あなたは華族の娘です。それも侯爵家の。人一倍、周りの目を気にしなさい。
それが、松平美也子の母の口癖である。
(華族と言いましても、没落寸前ですのに)
美也子は女学校に向かいながら、心の中で嘆息した。二週間ぶりの登校なのに気分が上がらないのは、常に側にいた女中のキヨがいないからだ。キヨは美也子の兄と駆け落ちをした。
気が弱くてお人好しの兄に、そんな度胸があったなんて。美也子は未だに信じられない。家柄が違う兄とキヨが結ばれるためには、この方法しかなかったこともわかるそれでも。
(嫁ぐはずのわたくしが、婿を取るなど……)
たった二週間で美也子の置かれた環境は激変していた。女学校を卒業したら、しかるべき家へ嫁に行く。それが、美也子の運命であった。
せめて女学校を卒業させてほしい。嘆願する娘かわいさに見合い話を全て保留にしていた父も、悠長なことを言っている場合ではなかった。
跡継ぎがいなくなった家を存続するために、父がまとめてきた縁談相手は、格下である男爵家の次男だった。
事業で失敗し、誇れるものは家柄だけの松平家。父母はひた隠しにしているが、莫大な借金があることも知っている。
身にそぐわない家。無理して通わせてもらっている女学校。どれだけ表を取り繕っても、使用人はもう数えるほどしか残っていないし、新たな着物を新調する金銭もない。
跡継ぎが逃げ出すほどの家なのだ。婿養子に来れば、間違いなく婚家の借金を背負うことになる。まともな家柄のご子息なら、美也子など相手にしない。彼らと結婚を望むご令嬢は数多いるのだから。
まだ女学生の美也子にも、松平家が置かれている状況は充分理解している。そもそも、恋に落ちて結婚するなど、小説の中の話だ。華族の自分が好いた相手と一緒になれるなど、夢物語である。
(華族の務めより、恋を選んだ兄様が羨ましい。とはいえ、両親を見捨てることはできませんわ)
兄も美也子の性格を熟知していたはずだ。自分がいなくなれば美也子が夢を諦めて、家に尽くすことを。今の松平家にとっては、いくら格下とはいえ、婿に来てくれる人間がいるだけでありがたいのだ。ありがたいはずなのに。
「旦那様も何故、こんな縁談を……」
母の愚痴を聞くと、美也子は言い表せない複雑な気持ちを抱いてしまうのだった。
それが、松平美也子の母の口癖である。
(華族と言いましても、没落寸前ですのに)
美也子は女学校に向かいながら、心の中で嘆息した。二週間ぶりの登校なのに気分が上がらないのは、常に側にいた女中のキヨがいないからだ。キヨは美也子の兄と駆け落ちをした。
気が弱くてお人好しの兄に、そんな度胸があったなんて。美也子は未だに信じられない。家柄が違う兄とキヨが結ばれるためには、この方法しかなかったこともわかるそれでも。
(嫁ぐはずのわたくしが、婿を取るなど……)
たった二週間で美也子の置かれた環境は激変していた。女学校を卒業したら、しかるべき家へ嫁に行く。それが、美也子の運命であった。
せめて女学校を卒業させてほしい。嘆願する娘かわいさに見合い話を全て保留にしていた父も、悠長なことを言っている場合ではなかった。
跡継ぎがいなくなった家を存続するために、父がまとめてきた縁談相手は、格下である男爵家の次男だった。
事業で失敗し、誇れるものは家柄だけの松平家。父母はひた隠しにしているが、莫大な借金があることも知っている。
身にそぐわない家。無理して通わせてもらっている女学校。どれだけ表を取り繕っても、使用人はもう数えるほどしか残っていないし、新たな着物を新調する金銭もない。
跡継ぎが逃げ出すほどの家なのだ。婿養子に来れば、間違いなく婚家の借金を背負うことになる。まともな家柄のご子息なら、美也子など相手にしない。彼らと結婚を望むご令嬢は数多いるのだから。
まだ女学生の美也子にも、松平家が置かれている状況は充分理解している。そもそも、恋に落ちて結婚するなど、小説の中の話だ。華族の自分が好いた相手と一緒になれるなど、夢物語である。
(華族の務めより、恋を選んだ兄様が羨ましい。とはいえ、両親を見捨てることはできませんわ)
兄も美也子の性格を熟知していたはずだ。自分がいなくなれば美也子が夢を諦めて、家に尽くすことを。今の松平家にとっては、いくら格下とはいえ、婿に来てくれる人間がいるだけでありがたいのだ。ありがたいはずなのに。
「旦那様も何故、こんな縁談を……」
母の愚痴を聞くと、美也子は言い表せない複雑な気持ちを抱いてしまうのだった。

