私を助けられるのは、私だけだった

「…………ほんと、情けないよね」
 受験のことだ。今でもあれはなんだったのだろうと思う。散々犠牲にして頑張ったくせに、なんで自分で無碍にするんだろう。
「なんで私はこんなにも不幸なんだろうって、ほかにもそんな人はごまんといるのに、考えちゃった」
 少女は黙って、蹲る咲九夜の隣にやってくる。カランと、背中に下げていた鎌を置く。
「幸せと不幸はみな平等っていうけど、そんな風には思えないよね」
 あっさりと、でも柔らかくつぶやく少女。その言葉はなぜか、すっと腑に落ちる。
 横目で彼女を覗くと、どこか遠くを見ていた。
「…………ずっと気になってたけど、いい加減正体くらい明かしてよ。その鎌も気になるし」
 私は少女の顔を見ながら言って、その脇に置かれた鎌を指す。
「…………いやだ、内緒」
「……………………」
 どうしてこうも頑なに拒否するのだろうか……。
 今度は少女が俯いていて、顔を見えないようにしている。いつも彼女の方が苦しそうで、悲しそうで、慰めてあげたくても何を言ったらいいのかわからなくなる。
 それになぜか、懐かしいような、知り合いのような距離の近さがある。誰かの面影があるのか、私が作り出した幻想かもしれないからこう思うのか、正解はわからない。
 ……ただ、鎌を持っている時点で死神なのだろうという考えは、どうしても捨てきれないな。
 出会った時から気になっていた鎌だけど、冷静に考えたらそうだろう。来ている服だって黒のローブだし。
「死神じゃないの?」
「…………それは見た目からの推測?」
 うん、と首を縦に振ると、せっかく顔を覗かせてくれたのにまた俯いてしまう。
「じゃあ答えは内緒……まだ言えない……」
 本当にガードが堅いな……余計気になるじゃん……。
「絶対わかるから、私のこと。もうそろそろ絶対に」
 そうやって念を押してくる。きっと彼女は気づいてほしいのだろう。
 ここまで来ると、生きているうちに会ったことのある人だという可能性が濃くなってくる気がする。私の過去を見ては感傷に浸って、距離感が不思議に近くて、苦しそうな様子がそれを助長している。
「次いかないと」
 鎌を持って立ち上がった少女は、また珠を退けては新しいものを目の前にする。
 だがそれは、真っ赤だった。淡かった色じゃない。血塗られたように、真っ赤だ。
 なにこれ…………。
「……一番辛い記憶だと思う。きっとものすごく苦しい」
 静かに、ぽつりぽつりと少女は言う。
 じわじわと、胸がそわそわしていく。
 見てば見るほど、恐怖や悪寒が増していく。なぜかはわからない。吸い込まれるようにそれを見てしまって、だめだとわかっているのに目を逸らせない。何かが珠に憑依していて、それが私を呪うような、気が気でない感覚。
 脈が速くなる。心臓がバクバクと、突然音を立て始める。口から飛び出そうなほど、身体がおかしくなっていく。
「……いやだ…………やだ……触れたくないよ……!」
 一歩ずつ後ずさる私の歩幅は、次第に大きくなる。まるで逃げるみたいに。
「だめ! 咲九夜、逃げないで!」
 少女は躊躇なく、私の右手を握る。無理やり触れさせるつもりだ。
 真っ赤に染まった珠は、とても禍々しい。絶対に耐えがたい苦痛が待ち構えている。間違いない。
 恐怖があふれて、泣きそうになる。胸が落ち着かない。焦りとはまた違う、狂いそうなほどの違和感と、ぽつぽつ湧き出るような想い。
「私も触れるから……! 咲九夜、お願い!」
 必死に抵抗する私を、少女はほとんど叫びながら止める。その悲痛な叫びは、私の心を刺激する。
 この子のためにも触れてあげないといけないの……?
 それに、この子も一緒に触れたら、あの苦痛を直接見せることに…………。
 この記憶は、順番的に私の高校生活くらいの話だろう。死んだ時期から近いことになるので、断片的に思い出しつつある。
 あれだけは、絶対にいやだ。心の奥底から、そう直感している。
「やめてよ……! もういやだよ!」
 お互い涙を浮かべながら抗う。彼女は意外と力が強く、私が押されている。
 この世界の存在には抗えないということなのか、私はもう珠のすぐそばまで手を当てられている。
「咲九夜のためなの……! お願い…………触れて…………!」
「…………っ、このままじゃ、あなたも記憶を見ることになるんだよ!?」
「……それでも……!」
 珠と指の間はほぼない。触れるのはもう時間の問題だ。
 歯を食いしばって、覚悟を決める。すべてを思い出したわけじゃない。あの記憶さえ乗り越えれば、なにか楽しかったことがあるかもしれない。
 あるわけないのはわかっていても、そんな希望に縋っていくしかない。
 私は諦めて力を抜き、彼女に手を重ねられて珠に触れる。
 
 今までと違って、真っ先に襲ってきたのは痛みだった。身体を走り回り、内側から砕かれるような痛み。
 きっとこれが最後の記憶のはずだ。私が自殺した日が、すぐそこに。