私を助けられるのは、私だけだった

「嫌だ!」
 気づけば意識はあの無の空間へ戻り、私は珠から手を離していた。
 胸が痛くて、苦しくて、呼吸が荒かった。とにかくたくさんの酸素を求めている。
 思い出したくないものを見せられたせいで、心から無くなっていた刺々しいなにかが現れてしまった。
「思い出したんだね……苦しいとは思うけど、頑張って……」
 こちらに歩み寄って、苦しさのあまり座り込んでしまった私の背中を撫でる。どこか他人事のような台詞を、優しく本気で心配するようにいうものだから、怒るにも何も言えなくなる。
「なんで……こんなこと……」
 確かに、私は死んだ。この現実が、人生が嫌で、自ら死んだ。だがその事実はわかっても、その経緯を丸ごと思い出すことができない。思い出させることが彼女の目的なのか。だとしたら、遠回りすぎる気もする。
「……………………ただ、きみを————」
 泣き出してしまうのではないかと思うほど、弱々しい声でそう呟く彼女。
「…………まだ思い出してないんだね。もうちょっと、耐えて」
 彼女は鋭利な鎌を構える。先端が鋭く光っているため、首筋が冷たくなる。その鎌で、先ほど私が触れていた珠を退かす。そして、また新しい珠が現れる。
「次は……こっち……」
 容赦なく新しい珠を前にさせられる。今度は青みを帯びている。
 今更気づいたけれど、少女はフードを外して表情や髪が露わになっている。雪のように白い肌に、絹のような白髪が首元ぐらいで切り揃えられている。百五十センチほどの小柄なうえにボブヘアで顔が可愛らしいので、中学生にも満たないような気もする。だが彼女から滲み出る雰囲気からは、大人のようなおとなしさや安心感がある。
 ふと、彼女の鎌を見ると、持ち手の部分に何かがぶら下がっている。キーホルダーのようなものだ。
「それ…………なに……?」
 指差して訊ねる。私はただ時間を稼ぎたかっただけ。心を落ち着かせるために、もう少し時間が欲しかった。
 のに、彼女はまた苦しそうな顔をしている。
「これは……私の名前です」
 わざわざこっちまで持ってきてくれて、丁寧にそれを見せてくれる。
 だが、それは黒く塗りつぶされていた。
「名前…………わからないじゃん……」
「うん……でも、きっとまた思い出せるって、信じてる。…………私のことはいいから……さあ」
 何かを隠すように、珠に触れるように手を仰ぐ。私は言われるがまま、また両手でその珠に触れる。

『信じてる』

 私が信じていたものって、なんだっけ。
 そんなもの、あったのかな。