「サー、あんまり食ったら、昼飯がはいんなくなっちゃうよ」
人形焼き、きび団子に次いで、揚げ餅を頬張ったばかりなのに、サーの手にはもうアイス最中が収まっている。
白くて薄い最中の皮に、抹茶アイスを挟んだそれへ鼻を寄せ、くんくんと嗅いでから、ハンバーガーみたいにかぶりついた。
「あっ、サー! あーあ」
サーの唇に最中の白い表面がペタッと張りついてしまった。
サーが「なにこれ」と一颯を見てきたので、一颯は唇を舐めまわしなと、ジェスチャーで教えた。サーは罠だと言いたげに悪役めいた顔を作って唇をきれいにした。
サーが雷門でサングラスを外してから、男女問わず、通りすがりの視線が自分たち─いや、サーに寄せられている。
だが、待ち合わせの駅でサーが女性たちに囲まれた、あのとき以降、ルックスの良さに魅せられて寄ってくる人間はいなかった。
サーほどの美貌なら、容姿が誘蛾灯のごとく作用して、待ち合わせの駅のような制御不能な事態が何度起きてもおかしくない。
それが一度きりなのが不可解だ。
サー自身がそういう事態を未然に防いでいるとしか考えられないのだが、彼は他人を牽制するような素振りは一切していない。
サーの目つきがきついからか。それとも観光客たちに明確な予定があるからわき目も振らないのか──いや、わき目は振っている。
他人に干渉されないことが、うらやましい。それが技術ならぜひとも身につけたい。
上目遣いでサーと目を合わせ、前歯でアイス最中を噛みちぎった。一颯の最中はミルク味だ。
甘いくちどけを楽しみながら咀嚼していると、サーに「そういう食べ方があるならさきに実演しとけ」と恨めしげな視線で刺された。
美形は、不機嫌にしていても魅力的だ。
「サーは不思議だな……」
「Fischig(フィシヒ)? Du nennst mich fischig?」(胡散臭い? 俺が胡散臭いだって?)
サーはなにを聞き間違ったのか、売店の窓ガラスに映る自分をじっと観察したあと、首を傾げながら目で確認してくる。
ハイセンスハンサムには一片の陰りもない。親指を立てて、大丈夫だとジェスチャーで示せば、サーは同じくグッドの手を作って、「You’ve got it wrong.」(おまえの勘違いだ)と言い、一颯の親指の腹に捺印した。力が強くて、親指の付け根が外側に折れるかと思った。
サーは、近寄りがたい態度を作っているのではなく、自分を磨いて、隙を埋め、格の違いを空気で伝えているのだろう。
もし自分がサーに並び立てるようになったなら、と想像してみた。
告白される回数が減り、相手が傷つくとわかっていながら、冷徹に振る舞う必要がなくなり、無関係の人間の義憤を買うこともなくなる。理想的な、調和のとれた高校生活がイメージできた。
──ままあ、僕には無理だけど。
もともとの素材が、サーの半分にも届かないから、磨いたところで光ると思えない。
とはいえ、筋肉や姿勢、衣服、小物、髪型などから構成される外見が、防具にも化けることは理解できたし、サーが高級な腕時計をつけていることにも納得できた。
サーはただのナルシストじゃないなと、心中で頷く。
一颯は、サーに届かなくても、自分のために努力しようと思った。
保身のためにサッカーを諦め、趣味を共有する相手ももたず、私生活を小さく畳んでいたけれど、もともとなにかに熱中するポテンシャルは高いほうだった。
そろそろ手足を自由に伸ばさないと、自分の長所まで縮こまって、なくなってしまいそうだ。
手始めに走り込みかなと考えつつ、アイス最中を口の中に押し込んだ。
サーの近くにいるかぎり、一颯は引き立て役の日本人。
サーの傘に入れてもらっていると思うと、気が楽だ。
「What is that?」(なにあれ)
くぐもった声で言われて、サーの視線の先を見た。
タコ焼き屋だ。言葉で説明しきれないのを承知で「なに」と訊いてきたのだからもちろん「つぎはあれ食べる」との仰せに相違ない。
右手を取られて、店舗前へ行けば、ソースと鰹節と青のりがたっぷりと混じり合ったにおいが、ほわほわと漂ってきた。
ジャパニーズソウルB級フードの筆頭にふさわしい、強烈な誘惑だ。
甘味が続いていたから、そろそろ腹に溜まるものが恋しかったし、昼はもんじゃ焼きを予定していたけれど、タコ焼きも所属は粉もの。なによりサーに辛抱はさせられない。
海外ではタコを食べる習慣がない国もあると思い出して
「オクトパス、オッケー?」
と聞いた。
サーはねじり鉢巻きをつけたタコのイラストを見つけるなり、わなわなと震え、青ざめた。
「Hä? Ihr steckt dieses Ungeheuer in Teig? Weil ihr euch davor ekelt, es einfach so zu essen, versteckt ihr es im Teig, oder? Dass ihr Japaner so weit geht, nur um Oktopus zu essen … euer Appetit ist wirklich nicht normal.」(はぁ? この怪物を生地に入れてるのかよ? そのまま食べるのは気持ち悪いから、生地の中に隠してるんだろ? そこまでしてタコを食うとか……日本人の食欲、本当に普通じゃないな)
「ゼロ・オクトパスな! ラジャー!」
タコに怯えていることだけはわかって食い気味に敬礼した。一颯がタコを食べてもドン引きしそうだから、自分のぶんも抜きだ。赤い庇テントの下に立つと、タコ焼き台の熱が一颯に擦り寄ってきた。
「らっしゃい。タコ抜きのがよさそうね」
真っ白なタオルを頭に巻いた男性の店員がニカッと笑った。こちらの様子を見ていたらしい。
「すみません、タコ抜きで、二舟お願いします」
「はーい。あ、表向きはやってないんだけどー、カップルでタコ抜きんときは、二〇〇円引きしてますー」
「へ?」
「おにーちゃんたち、つきあってるんだよね?」
「え? えッ⁉ 違います!」
サーが後ろから「Did he just call us a couple?」(今、俺たちをカップルだって言ったか?)とつついてくる。焦った一颯は一瞬振り返って「しゃらっぷ!」と𠮟りつけ、面食らったサーがむっと口を噤んだ。
「この人とは今朝会ったばかりですし、観光案内を頼まれて、連れて回ってるだけなんです! 手は……手、手を繋いでるのは、この人がこうしてないと歩かないからで……!」
「さっき、アイス最中食べてたじゃん? そっちのおにーちゃんが君の手を掴みにいってたの、たまたま見えちゃったんだけどなー?」
「マジ違うんで! カップル割は、ナシでお会計お願いします!」
店員は笑いながら、がっちりとサーに掴まれている手をチラ見し、手の甲で顎の汗を拭った。
「ふ~ぅ~ん、デート割で二〇〇円引いとくね~」
「だ、だ、だからデートでもないんですけどッ」
支払うために放された手がいやに熱くて、湿っぽい。
結局割引に甘えたのだが、どうせならタコ抜き割という名前にしてほしかった。
焼き上がりまで十分ほどかかると言われ、店先にある竹製の縁台に腰を下ろした。
縁台が低くて、三角座りみたいに脚が余る。サーは左足を上にして、するっと脚を組むと、しばらく移動しないのに何食わぬ顔で一颯の右手を握ってきた。
一颯が怪訝に見返せば、サーは何が不服だと言わんばかりに下唇を突き出した。
一颯は繋がれた手を見て、「これだよ」と目で訴える。サーがああなるほどと言うように、くりかえし頷いたから、手を放すのかと思えば、逆に指の間に指を差し込まれ、ぎゅっと握られた。
持ち上げて、揺らしてみても握力が強くてほどけない。
組み合わさった手は、閉じたシャコ貝に似ていた。
「……どういうつもりなんだよ……もう。置き去りにするとでも思ってんの? 前払いぶん、ちゃんと付き合うってば」
一颯は利き手が不便ながら、スマホを膝に置いた。左手でタップする。伯母のチャットにはやはり新着のメッセージがなかった。
仕事以外のことにはものぐさすぎる。ドイツ人の友人に対しても、音信不通なのだろうか。
参ったなあと嘆息すると、横で金属を弾いたような音が鳴った。
サーのスマホに着信だ。サーは梅干しを噛んだみたいな顔をしつつ、コールに応じた。
「Was gibt es, Vater?」(何の用だ、父さん)
「Wo bist du, Matthias?」(どこにいる? マティアス)
「In Japan. Ich mache brav Sightseeing, wie befohlen. Und jetzt soll ich Takoyaki essen」(日本だよ、言われたとおり観光してるけど? これからタコヤキを食べる)
「Was soll diese Sorglosigkeit? Warum hast du nicht am vereinbarten Ort gewartet?」(何を能天気に。なぜ約束の場所で待機しなかった?)
「Habe ich doch」(したさ)
「Der Sohn von Herrn Samejima kam wegen einer Zugverspätung zu spät. Hättest du Herrn Samejima gestern in Haneda deine Kontaktdaten gegeben, wäre es gar nicht erst so weit gekommen.」(鮫島君の息子が遅れたのは電車の遅延が原因だ。おまえが昨日、羽田で鮫島君に連絡先を教えていれば、そもそもこんなことにはならなかった。)
「Wie bitte? Ich bin gerade mit genau diesem Sohn unterwegs.」(は? その息子といるんだが?)
「Rede keinen Unsinn, Matthias. Herr Samejima hat mich informiert, dass es zu einer Verwechslung gekommen ist und sein Sohn dich nicht getroffen hat」(馬鹿を言うな。鮫島くんから行き違いがあって、息子がおまえと会えていないと聞いたぞ)
通話相手の声は、サーの声に似ていた。家族かなと思いつつ、早口の外国語を聞いていると、サーが首を傾げながら眉根を寄せ、一颯を見てきた。瞳が、なにかを探すように揺れている。
「Wie bitte? Eine Verwechslung? Was macht Isa dann hier?」(まさか、ひと違い? じゃあイサはなんで?)
「Isa? Von wem redest du?」(イサ? 誰の話をしている?)
「僕の話をしてるの?」
焼き上がったよと声がかかった。サーは日本語がわからないはずだが、耳の端で声を拾っていたのか、ごねずに手を放した。タコ焼きを受け取りに行っている間も応酬は続いている。
心なしかサーの声がトゲトゲしていた。
「Ach, den habe ich aufgerissen. Eine schlanke Schönheit mit schwarzem Haar und schwarzen Augen」(あー、ナンパしたんだ。黒髪に黒い目のスレンダー美人だよ)
「Lass dich nicht mit irgendeinem dahergelaufenen Menschen ein, von dem du nicht einmal weißt, wer er ist. Herr Samejima und ich sind mitten in einer wichtigen Besprechung. Ich habe dem Sohn von Herrn Samejima deine Kontaktdaten gegeben, also kümmere dich jetzt ordentlich um ihn.」(どこの馬の骨かもわからない人間と関わるんじゃない。鮫島君も私も大切な会議の最中だ。鮫島君の息子に連絡先を教えたからきっちり対応しろ)
「Kommt nicht infrage. Wenn er jetzt noch auftaucht, stört er nur!」(お断りだ。いまさら来られても迷惑だ!)
サーは大きな声で言うなり、虫を潰すような強さで画面を押した。
通話の鬱憤を晴らすように鼻を鳴らしている。気安そうな相手との口喧嘩だったから、通話相手は父親だったのかもしれない。
一颯は紙コップのお茶も買い、タコ焼きといっしょにトレーに乗せて運び、ふたりの間に置いた。サーの気を紛らわせようとして、自分の舟を持ち上げ、湯気に踊る鰹節をサーに見せつつ「アライブ! じゃなくて、踊り食いだったら……ダンシング・イーティング、かな?」
サーは意味がわからないと言いたげに頭を振った。
「Du bist also gar nicht Samejima. … Kein Wunder, dass mein Plan nicht funktioniert hat, einem Kerl auf die Pelle zu rücken, bis er die Flucht ergreift」(おまえ、鮫島じゃないんだな。……男相手にべたべたして、ドン引きさせてやろうって作戦が通じないわけだ)
「だからぁ、サー、言いたいことはスマホで翻訳してくれよ。てか、食べな」
一颯は、爪楊枝でタコ焼きを割りながら、はたと思い出した。アイス最中のときに下手な食べ方をしたから、一颯が手本を見せるのを待っているのか。
「サー。あつあつのタコ焼きをまるごとパクついたら、絶対口ん中火傷するからこうして、タコ焼きを爪楊枝で裂いて……ふーふーして……」と説明するが、サーがしかめっ面をした。
せっかくまん丸に焼き上がったものを、わざわざ崩すのが気に入らないのかもしれない。
「Why are you with me, Isa?」(イサ、どうして俺と一緒にいる?)
サーの声は、さっきまでより少し低く、念押ししているようだった。
聞き取ろうとしたが、一颯にわかったのはホワイとイサのみ。
なぜと言われても、見てのとおり熱々だから、内側を空気に触れさせたほうがいいというだけなのだが。
「……ビコーズ、ホット?」
すると、唐突にサーが声を上ずらせた。
「What? I-Isa, are you serious? You’re into me? You were just insisting we weren’t a couple.」(は? イ、イサ、本気で言ってるのか? おまえが俺に熱を上げてるって? ついさっき、俺たちがカップルだってことを必死に否定してたくせに?)
「カップル? は? カップルは関係ないだろ! ホットだからだよ!」
「Fine, fine! You think I’m hot. I get it. But I was acting, Isa. I was supposed to be stuck with some guy I didn’t even like, so I figured I’d mess with him, freak him out, and make him hate me.」(わかった、わかった! おまえには俺が魅力的に見えるんだろ。わかったよ。でも、あれは演技だったんだ、イサ。気に入らない男に付き合わされるはずだったから、ちょっかい出して、引かせて、俺を嫌いにさせようと思ってたんだ)
またしてもファインしか聞き取れなかった一颯は「元気って、見てたらわかるけどな」とぼやき、適温になったタコ焼きに爪楊枝を深く刺した。落とさないように、口で迎えに行き、はふはふと食べる。
「Oh, come on...」(なんだよ、もう……)
サーも自分の舟を片手に乗せた。大きな手では爪楊枝が摘まみにくそうだった。ぶすっと突き刺したのが気になって、一颯が「ちょっとだけ裂いて、ふーふーするんだよ」と言うけれど、サーは気に留めずまるごといった。
「あ、ばか、サー!」
「はほっ、……はほッぁ~~~ッ!」
歯ごたえのある表面は適温でも、内側は冷めていない。とろとろの生地が溶岩にも思えていることだろう。サーの手から舟を取り上げ、麦茶の紙コップを握らせると、サーは麦茶で頬をパンパンに膨らませて熱を中和した。巾着みたいにつぼまった唇に青のりと鰹節がついているけれど本人は気づいていない。
一颯はすばやくスマホを向けて、ハイセンスハンサムのほころびを写真に収めた。
「僕の話を聞いてなかった罰な!」
一颯はあははと笑って、自分のタコ焼きを割り、ふーふーしてから頬張った。
横目に見ていたサーは、しつこく「んー! ん!」と文句を言っていた。
VーvーVーvーVーvーVーvーVーvーV
こんにちは! 朝瀬 はのんです!
突拍子もないのですが、今回、新感覚BL大賞でノベマさんに投稿しはじめた理由その①!聞いてください!
ほんとに未来屋書店さんが大好きで、ご褒美で都会のイオンの未来屋書店さんに行ったら、毎回と言っていいほど、人生に関わる本に出合えています。とくに哲学とか創作とか、デザイン関係は未来屋書店さん頼みです!
『僕らが手をつなぐ理由』は、今年6月に未来屋書店さんで出会った『賞を勝ち獲る小説の書き方』を参照して執筆しました~!
ネットでは絶対遭遇出来なかったし、紙だからこそ画面と見比べながらプロットを捏ねられたのが、とてもよかったです~!
おかげさまで、創作がたのしいです!!
ほんとに、未来屋書店さん、ありがとうございます!!
VーvーVーvーVーvーVーvーVーvーV
人形焼き、きび団子に次いで、揚げ餅を頬張ったばかりなのに、サーの手にはもうアイス最中が収まっている。
白くて薄い最中の皮に、抹茶アイスを挟んだそれへ鼻を寄せ、くんくんと嗅いでから、ハンバーガーみたいにかぶりついた。
「あっ、サー! あーあ」
サーの唇に最中の白い表面がペタッと張りついてしまった。
サーが「なにこれ」と一颯を見てきたので、一颯は唇を舐めまわしなと、ジェスチャーで教えた。サーは罠だと言いたげに悪役めいた顔を作って唇をきれいにした。
サーが雷門でサングラスを外してから、男女問わず、通りすがりの視線が自分たち─いや、サーに寄せられている。
だが、待ち合わせの駅でサーが女性たちに囲まれた、あのとき以降、ルックスの良さに魅せられて寄ってくる人間はいなかった。
サーほどの美貌なら、容姿が誘蛾灯のごとく作用して、待ち合わせの駅のような制御不能な事態が何度起きてもおかしくない。
それが一度きりなのが不可解だ。
サー自身がそういう事態を未然に防いでいるとしか考えられないのだが、彼は他人を牽制するような素振りは一切していない。
サーの目つきがきついからか。それとも観光客たちに明確な予定があるからわき目も振らないのか──いや、わき目は振っている。
他人に干渉されないことが、うらやましい。それが技術ならぜひとも身につけたい。
上目遣いでサーと目を合わせ、前歯でアイス最中を噛みちぎった。一颯の最中はミルク味だ。
甘いくちどけを楽しみながら咀嚼していると、サーに「そういう食べ方があるならさきに実演しとけ」と恨めしげな視線で刺された。
美形は、不機嫌にしていても魅力的だ。
「サーは不思議だな……」
「Fischig(フィシヒ)? Du nennst mich fischig?」(胡散臭い? 俺が胡散臭いだって?)
サーはなにを聞き間違ったのか、売店の窓ガラスに映る自分をじっと観察したあと、首を傾げながら目で確認してくる。
ハイセンスハンサムには一片の陰りもない。親指を立てて、大丈夫だとジェスチャーで示せば、サーは同じくグッドの手を作って、「You’ve got it wrong.」(おまえの勘違いだ)と言い、一颯の親指の腹に捺印した。力が強くて、親指の付け根が外側に折れるかと思った。
サーは、近寄りがたい態度を作っているのではなく、自分を磨いて、隙を埋め、格の違いを空気で伝えているのだろう。
もし自分がサーに並び立てるようになったなら、と想像してみた。
告白される回数が減り、相手が傷つくとわかっていながら、冷徹に振る舞う必要がなくなり、無関係の人間の義憤を買うこともなくなる。理想的な、調和のとれた高校生活がイメージできた。
──ままあ、僕には無理だけど。
もともとの素材が、サーの半分にも届かないから、磨いたところで光ると思えない。
とはいえ、筋肉や姿勢、衣服、小物、髪型などから構成される外見が、防具にも化けることは理解できたし、サーが高級な腕時計をつけていることにも納得できた。
サーはただのナルシストじゃないなと、心中で頷く。
一颯は、サーに届かなくても、自分のために努力しようと思った。
保身のためにサッカーを諦め、趣味を共有する相手ももたず、私生活を小さく畳んでいたけれど、もともとなにかに熱中するポテンシャルは高いほうだった。
そろそろ手足を自由に伸ばさないと、自分の長所まで縮こまって、なくなってしまいそうだ。
手始めに走り込みかなと考えつつ、アイス最中を口の中に押し込んだ。
サーの近くにいるかぎり、一颯は引き立て役の日本人。
サーの傘に入れてもらっていると思うと、気が楽だ。
「What is that?」(なにあれ)
くぐもった声で言われて、サーの視線の先を見た。
タコ焼き屋だ。言葉で説明しきれないのを承知で「なに」と訊いてきたのだからもちろん「つぎはあれ食べる」との仰せに相違ない。
右手を取られて、店舗前へ行けば、ソースと鰹節と青のりがたっぷりと混じり合ったにおいが、ほわほわと漂ってきた。
ジャパニーズソウルB級フードの筆頭にふさわしい、強烈な誘惑だ。
甘味が続いていたから、そろそろ腹に溜まるものが恋しかったし、昼はもんじゃ焼きを予定していたけれど、タコ焼きも所属は粉もの。なによりサーに辛抱はさせられない。
海外ではタコを食べる習慣がない国もあると思い出して
「オクトパス、オッケー?」
と聞いた。
サーはねじり鉢巻きをつけたタコのイラストを見つけるなり、わなわなと震え、青ざめた。
「Hä? Ihr steckt dieses Ungeheuer in Teig? Weil ihr euch davor ekelt, es einfach so zu essen, versteckt ihr es im Teig, oder? Dass ihr Japaner so weit geht, nur um Oktopus zu essen … euer Appetit ist wirklich nicht normal.」(はぁ? この怪物を生地に入れてるのかよ? そのまま食べるのは気持ち悪いから、生地の中に隠してるんだろ? そこまでしてタコを食うとか……日本人の食欲、本当に普通じゃないな)
「ゼロ・オクトパスな! ラジャー!」
タコに怯えていることだけはわかって食い気味に敬礼した。一颯がタコを食べてもドン引きしそうだから、自分のぶんも抜きだ。赤い庇テントの下に立つと、タコ焼き台の熱が一颯に擦り寄ってきた。
「らっしゃい。タコ抜きのがよさそうね」
真っ白なタオルを頭に巻いた男性の店員がニカッと笑った。こちらの様子を見ていたらしい。
「すみません、タコ抜きで、二舟お願いします」
「はーい。あ、表向きはやってないんだけどー、カップルでタコ抜きんときは、二〇〇円引きしてますー」
「へ?」
「おにーちゃんたち、つきあってるんだよね?」
「え? えッ⁉ 違います!」
サーが後ろから「Did he just call us a couple?」(今、俺たちをカップルだって言ったか?)とつついてくる。焦った一颯は一瞬振り返って「しゃらっぷ!」と𠮟りつけ、面食らったサーがむっと口を噤んだ。
「この人とは今朝会ったばかりですし、観光案内を頼まれて、連れて回ってるだけなんです! 手は……手、手を繋いでるのは、この人がこうしてないと歩かないからで……!」
「さっき、アイス最中食べてたじゃん? そっちのおにーちゃんが君の手を掴みにいってたの、たまたま見えちゃったんだけどなー?」
「マジ違うんで! カップル割は、ナシでお会計お願いします!」
店員は笑いながら、がっちりとサーに掴まれている手をチラ見し、手の甲で顎の汗を拭った。
「ふ~ぅ~ん、デート割で二〇〇円引いとくね~」
「だ、だ、だからデートでもないんですけどッ」
支払うために放された手がいやに熱くて、湿っぽい。
結局割引に甘えたのだが、どうせならタコ抜き割という名前にしてほしかった。
焼き上がりまで十分ほどかかると言われ、店先にある竹製の縁台に腰を下ろした。
縁台が低くて、三角座りみたいに脚が余る。サーは左足を上にして、するっと脚を組むと、しばらく移動しないのに何食わぬ顔で一颯の右手を握ってきた。
一颯が怪訝に見返せば、サーは何が不服だと言わんばかりに下唇を突き出した。
一颯は繋がれた手を見て、「これだよ」と目で訴える。サーがああなるほどと言うように、くりかえし頷いたから、手を放すのかと思えば、逆に指の間に指を差し込まれ、ぎゅっと握られた。
持ち上げて、揺らしてみても握力が強くてほどけない。
組み合わさった手は、閉じたシャコ貝に似ていた。
「……どういうつもりなんだよ……もう。置き去りにするとでも思ってんの? 前払いぶん、ちゃんと付き合うってば」
一颯は利き手が不便ながら、スマホを膝に置いた。左手でタップする。伯母のチャットにはやはり新着のメッセージがなかった。
仕事以外のことにはものぐさすぎる。ドイツ人の友人に対しても、音信不通なのだろうか。
参ったなあと嘆息すると、横で金属を弾いたような音が鳴った。
サーのスマホに着信だ。サーは梅干しを噛んだみたいな顔をしつつ、コールに応じた。
「Was gibt es, Vater?」(何の用だ、父さん)
「Wo bist du, Matthias?」(どこにいる? マティアス)
「In Japan. Ich mache brav Sightseeing, wie befohlen. Und jetzt soll ich Takoyaki essen」(日本だよ、言われたとおり観光してるけど? これからタコヤキを食べる)
「Was soll diese Sorglosigkeit? Warum hast du nicht am vereinbarten Ort gewartet?」(何を能天気に。なぜ約束の場所で待機しなかった?)
「Habe ich doch」(したさ)
「Der Sohn von Herrn Samejima kam wegen einer Zugverspätung zu spät. Hättest du Herrn Samejima gestern in Haneda deine Kontaktdaten gegeben, wäre es gar nicht erst so weit gekommen.」(鮫島君の息子が遅れたのは電車の遅延が原因だ。おまえが昨日、羽田で鮫島君に連絡先を教えていれば、そもそもこんなことにはならなかった。)
「Wie bitte? Ich bin gerade mit genau diesem Sohn unterwegs.」(は? その息子といるんだが?)
「Rede keinen Unsinn, Matthias. Herr Samejima hat mich informiert, dass es zu einer Verwechslung gekommen ist und sein Sohn dich nicht getroffen hat」(馬鹿を言うな。鮫島くんから行き違いがあって、息子がおまえと会えていないと聞いたぞ)
通話相手の声は、サーの声に似ていた。家族かなと思いつつ、早口の外国語を聞いていると、サーが首を傾げながら眉根を寄せ、一颯を見てきた。瞳が、なにかを探すように揺れている。
「Wie bitte? Eine Verwechslung? Was macht Isa dann hier?」(まさか、ひと違い? じゃあイサはなんで?)
「Isa? Von wem redest du?」(イサ? 誰の話をしている?)
「僕の話をしてるの?」
焼き上がったよと声がかかった。サーは日本語がわからないはずだが、耳の端で声を拾っていたのか、ごねずに手を放した。タコ焼きを受け取りに行っている間も応酬は続いている。
心なしかサーの声がトゲトゲしていた。
「Ach, den habe ich aufgerissen. Eine schlanke Schönheit mit schwarzem Haar und schwarzen Augen」(あー、ナンパしたんだ。黒髪に黒い目のスレンダー美人だよ)
「Lass dich nicht mit irgendeinem dahergelaufenen Menschen ein, von dem du nicht einmal weißt, wer er ist. Herr Samejima und ich sind mitten in einer wichtigen Besprechung. Ich habe dem Sohn von Herrn Samejima deine Kontaktdaten gegeben, also kümmere dich jetzt ordentlich um ihn.」(どこの馬の骨かもわからない人間と関わるんじゃない。鮫島君も私も大切な会議の最中だ。鮫島君の息子に連絡先を教えたからきっちり対応しろ)
「Kommt nicht infrage. Wenn er jetzt noch auftaucht, stört er nur!」(お断りだ。いまさら来られても迷惑だ!)
サーは大きな声で言うなり、虫を潰すような強さで画面を押した。
通話の鬱憤を晴らすように鼻を鳴らしている。気安そうな相手との口喧嘩だったから、通話相手は父親だったのかもしれない。
一颯は紙コップのお茶も買い、タコ焼きといっしょにトレーに乗せて運び、ふたりの間に置いた。サーの気を紛らわせようとして、自分の舟を持ち上げ、湯気に踊る鰹節をサーに見せつつ「アライブ! じゃなくて、踊り食いだったら……ダンシング・イーティング、かな?」
サーは意味がわからないと言いたげに頭を振った。
「Du bist also gar nicht Samejima. … Kein Wunder, dass mein Plan nicht funktioniert hat, einem Kerl auf die Pelle zu rücken, bis er die Flucht ergreift」(おまえ、鮫島じゃないんだな。……男相手にべたべたして、ドン引きさせてやろうって作戦が通じないわけだ)
「だからぁ、サー、言いたいことはスマホで翻訳してくれよ。てか、食べな」
一颯は、爪楊枝でタコ焼きを割りながら、はたと思い出した。アイス最中のときに下手な食べ方をしたから、一颯が手本を見せるのを待っているのか。
「サー。あつあつのタコ焼きをまるごとパクついたら、絶対口ん中火傷するからこうして、タコ焼きを爪楊枝で裂いて……ふーふーして……」と説明するが、サーがしかめっ面をした。
せっかくまん丸に焼き上がったものを、わざわざ崩すのが気に入らないのかもしれない。
「Why are you with me, Isa?」(イサ、どうして俺と一緒にいる?)
サーの声は、さっきまでより少し低く、念押ししているようだった。
聞き取ろうとしたが、一颯にわかったのはホワイとイサのみ。
なぜと言われても、見てのとおり熱々だから、内側を空気に触れさせたほうがいいというだけなのだが。
「……ビコーズ、ホット?」
すると、唐突にサーが声を上ずらせた。
「What? I-Isa, are you serious? You’re into me? You were just insisting we weren’t a couple.」(は? イ、イサ、本気で言ってるのか? おまえが俺に熱を上げてるって? ついさっき、俺たちがカップルだってことを必死に否定してたくせに?)
「カップル? は? カップルは関係ないだろ! ホットだからだよ!」
「Fine, fine! You think I’m hot. I get it. But I was acting, Isa. I was supposed to be stuck with some guy I didn’t even like, so I figured I’d mess with him, freak him out, and make him hate me.」(わかった、わかった! おまえには俺が魅力的に見えるんだろ。わかったよ。でも、あれは演技だったんだ、イサ。気に入らない男に付き合わされるはずだったから、ちょっかい出して、引かせて、俺を嫌いにさせようと思ってたんだ)
またしてもファインしか聞き取れなかった一颯は「元気って、見てたらわかるけどな」とぼやき、適温になったタコ焼きに爪楊枝を深く刺した。落とさないように、口で迎えに行き、はふはふと食べる。
「Oh, come on...」(なんだよ、もう……)
サーも自分の舟を片手に乗せた。大きな手では爪楊枝が摘まみにくそうだった。ぶすっと突き刺したのが気になって、一颯が「ちょっとだけ裂いて、ふーふーするんだよ」と言うけれど、サーは気に留めずまるごといった。
「あ、ばか、サー!」
「はほっ、……はほッぁ~~~ッ!」
歯ごたえのある表面は適温でも、内側は冷めていない。とろとろの生地が溶岩にも思えていることだろう。サーの手から舟を取り上げ、麦茶の紙コップを握らせると、サーは麦茶で頬をパンパンに膨らませて熱を中和した。巾着みたいにつぼまった唇に青のりと鰹節がついているけれど本人は気づいていない。
一颯はすばやくスマホを向けて、ハイセンスハンサムのほころびを写真に収めた。
「僕の話を聞いてなかった罰な!」
一颯はあははと笑って、自分のタコ焼きを割り、ふーふーしてから頬張った。
横目に見ていたサーは、しつこく「んー! ん!」と文句を言っていた。
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こんにちは! 朝瀬 はのんです!
突拍子もないのですが、今回、新感覚BL大賞でノベマさんに投稿しはじめた理由その①!聞いてください!
ほんとに未来屋書店さんが大好きで、ご褒美で都会のイオンの未来屋書店さんに行ったら、毎回と言っていいほど、人生に関わる本に出合えています。とくに哲学とか創作とか、デザイン関係は未来屋書店さん頼みです!
『僕らが手をつなぐ理由』は、今年6月に未来屋書店さんで出会った『賞を勝ち獲る小説の書き方』を参照して執筆しました~!
ネットでは絶対遭遇出来なかったし、紙だからこそ画面と見比べながらプロットを捏ねられたのが、とてもよかったです~!
おかげさまで、創作がたのしいです!!
ほんとに、未来屋書店さん、ありがとうございます!!
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