「なんか疲れた顔してない? 瑠夏ちゃんが癒やしてあげようか? ほら、癒やしビーム!」
無邪気な笑みとともになんだかよくわからないビームを照射してくる静内。申し訳ないけど、シンプルに失せろと思った。誰のせいでこうなってると思ってるんだ。
〈攻略本〉が示した〈答え〉について、一晩中考え続けたが、辻褄の合う意味は見出せなかった。おかげさまで、絶賛寝不足。だからといって学校に行かないわけにもいかず、寝不足で朦朧とした頭のまま、ふらふらと学校に向かった。
霞がかった思考に、あの言葉がずっと回っていた。
『継原征示は水嶋瞑と一切関わってはならない』
〈攻略本〉には、いくつかの裏ルールがある。書き込まれるのは『正しい答え』だと神様は言ったが、その言葉は正しいようで、実は正しくない。
たとえば、俺が『次のテストに出題される問題の解答を教えてくれ』と書いたとする。
〈攻略本〉は、その答えを間違わずに記述し、それによって俺の中間考査の順位は大幅に向上する。
だが当然のことながら、俺の順位が上がることによって、順位が下がる人間が存在する。本来の順位を獲得できなかった人間に何が起こるのかについて、基本的に〈攻略本〉は関知しない。
例外は、その「本来の順位が獲得できなかった人間」が起こす影響によって、俺が不利益を被る場合のみだ。
その場合、〈攻略本〉は俺が不利益を被る順位を取ってしまわないよう、記述する解答の『正しさ』を調節することになる。
つまり、〈攻略本〉が保証する『正しさ』とは、あくまで俺――継原征示にとっての『正しさ』であり、利益なのだ。
世間一般や、他人の利益ではなく、あくまで俺の利益のために〈攻略本〉は判断する。
こういうことがあった。
小学四年生の頃のことだ。
大きな緑地公園で遊んでいた俺は、夢中になりすぎてばあちゃんとはぐれてしまった。
その頃には既に〈攻略本〉の有効性を理解していた俺は、『ばあちゃんと合流したいけど、どこに行けばいい?』と〈問い〉を立てた。
〈攻略本〉の返した〈答え〉はこうだった。
『陸上競技場のE入場口まで行け』
陸上競技場は俺のいた場所からはほとんど反対方向だった。
ばあちゃんの足でそんなところまで行けるだろうか――当然の疑問がよぎったが、〈攻略本〉が間違うはずがない。俺は駆け足で陸上競技場のE入場口前まで行ったが、そこにばあちゃんの姿はなかった。
早く着き過ぎてしまったのかもしれない。
ばあちゃんはそんなに早く歩けないのだし。
そう思った俺は、ずっと一人でばあちゃんを待ち続けた。
ばあちゃんが俺を見つけたのはそれから三時間後、ちょうど日が暮れかけた頃のことだった。
〈攻略本〉に嘘を吐かれたショックで、俺は涙と鼻水でズタボロだった。
聞くと、ばあちゃんは最初にいた遊具広場付近のトイレ辺りをずっと探し回っていたのだという。
〈攻略本〉は、俺とばあちゃんをわざと引き離したのだ。
〈攻略本〉がなぜそんなことをするのか、意味がわからなかった。こんな無意味な嘘をついてまで、俺とばあちゃんを引き離すなんて――と、〈攻略本〉の有用性すら疑いかけた。
泣きながらばあちゃんと駅まで行くと、駅前はひどく騒然としていた。
警察が規制線を張り、その周りには野次馬が山のようにいた。マスコミらしき人たちもいたし、上空には何機ものヘリコプターが、獲物を狙うハゲタカのようにぐるぐると旋回していた。
「何かあったんですか」
ばあちゃんが近くにいた人に訊ねると、彼はぶっきらぼうにこう言った。
「つい先ほどまで、刃物を持った男が暴れていたんですよ。十人くらいが怪我しましてね。二人が重傷です」
電車も止まっていて、しばらく経たないと動き出さなかった。家に帰った時にはもう夜の八時を回っていた。九時のニュースで、重傷を負った二人は搬送先の病院で死亡が確認されたと報じられていた。
「こう言ってはなんだけど、征示が迷子になっていてくれて、よかったのかもしれんねえ」
ばあちゃんの何気ない一言に、ぞっと背筋が凍りついた。
もしも〈攻略本〉がばあちゃんの正しい居場所を教えていたら、俺とばあちゃんは通り魔の凶行に巻き込まれていたかもしれない。ニュースで報じられた二人の犠牲者は、あるいは俺とばあちゃんだったかもしれない。
〈攻略本〉は、この事件が起きるのをあらかじめ知っていて、俺とばあちゃんをあえて遠ざけたのだ。
その時、俺は〈攻略本〉が教える事柄の本当の意味を知った。
〈攻略本〉が教えるのは『正しい答え』じゃない。
あくまで『俺にとって都合のいい答え』なのだ――と。

