あの夏、俺は神様から人生の〈攻略本〉をもらった

 次の日は朝から図書館に行った。
 新聞社の向かいにある、愛知県図書館だ。
 昨夜の直感を裏付ける資料を見つけるためだったが、結果は思った通りだった。目的のものだけ撮影して図書館を出ると、まだ十時過ぎだった。

 学校では文化祭の二日目をやっているのだろう。
 何も言わずにサボってしまったが、罪悪感は不思議とない。俺はどこまでも正しくないから、この程度の正しくなさなんて、今さらなんだというのだろうか。

 そのまま地下鉄に乗って、名古屋港を目指した。丸の内から鶴舞線に乗り、上前津で名城線に乗り換えた。
 平日の昼間だというのに、遊びに行くとしか思えない男女が目の前に座っていて、フィルムの向こう側の世界を見ているようだった。

 彼らはきっと、自分が正しいかどうかなんて悩むことなく人生を終えるのだろう。
 それは、間違いなく幸せなことなのだ。

 名古屋港で下車し、地上に出た。
 頭上からは陽光が燦々と降り注ぎ、俺を脳天から焼き尽くそうとしているみたいだった。もしもそうしたいのなら、本当に焼き尽くしてくれたらいいのに。だけど、太陽は全てのものに平等に光を注ぐから、そんな依怙贔屓をしてはくれない。

 本当に焼かれたいなら、灯油を被ってマッチ棒で火を点ければいいのだ。
 今すぐそうしないのはなぜだろうか。
 そう考えて、そうしない理由なんてないんだと気づく。
 でも、俺は待たなければならない。
 最悪でも、水嶋に会ってから――もしそうするなら、それからだ。
 だけど、それだって言い訳に過ぎないのかもしれないとも思う。

 本当は、死にたくないんだろう。
 誰を犠牲にしても生き残り、自分だけが利得を得たいのだろう。
 こいつは――〈攻略本〉は、そのための道具じゃないか。

 広場に着いた。
 あの日、水嶋と座ったベンチに座り、目の前を横切る大きな客船を見た。
 その船の甲板にいた三人家族がこちらを見ていた。四十代くらいの父親と母親、それに小学校低学年くらいの男の子。
 男の子は船が揺れるのにも構わず、ぴょんぴょん飛び跳ねながらこちらに手を振っている。
 軽く手を振り返してやると、男の子の勢いはさらに増した。柵を飛び越えんばかりの勢いに、さすがの父親も彼を捕まえ、申し訳なさそうにぺこりと頭を下げた。

 愛されているのだろう。

 世界はきっとああいう人たちのためにあるのだ。
 俺なんかではなく。

 水嶋はあの日、どんな気持ちで俺の隣にいたんだろう。
 全てが明らかになってしまった今、わからないのはもはやそれだけだった。

 時折猫がやってきて、俺の顔を見てはさっと身を翻した。もしかしたら、俺が生きているのかを確認しているのかもしれない。

 心配しなくても、生きている。
 今のところはまだ。

 俺を見に来た猫が十匹を数えた頃、水嶋はやってきた。観覧車の方向に、太陽は沈みかけていた。

「もしかして、ずっとここにいた?」
「まあな」
「どうするか、決めたの?」
「ああ」
「そっか」

 あの日と同じように、水嶋は俺の右隣に座った。

「今日は、レモンスカッシュはないのな」
「欲しかったら買ってくるよ?」
「それより、一つ教えてほしいことがあるんだ」
「どうしたの、改まって」

 水嶋はこの期に及んで、軽薄な態勢を崩そうとしない。
 きっとそれは、水嶋なりの武装なんだと思う。

 教室内で冷徹な鉄仮面を被っていたように、水嶋は俺の前では気が良く話しやすい友達のような仮面を被っていた。

 それは俺のためだったのかもしれないし、自分を守るためだったのかもしれない。
 水嶋の気持ちはきっと水嶋にしかわからない。
 肺に少しの空気を入れて、俺は今日一日の成果を口にした。



「お前は、青山瞑か?」



 心臓を射抜いたつもりだったのに、水嶋はぴくりとも震えなかった。
 その姿は、なぜかとても美しかった。

「うん」

 なんでもなさそうな顔で、水嶋は頷いた。

 やっぱりこいつは、全てを知っていたんだ。

 一際重たい潮風が、俺と水嶋の頬を叩いた。十一匹目の猫が、俺たちの様子を確認した後、あくびをしながら通り過ぎていった。