お家を存続させるための結婚です。情はありません!

「美也子さん」
 咄嗟に視線はそらした美也子だったが、声をかけられた以上、無視する訳にはいかない。美也子はしぶしぶ、昇二を見上げた。
「昇二様。お戻りになっていたのですね」
「ええ。今朝、港に到着したばかりです」
「ご無事でなによりです。それでは」
 失礼します、と美也子が続けるより先に、昇二が誘ってくる方が早かった。 
「美也子さん。時間ありますか?」
「ありません」
 断った美也子に、驚いたのは周りの方。中でも隣に立っている千代が一番、驚愕している。いつもの美也子であれば、もっと角が立たない言い方をする。
 それでも美也子は、昇二に取り繕うのは嫌だった。静まり返った空気の中で、美也子の声が響く。
「これから友人の家で勉強をするのです。昇二様もお疲れでしょう。また、別日に……。いえ、結婚後でしたら、時間は余るほどございます。急ぎでないなら、松平の家に入った後、じっくりお話いたしましょう」
 取り付く島もない返答だ。周りが息を飲む音が聞こえてくる。この場で動じていないのは、昇二だけだった。
「急ぎ、と言ったら?」
「今日は先約がございます。改めてください」
 きっぱりと言い切った美也子の袖を引っ張ったのは、千代だった。
「美也子、私は明日でもいいからさ。……婚約者なんでしょう?」
 小声だったが周りが静かな分、千代の声はやけに響いた。周囲から「あの方が、鷹司家の?」だの「ハンサムな方」という言葉がひそひそと飛び交う。
 年頃の娘だ。小さな声で話しているつもりでも、集団になると、それなりの音量になる。大きくなるざわめきに、美也子が一瞬、尻込みした瞬間。
「ご友人もこう仰っているんだ。今は俺に時間をいただけますか?」
 丁重に依頼をしているが、これは命令だ。美也子は差し出された昇二の手を握り締めるしかなかった。グイっと引っ張られ、足がもつれる。
「千代、ごめんなさい!」
 何とかそれだけを言い残し、美也子は昇二の後ろを小走りでついていくのだった。