、()()()()()と口にしたのかを。
「女子大学校を出た後、お給金をいただける仕事につける確率はどれくらいでしょうか」
 虚を突かれた表情をする昇二に、美也子は言葉を重ねた。
「わたくしが進学を望んでいるのは、働いてお給金をいただくことが目的です。そう考えると、女子大学校よりも、師範学校の方が適切です。進学費用も、お返ししなければなりませんし」
「金の心配なら無用だ」
 さすがの昇二も、むっとしたようだ。苛立ちを隠さず、美也子を見据えてくる。射抜くような昇二の視線を、美也子は正面から受け止めながら、口を開いた。 
「あなた様の()()()()()にはなります。しかし、借りは作るつもりはありません」
「借り! 君は夫が妻に出す進学費用を、借金とでもいうのか」
 嘲るような昇二の言葉に、美也子は淡々と答える。
「さようです。そもそも、この結婚自体が松平家への金銭援助です。さすがに家業の借金は、わたくしの身一つでまかないきれません。しかし、自身のわがままで進学する費用は、きちんとお返しいたします」
 きっぱりと言い切る美也子に、昇二はどんどん冷徹な表情になっていく。