昇二が連れて来たのは銀座のカフェーだった。学校近くのカフェーに足を運んだことはあっても、銀座は初めてだ。
(ここが、あの有名なカフェー・パウリスタ……)
誰もが知る有名店に訪れた美也子の胸は熱くなる。が、目の前にいるのは昇二。感激している姿など、絶対に見せたくない。美也子は口角が上がるのを必死に抑え、無表情を決め込もうとする。が、無駄だった。
店も座席もウエーターも、客として訪れる人々も。どれもが美也子には新鮮で、目で追ってしまう。向かいに座っている昇二が笑いをかみ殺している姿が見えても、美也子はきょろきょろするのを止められなかった。
「随分、楽しそうだな」
ようやく口を挟んだ昇二に美也子が赤面した時、ウエーターが珈琲とドーナツを運んで来た。
「勝手に注文しておいた」
言葉遣いがぞんざいになっているが無礼に聞こえないのは、昇二も男爵家で育った人間だからだ。雑な口調だが、相手への敬意を忘れることはない。だからこそ、美也子も大人しくついてきたのだ。弁えている人間の前で、礼を失するわけにはいかない。
「……ありがとうございます」
感謝の言葉を発した自分の声は、消えそうに小さかった。しまった、と思った時にはもう、昇二は噴き出した後だった。今から澄ましても格好つかない。それでも美也子は、素知らぬ顔をするしかなかった。
カップを取り、珈琲を飲む。やけに苦く感じるのは、飲み慣れていないからか。いつもならミルクを入れるが、昇二の前でそれをするのは癪だ。美也子は我慢した。
「ブラック派か」
「ええ」
自然に答えたつもりなのに、昇二は何故か笑いを噛み殺している。腹が立って仕方ない。昇二といると調子が狂う。華族としての教育は受けている。取り繕うことなど、造作もないことなのに。
(昇二様の瞳のせいだわ)
(ここが、あの有名なカフェー・パウリスタ……)
誰もが知る有名店に訪れた美也子の胸は熱くなる。が、目の前にいるのは昇二。感激している姿など、絶対に見せたくない。美也子は口角が上がるのを必死に抑え、無表情を決め込もうとする。が、無駄だった。
店も座席もウエーターも、客として訪れる人々も。どれもが美也子には新鮮で、目で追ってしまう。向かいに座っている昇二が笑いをかみ殺している姿が見えても、美也子はきょろきょろするのを止められなかった。
「随分、楽しそうだな」
ようやく口を挟んだ昇二に美也子が赤面した時、ウエーターが珈琲とドーナツを運んで来た。
「勝手に注文しておいた」
言葉遣いがぞんざいになっているが無礼に聞こえないのは、昇二も男爵家で育った人間だからだ。雑な口調だが、相手への敬意を忘れることはない。だからこそ、美也子も大人しくついてきたのだ。弁えている人間の前で、礼を失するわけにはいかない。
「……ありがとうございます」
感謝の言葉を発した自分の声は、消えそうに小さかった。しまった、と思った時にはもう、昇二は噴き出した後だった。今から澄ましても格好つかない。それでも美也子は、素知らぬ顔をするしかなかった。
カップを取り、珈琲を飲む。やけに苦く感じるのは、飲み慣れていないからか。いつもならミルクを入れるが、昇二の前でそれをするのは癪だ。美也子は我慢した。
「ブラック派か」
「ええ」
自然に答えたつもりなのに、昇二は何故か笑いを噛み殺している。腹が立って仕方ない。昇二といると調子が狂う。華族としての教育は受けている。取り繕うことなど、造作もないことなのに。
(昇二様の瞳のせいだわ)

