海に背を向けて歩き始めた。
どこかに行こうとしても、もうどこにも行けないことは理解していた。それでも、歩く以外の選択肢がない。ただそれだけのことだった。
歩きながら、ずっと水嶋と話したことを反芻していた。
正しく生きて。
水嶋はそう言った。
結局のところ、『正しく生きる』とはどういうことなのだろうか。朦朧とした頭で、ランナーボールを回し続けるハムスターのように考え続けた。
『正しさ』とはひどく他人本位な考え方だ。
『正しさ』は、落ち窪んだ目で考え事をしながら歩きたいという俺の気持ちを斟酌したりはしない。すれ違う人が俺のことを気持ち悪いと感じた瞬間、俺の存在は正しくなくなる。
だが、そんな俺に対してすらも「消えろ」と言い放つのは、それはそれで正しくはない。
周囲にいる多数の人々の気持ちに寄り沿うならば正しくても、その気持ちが寄り集まり暴走する危険性に備えた安全弁としての法律に反してしまうからだ。
正しくない存在を実力で排除することもまた、正しくはない。
正しさは人の数だけあり、それらは時に衝突してしまう。
正しさが孕む矛盾だ。
教室の中で、雑巾を投げつけられた水嶋の姿を連想してしまう。
あの時、雑巾を投げつけた静内瑠夏たちは断じて正しくなんてないが、彼女らが作る小さな輪の中の世界において、その行為は正しかった。
彼女らの世界を、水嶋が笑ったからだ。
輪の中の世界を傷つけた水嶋は、正しかったのだろうか。
水嶋は、自分のことを『周囲を食い潰すブラックホール』と定義した。
そんな水嶋が、自らの存在に決着をつけようとするのは、水嶋本人としてはこれ以上ないくらいに正しい行為なのかもしれない。
是非を問われれば、多くの人間が「正しくない」と答えるだろう。
しかし、問われさえしなければ対岸の出来事として希釈される。答えは限りなくゼロに近づき、結果として水嶋はこの世から消えてしまう。
そんなの正しくない――そう叫びたかった。
ただ、俺にはそう叫ぶだけの資格がなかった。
今こうして生きていることすら正しくないのに――。
「――ッ!?」
背後から凄まじいクラクションがした。
気づくと、俺は車道の左端まではみ出してしまっていた。クラクションを鳴らしたトラックは、弧を描くようにして、猛スピードで走り去っていく。
もしあのトラックの運転手が俺に気づかなければ、俺はこの世界から消えることができていたのだろうか。
その想像は、とても甘美だった。
俺は歩道と車道の境界線に立ち、車道に正対した。
夜の国道を、まるで濁流のように車両の群れが流れていく。
ただ一歩踏み出すだけで、さっきの想像を現実にすることができる。
ただ一歩――。
その時、ズボンのポケットに入れっぱなしのスマホが震えていることに気づいた。
ばあちゃんからではない。
ばあちゃんは、ライン通話を使わない。
誰だ?
着信画面を見て、心臓が止まりそうになった。
発信元は、加山だった。
どこかに行こうとしても、もうどこにも行けないことは理解していた。それでも、歩く以外の選択肢がない。ただそれだけのことだった。
歩きながら、ずっと水嶋と話したことを反芻していた。
正しく生きて。
水嶋はそう言った。
結局のところ、『正しく生きる』とはどういうことなのだろうか。朦朧とした頭で、ランナーボールを回し続けるハムスターのように考え続けた。
『正しさ』とはひどく他人本位な考え方だ。
『正しさ』は、落ち窪んだ目で考え事をしながら歩きたいという俺の気持ちを斟酌したりはしない。すれ違う人が俺のことを気持ち悪いと感じた瞬間、俺の存在は正しくなくなる。
だが、そんな俺に対してすらも「消えろ」と言い放つのは、それはそれで正しくはない。
周囲にいる多数の人々の気持ちに寄り沿うならば正しくても、その気持ちが寄り集まり暴走する危険性に備えた安全弁としての法律に反してしまうからだ。
正しくない存在を実力で排除することもまた、正しくはない。
正しさは人の数だけあり、それらは時に衝突してしまう。
正しさが孕む矛盾だ。
教室の中で、雑巾を投げつけられた水嶋の姿を連想してしまう。
あの時、雑巾を投げつけた静内瑠夏たちは断じて正しくなんてないが、彼女らが作る小さな輪の中の世界において、その行為は正しかった。
彼女らの世界を、水嶋が笑ったからだ。
輪の中の世界を傷つけた水嶋は、正しかったのだろうか。
水嶋は、自分のことを『周囲を食い潰すブラックホール』と定義した。
そんな水嶋が、自らの存在に決着をつけようとするのは、水嶋本人としてはこれ以上ないくらいに正しい行為なのかもしれない。
是非を問われれば、多くの人間が「正しくない」と答えるだろう。
しかし、問われさえしなければ対岸の出来事として希釈される。答えは限りなくゼロに近づき、結果として水嶋はこの世から消えてしまう。
そんなの正しくない――そう叫びたかった。
ただ、俺にはそう叫ぶだけの資格がなかった。
今こうして生きていることすら正しくないのに――。
「――ッ!?」
背後から凄まじいクラクションがした。
気づくと、俺は車道の左端まではみ出してしまっていた。クラクションを鳴らしたトラックは、弧を描くようにして、猛スピードで走り去っていく。
もしあのトラックの運転手が俺に気づかなければ、俺はこの世界から消えることができていたのだろうか。
その想像は、とても甘美だった。
俺は歩道と車道の境界線に立ち、車道に正対した。
夜の国道を、まるで濁流のように車両の群れが流れていく。
ただ一歩踏み出すだけで、さっきの想像を現実にすることができる。
ただ一歩――。
その時、ズボンのポケットに入れっぱなしのスマホが震えていることに気づいた。
ばあちゃんからではない。
ばあちゃんは、ライン通話を使わない。
誰だ?
着信画面を見て、心臓が止まりそうになった。
発信元は、加山だった。

