「だから……僕は付き合うって言ったおぼえがないんだってば」
秀島一颯はやや上の空でイヤホン越しに通話に応じていた。相手はクラスメイトの小野田隆太、小学校からの腐れ縁だ。
駅の改札を抜けて、案内板を見上げる。東口は右手の階段を降りてすぐだ。
向かいの広場で伯母の知人の子と待ち合わせをしている。
電車の乗り換えがスムーズだったおかげで、約束の時間まで十五分残っていた。
『じゃあ昨日の夕方、なにがあったんだよ。告られたんだろ?』
気を許せる隆太にまで問い詰められている気がして、一颯は顔をしかめた。
「……バスに乗り込む直前に笹山さんから『好きです!』って詰め寄られて『ありがとう』って言った。で、バスに乗ったけど笹山さんは乗らなかったから、窓越しに手を振って別れた」
『ふつうはそこでバスに乗らねーの! くわしく聞くの!』
「つぎのバスが三十分後なのに? 引き留められなかったし、彼女だって手を振ってたよ。それってバイバイだろ」
『わからずや! 乙女のために時間を譲れ! てか、乙女にキスでも奪われなきゃ、おまえの胸には響かねぇんだろ!』
「えっ……ふつうに痴漢行為では」
声を険しくしていた隆太が、宥める口調になった。
『なあ、一颯、おまえは気配りしようと思ったらできる子じゃん、男子には親切にできてるじゃん……』
「そりゃさ、男子に言い寄られたことないし、僕にとっては女子より断然安全だから」
『で、保身に走って女子相手にポンコツぶってちゃ、宝の持ち腐れならぬ持ち腐らせじゃん。青春は一度きりだって忘れたのか』
「隆太のほうこそ、僕のキャパの狭さを忘れたのか。また長期間休むようなことになったら、単位落としちゃうじゃないか」
中学三年生のとき、一颯の周りで女子絡みのトラブルが頻発し、一颯は五カ月も不登校になってしまった。
一颯が自分を守ろうとするのは、ちゃんと学校に通うためでもある。笹山への対応は誠実さを欠いていたと思うが、言い寄ってくる女子全員を警戒しているので、笹山にだけ冷たくしたわけではない。
『まぁーそれはそれとしてだなぁ……グルチャでやってるおまえの裁判はどうするんだよ~』
「あれは……僕のじゃなくて、川口さん主催の、だよ」
一颯はこめかみに指先を当てて呻いた。
現在、クラスのグループチャットでは、女子のリーダー川口が裁判を開いている。
被告人は一颯だ。川口たちの言い分では、笹山と交際を始めておきながら一颯は無情にも立ち去ったあげく、チャットアプリでの笹山からのフレンド申請をブロックしたことになっている。
ブロックしたことは事実だが、それ以前にプライベートな事柄を三十人が閲覧できるグループチャットに晒すのはいかがなものか。
「隆太だって、知らない相手からフレンド申請が来たらブロックするだろ」
『俺はプロフ見て、いきさつと素性を推理する!』
「そうかよ、まめだな。だけどさ、僕は先月にもこのチャットに書き込んだんだぞ。僕のIDを他人に渡さないでくれって。知らない人からしょっちゅう申請が来て困ってるって」
『三十人いるチャットだもん、一回言ったくらいじゃ流れるってば』
「クラスのチャットは回覧板になるように作ったって言ってた。……それも、たしか川口さんが」
『素直か? ID集めの建前に決まってんじゃん』
「だったら退出してもいいよな。隆太以外をブロックしてIDを変えて、終了」
『おいー、逃げたって思われてもいいのかよ』
「僕が火消ししないとならない火事だとは思ってない。義憤か野次馬か知らないけど、口さがない連中の裁判は想像するだけでも滅入るよ。おまえも抜ければ?」
『バッカ、抜けたら共犯にされちゃうじゃん! 俺は平和なスクールライフを謳歌したいんだよ~ぉ~、巻き添えで火あぶりの刑なんかごめんだー!』
クラスメイトたちはスマホ越しだと、熱しやすくて冷めやすく、また燃えやすい。
女子たちは一颯を燃やしているつもりだが、一颯が返事をくべないことには不完全燃焼になる。
ものたりなくなれば、話題は簡単にすり替わるだろう。そう思わないとストレスで息が詰まる。
「月曜には燃えカスになってるんじゃないかな」
『そんなにきれいに片付くかねー』
一颯が下りのエスカレーターに乗ると、二段先に立った中年女性のにおいが、吹き上げの風に混ざって一颯の顔を撫でた。
バラとバニラを人工甘味料に漬け込んだような悪臭だった。鼻の付け根に皺が寄る。柔軟剤のにおいだろうか。
たしか伯母もこんなにおいをさせていたなと、思い出した。
一颯がうつむけば、重たくなった前髪が瞼を擦った。払い除けながら前を向き、背筋を伸ばす。
まだぶつくさ言っている隆太に「そろそろ切るよ」と言った。
「僕、いま東京なんだ。伯母に頼まれて、同い年くらいのドイツ人に観光案内すんの。『外国語への関心を高めたまえ』、だってさ」
『へー! ドイツ人! ってか、おまえ、案内ってできんの? 英語なんか毎回赤点ギリギリじゃん』
「うん、だいぶ無理ゲー。連れてくだけならできそうだけど……翻訳アプリを使ったら小遣い没収だって約束させられてる。しかも、相手、金髪碧眼だってこと以外外見の情報ないし、待ち合わせで失敗しそう」
『うーっわ。ラノベだったらヒロインと出会うやつだ! く~! 俺も出会いて~! 報告楽しみにしてるぜ!』
一颯は、はいはいと苦笑すると、イヤホンをタップして通話を終わらせた。
エスカレーターを降り、ロータリーへ出る。
隆太をからかうつもりで金髪碧眼の外国人と言ったけれど、ヒロインになりうる女子だと思っていたら案内を引き受けてなかった。
このときの一颯は、自分がヒロインとして扱われるなどとは、露ほども予想していなかった。
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こんばんは! 朝瀬 はのん です!
全13話を毎日投稿いたします!
次回更新は、夜21:17を目指しております!
どうぞよろしくお願いします!
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秀島一颯はやや上の空でイヤホン越しに通話に応じていた。相手はクラスメイトの小野田隆太、小学校からの腐れ縁だ。
駅の改札を抜けて、案内板を見上げる。東口は右手の階段を降りてすぐだ。
向かいの広場で伯母の知人の子と待ち合わせをしている。
電車の乗り換えがスムーズだったおかげで、約束の時間まで十五分残っていた。
『じゃあ昨日の夕方、なにがあったんだよ。告られたんだろ?』
気を許せる隆太にまで問い詰められている気がして、一颯は顔をしかめた。
「……バスに乗り込む直前に笹山さんから『好きです!』って詰め寄られて『ありがとう』って言った。で、バスに乗ったけど笹山さんは乗らなかったから、窓越しに手を振って別れた」
『ふつうはそこでバスに乗らねーの! くわしく聞くの!』
「つぎのバスが三十分後なのに? 引き留められなかったし、彼女だって手を振ってたよ。それってバイバイだろ」
『わからずや! 乙女のために時間を譲れ! てか、乙女にキスでも奪われなきゃ、おまえの胸には響かねぇんだろ!』
「えっ……ふつうに痴漢行為では」
声を険しくしていた隆太が、宥める口調になった。
『なあ、一颯、おまえは気配りしようと思ったらできる子じゃん、男子には親切にできてるじゃん……』
「そりゃさ、男子に言い寄られたことないし、僕にとっては女子より断然安全だから」
『で、保身に走って女子相手にポンコツぶってちゃ、宝の持ち腐れならぬ持ち腐らせじゃん。青春は一度きりだって忘れたのか』
「隆太のほうこそ、僕のキャパの狭さを忘れたのか。また長期間休むようなことになったら、単位落としちゃうじゃないか」
中学三年生のとき、一颯の周りで女子絡みのトラブルが頻発し、一颯は五カ月も不登校になってしまった。
一颯が自分を守ろうとするのは、ちゃんと学校に通うためでもある。笹山への対応は誠実さを欠いていたと思うが、言い寄ってくる女子全員を警戒しているので、笹山にだけ冷たくしたわけではない。
『まぁーそれはそれとしてだなぁ……グルチャでやってるおまえの裁判はどうするんだよ~』
「あれは……僕のじゃなくて、川口さん主催の、だよ」
一颯はこめかみに指先を当てて呻いた。
現在、クラスのグループチャットでは、女子のリーダー川口が裁判を開いている。
被告人は一颯だ。川口たちの言い分では、笹山と交際を始めておきながら一颯は無情にも立ち去ったあげく、チャットアプリでの笹山からのフレンド申請をブロックしたことになっている。
ブロックしたことは事実だが、それ以前にプライベートな事柄を三十人が閲覧できるグループチャットに晒すのはいかがなものか。
「隆太だって、知らない相手からフレンド申請が来たらブロックするだろ」
『俺はプロフ見て、いきさつと素性を推理する!』
「そうかよ、まめだな。だけどさ、僕は先月にもこのチャットに書き込んだんだぞ。僕のIDを他人に渡さないでくれって。知らない人からしょっちゅう申請が来て困ってるって」
『三十人いるチャットだもん、一回言ったくらいじゃ流れるってば』
「クラスのチャットは回覧板になるように作ったって言ってた。……それも、たしか川口さんが」
『素直か? ID集めの建前に決まってんじゃん』
「だったら退出してもいいよな。隆太以外をブロックしてIDを変えて、終了」
『おいー、逃げたって思われてもいいのかよ』
「僕が火消ししないとならない火事だとは思ってない。義憤か野次馬か知らないけど、口さがない連中の裁判は想像するだけでも滅入るよ。おまえも抜ければ?」
『バッカ、抜けたら共犯にされちゃうじゃん! 俺は平和なスクールライフを謳歌したいんだよ~ぉ~、巻き添えで火あぶりの刑なんかごめんだー!』
クラスメイトたちはスマホ越しだと、熱しやすくて冷めやすく、また燃えやすい。
女子たちは一颯を燃やしているつもりだが、一颯が返事をくべないことには不完全燃焼になる。
ものたりなくなれば、話題は簡単にすり替わるだろう。そう思わないとストレスで息が詰まる。
「月曜には燃えカスになってるんじゃないかな」
『そんなにきれいに片付くかねー』
一颯が下りのエスカレーターに乗ると、二段先に立った中年女性のにおいが、吹き上げの風に混ざって一颯の顔を撫でた。
バラとバニラを人工甘味料に漬け込んだような悪臭だった。鼻の付け根に皺が寄る。柔軟剤のにおいだろうか。
たしか伯母もこんなにおいをさせていたなと、思い出した。
一颯がうつむけば、重たくなった前髪が瞼を擦った。払い除けながら前を向き、背筋を伸ばす。
まだぶつくさ言っている隆太に「そろそろ切るよ」と言った。
「僕、いま東京なんだ。伯母に頼まれて、同い年くらいのドイツ人に観光案内すんの。『外国語への関心を高めたまえ』、だってさ」
『へー! ドイツ人! ってか、おまえ、案内ってできんの? 英語なんか毎回赤点ギリギリじゃん』
「うん、だいぶ無理ゲー。連れてくだけならできそうだけど……翻訳アプリを使ったら小遣い没収だって約束させられてる。しかも、相手、金髪碧眼だってこと以外外見の情報ないし、待ち合わせで失敗しそう」
『うーっわ。ラノベだったらヒロインと出会うやつだ! く~! 俺も出会いて~! 報告楽しみにしてるぜ!』
一颯は、はいはいと苦笑すると、イヤホンをタップして通話を終わらせた。
エスカレーターを降り、ロータリーへ出る。
隆太をからかうつもりで金髪碧眼の外国人と言ったけれど、ヒロインになりうる女子だと思っていたら案内を引き受けてなかった。
このときの一颯は、自分がヒロインとして扱われるなどとは、露ほども予想していなかった。
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こんばんは! 朝瀬 はのん です!
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どうぞよろしくお願いします!
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